(9)勇者という名の力
「直ちに彼らの救出に加われ! ケルミン、ニッカ、お前たちは私と一緒に火を止めろ!」
女性騎士がそう指示を出すと、控えていた騎士達はすぐさま行動に出た。
名前を呼ばれた二人は馬から飛び降り、迫る火の前に持っていた木片を地面に突き立てる。
「メケラ、セステン、トア!」
突き立てたのは魔法陣の描かれている木片。三人が魔法陣稼働の鍵を唱えると、魔法陣は青白く光り始め、火の足を止めた。
残りの騎士はライ達の元へと駆け寄ってきて、ジンの上にのしかかっているレンガに手をかける。
「じゃ、行くぞ。せーのっ」
ルーザンの掛け声にあわせていっせいに力を入れる。するとギシギシと音を立てながら、レンガが持ち上がった。
「もう……少し……、せぇぇのっ!」
ドーン、と音を立ててレンガが地面に下ろされる。
「ジンさんっ!」
ライが慌ててジンの元へ駆け寄ると、レンガとレンガのちょっとした隙間に挟まるようにしてジンがうつ伏せに横たわっていた。
苦しそうな呻き声を出すジン。まずは反応があって一安心する。
「ジン、聞こえるか! 手ぇだせ手ぇ」
「あ、あぁ……ふぐっ」
苦しそうに体を起こしたジン。リラ神官の術で傷は治りかけているのかもしれないが、頭や肩に血が付着していた。
「お、俺より先に……!」
「――ん?」
ジンの体の下に茶色の髪がチラリと見えた。
「テ、テナエラ様っ!」
クニックが大慌てで溝から彼女を抱き上げるが、反応が無い。
リラ神官が回復術をかけていたのはジンだけで、テナエラには届いていないのだ。未だに赤い鮮血が足からドクドクと流れ出ている。
「リラ神官! テナエラさんに術を!」
「はい! 命の精霊、テナエラ様の――」
リラ神官だけならず、クニックやジンも必死に詞を紡ぐ。ルーザンが自分のスカーフでテナエラの足をキツく縛って応急処置をしたが、彼女はピクリともしない。
「お願いです、テナエラ様……! お願いです!」
クニックが何度も何度も繰り返す。
しかしクニックの服は、テナエラの血で徐々に染められていった。
「何してる! 早く城門へ向かいなさい!」
他の場所の救助に区切りを付けた女性騎士がこちらへと戻って来る。そして、ぐったりとしたテナエラを一目見ると、一瞬大きく目を見開いたものの、なんの躊躇いも無く彼女の傷口に口付けをした。
「……!?」
全員が唖然とする中、女性騎士は口元の血を拭う。
「私の故郷は治癒の精霊の都ですので。ご心配なく、彼女はすぐに目を覚ますでしょう」
「……今のは……?」
ライがそう聞くと同時に、テナエラがうっすらと目を開けた。
「テナエラ様っ!」
「……い、痛いわクニック」
安堵する一行を見て女性騎士はニヤリと笑うと、ライに向かってこう言った。
「王子がキスをすると、白雪姫は目を覚ましました。――ね。本当だったでしょう?」
「貴女が、クリスティーナ様」
「ご名答」
シュネーヴ卿の夫人と同じ名前を名乗った女性は、再び馬に飛び乗ると、ライに手を伸ばした。
「戻ってきてくれた事感謝する。乗ってくれ、城門へ急ごう」
「は、はいっ」
思いの外強い力でグイッと引っぱり上げられ、ライはクリスティーナの馬の後ろに乗せられる。他のみんなもそれぞれ騎士の後ろに乗せてもらい、燃え盛るこの場を後にした。
ライはクリスティーナの腰に手を回し、彼女の背中に体を預ける。細いながらに引き締まった彼女の体はは騎士そのもの。夫人という位置に立ちながら、日頃から鍛錬しているのか。
足場の悪い所を上手く誘導し馬を走らせる一行は、炎に包まれた場所を避けながら、一目散に城門へと向かった。
「――着いた。……皆、聞いてくれ! 勇者様をお連れした。もう大丈夫、我々は生き延びたのだ!」
殺伐とした喧騒の中、クリスティーナの声が鋭く通る。すると混乱状態だった人々は冷静になり、一斉に彼女に注目した。
「ク、クリスティーナ様だ」
「クリスティーナ様が勇者を……?」
彼女の登場に戸惑いながらも、人々は徐々に落ち着きを取り戻していく。
この都市での“クリスティーナ様”がどういう立場なのかを一瞬で理解した。
不意にクリスティーナが振り向き、ライにだけ聞こえるように言う。
「君の力量は理解している。その上でのお願いだ。私に話を合わせてくれ」
魔力のある女性を妻に迎える――旅の途中聞いた噂が本当であれば、透視鏡を操っていたのは彼女だ。
彼女はおそらく、ライが決して“強い勇者”では無いことを知っている。
分かった、と返事をすると、すぐさま彼女は民衆へ向かって大声を出した。
「こちらが伝説の剣に選ばれし勇者様だ! ここは彼が守ってくれる。皆落ち着いて誘導の指示に従え!」
すると、民衆の視線がライへと一斉に移された。
突然注目の的にされたライは、ドクン、と鼓動が跳ねる。
まず真っ先に感じたのは恐れ。とてつもないプレッシャーが降りかかる。
「……」
しかし、恐怖と疲労で曇っていた人々の目が、ライの姿を捉えた瞬間ににキラリと光ったのをライは確かに見た。
――“偽りの光”でも構わないのです。
いつしかのリラ神官の言葉が蘇ってくる。
そうだ。僕がここに戻ってきたのも、何も出来ない僕が唯一持ち合わせる“勇者”という肩書きを使って、ここの人々に生きる希望を与えるためだった。
ライはグッと目に力を入れ前を向く。
嘘偽りでもいい。なるべく強く立派な勇者に見えるように。
「あなた、何か一言言える?」
クリスティーナにそう囁かれたライは、ゴクリと唾を飲んで背後を見た。
後ろに控えていたジン、ルーザン、リラ神官と目が合う。テナエラとクニックも、力強く頷いた。
改めて前を見ると、鋭い目つきのクリスティーナが優しく目配せして来る。
――よし。
ライはスっと背筋を伸ばした。
「皆さん! 僕は皆さんを助けるために来ました! ここは必ず僕が……いや、僕達が守ります。だから安心して、落ち着いて行動してください!」
ライのその堂々とした言葉を聞いた民衆は皆、絶望の中でやっと一筋の光を見つけた、と言うような表情に変わる。
これが“勇者”という名前の力だ。
「先ずは、荷を置いて。一人ずつ、一人ずつ走らずに門を潜ってください。……大丈夫、最後の一人が潜り追えるまで、僕達がここを守ります」
ひとつでも多くの命を助けるんじゃない。
ひとつも取りこぼさずに命を助けるんだ。
ライはクリスティーナの馬を飛び降りた。そして、徐々に間を詰めてきていた炎へと向き合う。
「……よく出来ました」
すると、ライのすぐ隣に並ぶようにリラ神官が立った。
「全く、いつの間にそんな頼もしくなったのかなぁ」
「お前がくたばってる間にじゃねぇのか?」
「さあ、気を引き締めて行きますよ」
ジンやルーザーン、クニックもその向こう側にずらりと並ぶ。
反対側にはクリスティーナと騎士達。
「さあ、行きましょう」
今やるべき事はひとつ。
この火の進行を止めることだ。
『火の精霊! 無慈悲に焼き尽くすこの炎を鎮めたまえ! 我々の願いを聞き入れよ――』




