(6)勇者としての覚悟
「ク……クリスティーナ様より、お、お届けに参りましたっ!」
シュネーヴ卿の奥方クリスティーナの使者は、勇者団に追いつくなり馬から飛び降り、地べたに跪く。
彼が一度も顔をあげないのは、貴方様に敬意を示しています、という意思表示か。
「……透視鏡、と言うのは?」
テナエラが言うと、彼は頭をあげないまま手元にあった大きな皮袋を差し出した。
「受け取りなさい、勇者」
テナエラにそう促されたライは、恐る恐るその袋を受け取る。
「……」
思いの外ズシッとした重量に、ゴクリと唾を飲んだ。固く結ばれた口を解き、袋から中身を取り出す。
すると……!
――ギラっ!
金細工の施された、それはそれは美しい鏡が姿を表した。月光を全身に浴び、白く鋭く輝いている。
まるで水面のような鏡面を覗き込むと、そこには神妙な顔をした自分の姿が映されていた。
「どう? 本物?」
「……いや、僕にはよく分からないです。でも――」
でも、何となく、本物な気がした。
どうすればいいのか考えた時、ある事を思い出した。
そう言えば、あの日以来剣の声を聞いていない。自分を剣まで引き寄せた声ならば、何か知っているのではないだろうか。
「……ねぇ、不思議な声さん。僕はどうしたらいいの?」
一行が見守る中、ライは鏡を前にしてそう詞にした。
すると……。
――カチャリ。
背負っていた剣が、誰も触れていないのに鞘から抜けた。
慌ててライが柄を掴むと、今度は腕が操られるかのように勝手に動き出す。
言うことの効かない腕は、クルリと剣を逆手に持つように回し、大きく振りあげたかと思うと……鏡の中央を容赦なく叩きつけた!
「ちょっと! あんた、何してるの!?」
テナエラの制止も虚しく、透視鏡はパリーンと大きな音を上げて粉々に砕ける。
打ち抜かれた鏡は、まるで雪の結晶のようにキラキラと輝き地面へと舞った。
「か……鏡がっ……!」
リラ神官が慌ててその破片に触れようとすると、ブワッと生ぬるい風が吹き出し、渦をまくようにライ達を包み込む。
「……!?」
突然目の前に現れたのは一面の麦畑。大きく育った黄金色の穂が、風に吹かれてさざ波のように揺れる。
遠くに見える山は青々と茂り、聞こえてくるのは小さな川を流れる水の音。空は高く澄み、鳥が優雅に旋回している。遠くに見える集落の煙突からは、白い煙が細く伸びていた。
「……これ……は……?」
これは何か。そう思った途端、視界が真っ暗になる。
「……戻った?」
手に握られているのは伝説の剣。そして足元に転がるのは錆び付いた丸いフレーム。
ふと周りを見ると、皆唖然とした顔であたりの様子を伺っていた。
「……今のは、何?」
目の合ったテナエラが真っ先に聞いて来る。
「……テナエラさんも、見えました?」
「ええ、壮大な麦畑がね」
皆が呆然と立ち竦む中、リラ神官が足元に落ちた鏡のフレームを拾い上げる。すると、黒く錆びたフレームは、乾燥した土のようにサラサラと砕けてしまった。
「このフレーム、鏡が割れた途端に朽ち果てたようです。きっと一つ目の力が剣に吸収された証なのでしょう」
ライは自分の手の中にある剣を隅々まで見つめる。
これが、“力を集める”ということなのだろうか。
先程と変わった所などは見受けられないが、確かに何か温かくなったような気がした。
「我々の当初の目的は果たされたのですが、どうしましょうか」
リラ神官はクリスティーナの使者を横目に言う。
そうだ。もともと勇者団の仕事は、剣が百パーセントの力を発揮できるように、各地に散らばった力を集める事。
それが求められている事であり、最優先事項でもある。
ライはチラリと目の前の使者を見る。
「――私は、このまま二つ目の力を探しに行くべきだと思うわ」
ライの葛藤を感じ取ったのか、テナエラが率先して発言した。
「俺も、テナエラ様に賛成です」
「俺もだねぇ」
クニックとジンも同意見のようだ。
普通に考えたら、それが正解だと思う。我々に闇の民に対抗する力は無い。助けに行ったところで奴らを撃退できる訳では無いのだ。
しかし、ライにはどうしても忘れられない記憶がある。
――一瞬にして赤く燃え上がる故郷。
そのおぞましい光景が、昼間バザールを行き交っていた人々の姿と重なる。
――あの人達を救いたい。
「僕は……僕はシュネーヴィトヒェンに戻りたい」
そう声に出したライに、全員が注目した。
「ちょっと待って。何か勘違いしてないかしら? 一つ力を手に入れたと言っても、あんたがいきなり強くなったとは思えない」
「……分かってます」
「私達が行っても、町は救えないわ。皆自分一人の身を守るのが精一杯よ」
「分かってます」
「分かってない! あんた自分の身すら守れないのに、戻るなんてみすみす死にに行くような物じゃない!」
テナエラの言う事は最も。それでも……。
「僕が行く事で、救える命が一つでもあるなら、僕は救いに行きたいんだ!」
“勇者にすら見捨てられた”そんな絶望を与えたくはない。
「バッカじゃない!? あんたが背負っているのは、光の民全員の命なのよ。たかが一つの都市の為に、死んでしまったら残りの命はどうするの!」
そう、たかが一つの都市だ。光の民はその都市の人の何千倍も存在する。
「……僕らから見れば、そうかもしれない。一つの都市よりも光の民全体の命の方が重いかもしれない。……でも! 都市に住む人の命も、どこかに住む人の命も、その人にとってみれば大切さなんて変わらない、同じ命なんだ! 僕が勝手に順番なんてつけちゃいけないんだよ!」
こんなに必死に何かを伝えるのは初めてだ。
ゼェゼェと息が切れる。恐怖で指先が痺れてきた。
そうか、これが覚悟なのか。
「……もし、僕が死んだら」
「……?」
「この前、テナエラさんが言ったように、直ぐに新しい勇者が選ばれると思う」
「……何を言ってるの」
「だから、もし、僕が死んだら……貴女にはこの剣を持って逃げ出して欲しい。次の勇者にこの剣を渡す役目をお願いしたい」
ライの発言にみんなが息を飲む。
「これが、僕の勇者としての覚悟です」




