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(14)光差す

「そっち、そっちを持って」

「とりあえず瓦礫は城壁外に運び出すらしい。入口まで持っていこう」


 男も女も力を合わせて崩れた町を片付けていく。


「大丈夫、俺がお前のママ探し手伝ってやるよ。おいで!」


 泣いている小さい子に目線を合わせて、優しく手を引く少年。


「女の子、この辺で髪を結んでいる女の子知りませんかっ!? 私の娘なんです」

「中央広場に子供達が集められている。そこに行けば会えるかも知れねぇ。大丈夫か? 一緒に行ってやるよ」


 朝日に照らされさた町では、みんなが必死に生きていた。



「失礼します、勇者団の皆様を領主がお呼びです」


 そう呼ばれたのは、ライ達が町の復興の手伝いをしていた昼前の頃。

 一行は作業の手を止め、案内役の兵士の後を追って中央広場へと向かった。

 青空の下、急遽作られた陣営の中で兵士に指示を出していたジュネーヴ卿は、ライ達に気づくと小走りで駆け寄って来る。


「……よく来てくれた。まずは礼を言う前に、君たちにきちんと謝罪がしたい。本当にすまなかった」


 深々と頭を下げた彼の姿から誠意が伝わってくる。

 いつまでもそのままの体勢の彼をぼうっと見ていると、隣に立つテナエラに肘で小突かれた。

 その意味が分からずに彼女へと視線を向けると、呆れた様子の彼女は、こちらの許しの言葉を聞くまで彼は頭を下げ続けるつもりよ、とライに耳打ちする。


「えっ……あ、僕!?」


 びっくりして聞き返したライに彼女は、当たり前でしょ、と言わんばかりの完全無視をキメる。

 爵位のある領主の謝罪を一市民である自分が許すなんて以ての外だと思ったが、このまま頭を下げ続けさせる訳にもいかない。


「あー、いえ、その、だ、大丈夫です。頭を上げてください」


 ライのオドオドした返しに頭を抱えるテナエラ。その様子を見たシュネーヴ卿はハハ、と眉を下げて笑った。


「……見ての通り、曽祖父の時代から守ってきた町が瓦礫の山になってしまった。歴史的な建造物も、今まで築いてきた人々の繋がりも、何もかもだ。修復と言っても材料もなければ人手も足りない。今回の噂は直ぐにひろまって、行商の足も遠のくだろう。そうなればこの町の価値も無くなり復興は更に遠くなる。住人の大半は行商関係の外からの移民だ。ここが行商の要で無くなれば留まる理由もない」


 彼は砂煙の巻き上がる市中を見て、何か諦めたような表情をする。


「依然尋ねてきた旅の一座が唄を謳っていたな。確か――沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす、だったかなぁ」


 ボソボソと言うシュネーヴ卿の歌は、意味は分からないがどうやら切ない歌なのだろう。

 彼のそんな姿を見ていたテナエラが震えた声で提案する。


「王都へ援助を要請してください。何かしらお手伝いができるはずです」

「ははは、それはありがたいね。だがお嬢ちゃん、王都はそんな事はしないよ」

「何故?」

「シュネーヴィトヒェンは枯れたのさ。この町は人や物が流れることに存在価値があった。だがさっきも言ったようにもうこの町に人が寄り付く事は無いに等しい。そんな不毛な土地に莫大な労力と財源をかけるメリットがどこにあるだろうか」


 淡々と話し続ける彼に、ライ達は返す言葉がない。


「前にも言ったが、生きとし生ける全ての人に幸せを、なんて現実にはありゃしない。この世界は結局、利益がなければ動かないんだ」


 この砂の地の価値を最大限に引き出し、近隣の町と対等……否、それ以上の関係を築いてきたシュネーヴ一族。きっとそれは代々この街を治める中で培ってきた教訓なのかもしれない。


「……それが全てだとは私は思いません。我々マラデニー王国は国民全員の幸せを目指して活動しています」

「じゃあ、お嬢ちゃんの言う通り、仮に見返りを求めずに動く者達が居たとしよう。だがその者達が同じ方向を見ているとは限らない。現に私の正義と君達の正義は相容れなかったじゃないか」


 ここまで言われてしまうと、テナエラも口を噤むしかなかった。


「立場が変わればその者にとっての幸せも、正義も変わる。()()()()()()()()()()()()、と頭のどこか片隅に置いておくといい。……まぁ、こう偉そうに語っているが、私に最後に残された領主の務めは、出ていく人々のその先の生活をいかに守れるか、近隣の町にかけ合う事しかないのだがな」


 これからこの町は我々の地図上から姿を消す事になる。

 そう思って周りに目を向けても、なかなかその実感は湧かない。


 忙しく動く騎士達は勿論、住人達ひとりひとりが絶望的な状況の中でも強い意志を持って片付けにあたっている。それもこの町に根付いている横のつながりのおかげなのか、それぞれのギルドごとに集まってお互いに連携を取りがら活動しているように見えた。


「……僕、今、この町を見てて、たとえ町が崩れても、歴史ある建造物が無くなっても、“ああ、やっぱりここはシュネーヴィトヒェンだな”って感じました」


 一昨日、初めてこの町に足を踏み入れた時に感じた、あの圧倒されるような空気。

 それは今も変わらない。


「あまり上手くは言えないんですけど、シュネーヴィトヒェンって町を指すんじゃなくて、そこに居る人とか、そこに流れる空気を指してるように思います」


 だから、シュネーヴィトヒェンは枯れてなんかいない。


 ライのその言葉を聞いたシュネーヴ卿はフッと力が抜けたような顔をして、ライ達の背後に広がるシュネーヴィトヒェンを見つめた。


「はは……ははは、そうか、そうか。いやー良い事を聞いたよ」


 彼は両手を大きく広げ、何度も深呼吸した。


「これがシュネーヴィトヒェンの空気か」


 照りつける日差しの中、何とも悲壮な表情の彼は一体何を思っているのだろう。

 胸が熱くなってしまったライが言葉に詰まっていると、テナエラが後を引き継いでくれた。


「私も勇者の言う通り、“町の名”は土地の名だとは思っていません。シュネーヴィトヒェンという町で育った文化や知恵は人々の中にあるのだと考えています。だからどうか、正式に王都へ救援依頼を出してください」


 分かった、そうしよう――そう言ったシュネーヴ卿からは、次に進む意欲が先程よりも強く感じられた。




「本当に何も援助せずにいいのか?」


 シュネーヴ卿とクリスティーナ、そして数名の兵士に連れられて裏口を出た勇者団は、そこでお利口に待っていた馬達に荷物を結び直す。


「ええ、貴方の町は自分達の事で手一杯でしょう。我々も自分達で何とかできます」


 そう答えたテナエラに彼は、面目ない、とだけ言った。

 準備も整い、ライがクニックの馬に乗ろうと足をかけた時、シュネーヴ卿から声をかけられる。


「最初君が勇者だと知った時、正直役立たずだと思った。この勇者に期待してはいけない、自分達でなんとかしなければいけないってね。だがどうだろう、不思議だな。君の純粋な真っ直ぐな目を見ていると、神が君に我々の未来を託したのも納得が行く気がしてしまう」


 なんて答えるのが正解なのか。

 ただ、誰かに認めてもらえるのは嬉しかった。


「僕が勇者で良かった。そう言って貰えるように頑張ります」


 今自分に言える事はこのくらいしかない。


「よろしく頼んだ、勇者ライ」



 深々と頭を下げる彼らを背に、ライ達勇者団はシュネーヴィトヒェンを後にした。





「やっぱり、変わらないわね彼」


 ゆっくりと馬を走らせるテナエラが誰となく呟く。


「……やっぱり、と言うと?」

「ああ、あんたには言ってなかったかしら。私十年くらい前に一度彼と会ってるのよ。私の父上が視察に来た時に勉強の為に同行したの」


 当時就任したばかりの先代領主と父上の会談は長く、まだ八歳の少女には退屈な時間だった。

 王都に似せられた造りの建物も、やはり異国の物である事には違いなく、落ち着かない。


「外が見たいのかい? 見せてあげよう」


 そう言って近寄ってきた人物こそ現領主である彼だった。


「ほら、見てごらん。これがシュネーヴィトヒェンって町だ。この前死んだ祖父は、生まれ故郷の王都に住みたかったなんて言っていたが、私は違う。この町が好きだ」


 窓の外に広がる砂とレンガの美しい町を、彼はキラキラした目で見つめる。


「将来私が領主を継いだら、その時にまた見においで。きっと、もっと素晴らしい町になっているだろうから」


 先代は持病の為直ぐに亡くなり、数年後には現領主である彼がその座に着いた。

 

「彼はずっと空いていた正妻の座を埋めるため、急いでクリスティーナと婚約し、今の今まで二人三脚で町を守ってきたってわけ。初め会った時は彼の変わりように驚いたけど、やっぱり本質は変わってなかったわ」


 懐かしそうに話す彼女に、ライはずっと抱いていた一つの疑問をぶつける。


「あの……ひとつ聞いていいですか?」

「何?」

「テナエラさんって、何者、なんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。

 ライよりは年上だが、まだ大人には見えない彼女。しかし、凛とした姿勢の彼女は気高く、言動一つ一つに気品を漂わせている。


 名のある家のご令嬢か、或いは有名な騎士一族の出か。

 どちらにせよ、高貴な方である事に変わりはない。


 真剣な顔で返答を待つライに、テナエラは含みをもった笑みを向けた。


「……まあ、私もそろそろ自己紹介しないとね」


 彼女はそう言うと、おもむろに胸元に手を突っ込んだ。そして服に隠すように首から下げていたペンダントを取り出すと、ぽいっ、とライに投げて渡す。


「テ、テナエラ様! そんな雑な扱いは……!」


 彼女の行為に一人慌てたクニックを他所に、テナエラは面白そうな顔でライを見つめる。


 一方、ペンダントを受け取ったライは、思いの外ずっしりとした質量のそれを隅から隅まで観察した。

 まず目をひいたのは、黄金に輝く太陽の紋様。その中心には大きなルビーがはめ込まれており、深紅の輝きを放っている。そして、ペンダントを裏返すと何やら文字が刻まれていた。


()()が私の身分証」

「……読めません」

「だと思ったわ。ヒント教えてあげる。……そうねぇ、“本来なら、彼の末裔である私が勇者になるはずっだ”なんてどうかしら」


 サラッと言われたセリフに、ライは耳を疑った。


――彼の末裔である私が勇者に……?


 この“彼”の指す人物は恐らくあの人しかないない。


 驚きの余り声の出ないライを見かねたクニックは、ゴホンと咳払いすると、右の掌を上に向けてテナエラの方へと差し出した。


「こちらにいらっしゃいますのは、テナ=エリアンナ=マラデニー王女でございます。国王陛下の唯一の姫君で、そのペンダントに刻まれている通り、我が国マラデニー王国の第一王位継承者であらせられます」


 そう紹介された彼女は、聖女のような微笑みをこちらに向けた。

 どんな不安や恐れも溶かしてくれるようなその優しい顔は、紛れもない“王族”のものだった。

 いつも応援してくださりありがとうございます。

 この話で「砂地に降りた白雪」は完結します。

思ったより長くなってしまいましたが、お付き合い頂きありがとうございました。


 次回からは新章突入です。テナエラの正体を知ったライは今まで通り彼女に接する事ができるのでしょうか……。(無理そうですね笑)


 ここから約一ヶ月程度お休みを頂きます。楽しみにしてくださっている皆様、大変申し訳ございません。

 三月に入りましたら、パワーアップしたお話をお届けしますので、ぜひよろしくお願いします!


   2022年2月6日    千歳実悠


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