(5)任された選択
「ライ、起きて! 目を覚まして!」
「シマリス! 起きろ!」
遠くから声がする。
「う、うわぁ!?」
突然に顔に冷たい水をかけられ、ライは飛び起きた。
目を開ければ、テナエラやルーザン、リラ神官の顔がすぐ傍に。
「……あ、あれ……?」
何が起きていたのか、と辺りを見渡す。
確か自分は今、シュネーヴィトヒェンの市庁舎の一室に居たはず……だったのだが。
目に入るのは永遠と続く砂丘。そして自分たちの馬と木製の荷台だった。
「あの後、俺たちは袋詰めにされて強制的に領地から出されたんだ。そこで解毒剤を飲まされたか、解毒術をかけられたかしたんだろう」
荷台に乗せられた瓶から水を組んできたクニックが、ライに説明する。
「目覚めたらここに俺たちだけだったよ」
呆れたものだね、とクニックはため息をつく。
「しっかし、まんまと毒盛られたねぇ。王国領の中で俺らに盛る奴なんていないと思ってたからサ、油断しちゃったよ」
ジンが地図と望遠鏡を片手にどこかから帰ってきた。
「本当ね、私の注意不足よ。……ごめんなさい」
「いえいえ、お嬢だけの責任じゃありませんよ。ところで一体何に毒が入っていたのかねぇ」
毒が食事に盛られていたのは明確。しかし何に盛られていたのかは分からなかった。特段おかしな味がした物も……。
「……アップルティ」
「え?」
ライが言った言葉に全員が聞き返した。
「アップルティだと思う。あれだけやたらと甘かった。毒の味を隠してたんじゃないかな……それに……」
「それに?」
「……白雪姫だし」
あ、言わなきゃ良かった、と思うほどに皆が呆れた顔をした。
「はいはい、そうね。白雪姫は毒林檎ね。あとは花でも添えられた棺に入って王子のキスでも待て――」
テナエラのそのセリフで思い出したことがあった。
「ティーポットに白い花が入ってた。勝手にりんごの花かと思ってたけど、もしかしたら毒花だったのかな」
花や花の蜜を数適飲んだだけでも、死に至る花があるとリサが言っていたことがあった。取扱には気をつけるように、と何度も注意されていた。
もし、あの花トリカブトの類だったのであれば……。
「あのクソオヤジ本気で私達の事殺りに来てるじゃない。次会ったらタダじゃおかないわ」
侯爵ともあろうお方をクソオヤジ呼ばわりするのは、世界中を探しても彼女くらいかもしれない。
「まあ、もう過ぎた事を考えてもどうしようもないッスからね。これからの予定を立てましょう。さっき俺が見てきた限りだと、シュネーヴィトヒェンに戻るならあっち。どこか宿を探すならこっちです」
これは単純に進む方向の話だけではない。一つ目の力を取りに戻るか、諦めて次に進むかの話だ。
「ライ、あんたはどうしたいの?」
「僕、ですか?」
勇者として、君はどうするべきだと思うのか? と全員がライに注目した。
「僕は……」
出来ることなら、せっかく場所を突き止めた一つ目の力を手に入れてしまいたい。しかし、彼の様子を見るに絶対に渡してはくれなさそうだった。
自分の領地の為なら、他の人や生き物の事など全く考慮しない人柄。それが光の民というスケールに広がってもその考えは変えなさそうだ。
そうなると、手に入れる為には勇者団対シュネーヴィトヒェンという戦は避けられないだろう。
勇者団が光の民に剣を向けていいはずがない。
「……白雪の鏡は後回しにするしかないと思います」
今回はこちらが折れるしかない。
「そうね。私も賛成」
「俺も賛成」
ライの決断に、みんなが同意する。
「では、決まりって事で良いですかねぇ?」
「うん」
一行はシュネーヴィトヒェンを背に、二つ目の力があるとされる場所を目指し、馬を走らせ始めた。
赤い太陽が西の砂丘に沈み始める。すると南の空に半分程の白い月がうっすらと見えてきた。
「急がなくちゃ。ジン、町はまだかしら?」
先頭を走るテナエラが焦りを見せ始める。
「ちょいと日没には間に合わないけど、月の沈むまでには小さな町に着く予定だね。大丈夫、このまま真っ直ぐ行きましょう」
静かな砂丘に、馬の蹄の音だけが響く。
太陽が砂に埋もれた頃、ピィーっと背後から鳥の鳴き声が聞こえた。
ライが振り向くと、薄暗い空に大きな鳥が旋回していた。
「何かしら」
テナエラが馬を止め、急いで左腕に布を巻き付ける。彼女が布を巻いた腕を真横に出すと、大きな鳥はそこを目掛けて勢いよく急降下してきた。
「……大きな鷹だ」
ライがその迫力に驚いていると、テナエラは腕に止まった鷹の足にある物を見つけた。
「へぇ、貴方は砂漠の使者なのね」
テナエラは器用に鷹の足に結んであった紙を解く。そしてその内容を読み上げた。
「――至急連絡致します。白雪の鏡こと透視鏡でこの町に近づいてくる闇の民を発見。透視鏡は私の部下に持たせ、あなた方の後を追わせました。一つ目の力を受け取る代わりに、どうか我々の町を救ってください。クリスティーナ」
彼女は読み終えると鷹の頭を撫で、大きく腕を突き出した。すると鷹は合図されたように天高く舞い上がる。
「さあ、どうしたものかしら」
既に太陽は沈んでいる。月が沈むまでも後数時間。
月の無い夜の支配者は闇だ。
「だいぶ飛ばして来たようですね。手紙の内容は恐らく事実でしょう」
リラ神官の視線の先、今来た道を振り返れば、遥か彼方に砂煙が一つ。
「どうするの? 勇者、ライ」




