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(4)裏切り

「いやはやお待たせしてしまって申し訳ない。ちょっと前の用事が長引いてしまってね。諸君、昼食はこれからかね? よかったら我々に振る舞わせて欲しい」


 ドカドカと入ってきたシュネーヴ卿は、ガハハ、と笑うとテナエラやリラ神官の後ろを素通りし、正面の上座へと座った。


「シュネーヴィトヒェンは望むものは全て手に入る。今日のメニューは世界旅行のコースだ。では、勇者団の諸君の健闘を祈って、乾杯!」


 お前のせいで冷えきってしまっただろう、と誰もが思ったが口にするわけはない。

 尋ねてきたのが王都の使者だろうが勇者だろうが、この領地内でのトップは自分だ、と言わんばかりの言動。

 鼻には付くが、ここでわざわざ彼のご機嫌を損ねる必要もないだろう。

 一同は彼に続いて、白いカップを高く掲げる。そしてシュネーヴ卿が口をつけたのを確認すると、それに習うようにして中のアップルティを一口飲んだ。


「……っ?」


 口に入れた瞬間に、喉に直接届くような甘さ広がった。ライは予想外の甘さにカップの中を覗き込む。


「どうだろう、甘いお茶だろう?」

「は、はい……。思ったよりも甘くでビックしました。……で、でも美味しいです」

「ハッハッハ、それは良かった。妻の北の故郷ニューデルヘンでは、砂糖をふんだんに使った甘い紅茶が流行っているんだ。長旅の疲れもこれで取れよう。遠慮せずに飲んでくれたまえ」


 彼がそう言うと、先程の給仕が直ぐに寄ってきて、ライのカップにアップルティを注ぎ足していく。

 ここの給仕は気が利くようで、カップが空けばアップルティを。皿が空けば新しい料理を……と言ったように、いたせりつくせりだった。


「して諸君、我々の砂の国はどうだっただろうか。厳しい環境下にありながらも、活気が凄かっただろう?」


 黙々と食事を取る一行に、唐突に話題を振るシュネーヴ卿。テナエラは用意されていたナプキンで口元を拭うと、皆の代表として答えた。


「ええ。ここは決して恵まれているとは言えない土地でしょうに、よくここまで栄えているなと思いました。――ただ少し、気になる事が一つ」

「なんだろう?」


 ここで鏡を話題に出すのだろうか?

 テナエラの正面に座るライは、ドキドキしながら二人の会話を聞く。

 テナエラは両手を膝の上に置くと、やや前のめりになってシュネーヴ卿へと質問した。


「ここまでの人数を潤すだけの水は、どこから?」

「……水?」


 何を言い出すかと思えば、水。

 これには流石にシュネーヴ卿も驚きを隠せない。こちらサイドも全員の目が点になっていた。


「ええ、水です。西に大河が流れているとはいってもかなりの距離が離れているはず。この都市に一番近い川はその大河の支流だけだと記憶するわ。これが間違いじゃなければ、これだけの都市を支えるには頼りないと思うのだけれど」


 何の話だか分からない、と困惑するライに、クニックが耳打ちしてくれる。


「先日襲われた川があったでしょう? その川の上流にここがあるんだ。あの随分と細い川の水の量じゃこの都市は維持できないって事」

「なるほど……」


 確かにあの川は細くて、少し離れればすぐに乾燥した砂地になっていた。


「……ああ、その事か。そうだねぇ、私の父の時代にはその川から水を引いていたよ。あの頃は天候によって随分と影響されたものだ。だから、私が侯爵を引き継ぐと同時に造ったんだ」

「……造った? 何を?」

「フフ、ダムだよ。ダム」


 まるで自慢話かのように語るシュネーヴ卿。彼はスプーンでスープを混ぜながら話を続ける。


「天候によって足りなくなるなら、予め備えておけばいい。だから川の水を堰き止めてプールを造ったんだ。まあ、溢れても困るから量を調整して放出はしているがね。これのおかげで二年前の日照りも我々は乗り切ることが出来た」


 凄いだろう? と言って、彼は食事を続ける。

 川を堰き止めるなんて発想、よく思いついたものだ。それに、そんな大規模な工事は、かなりのお金持ちの都市にしか出来ない。

 ライが彼からテナエラに視線を移すと、彼女は下を向き、両肩を小刻みに震わせていた。


「テナエラ……さん?」


 具合が悪いのかと、心配して声をかけると、彼女はバンッと机を叩いて立ち上がる。


「貴方のその愚行ぐこうが、どれだけの命を脅かしたか、考えたことはなかったの!?」


 テナエラは自分の席を離れ、シュネーヴ卿の方へと歩いていく。


「ここに来るまで不思議に思っていたわ。何故こんなに急速に砂地が広がっているのか。遊牧民は土地を追われ、小さな集落は朽ち果てた。草木は倒れ、動物も消えた。その原因は、貴方の使ったダムのせいで下流に流れる水量が大幅に減ったからじゃない! 少し外に目を向けていれば気づけたはずよ!」


 椅子に座るシュネーヴ卿を見下ろし威圧するテナエラ。しかしシュネーヴ卿は全くもって怯まない。


「今の今までその惨状に気づけなかった王都の使者には言われたくないな」

「――なっ」

「私はね、あくまでもここの領主だ。この都市の発展の為になら、私の知らない他の何かが犠牲になることも厭わない。いや、そんなのは私の知った事では無いと言うべきか」


 そこまで言われては何も言い返せない。彼はダムを作ることによって、何が引き起こされるかを知っていた上で実行したのだ。


「生きとし生ける全ての人にしあわせを――なんて、そんなのは夢物語だろう。力がある者が生き残る。残念だがお嬢ちゃん、この世界は()()()()世界なんだ」


 テナエラの事をお嬢ちゃんと呼んだシュネーヴ卿は、彼女の肩をポンポンと二回叩くと、ポケットから懐中時計を出してうーんと頭を捻った。


「そろそろ時間なんだが……君達随分と丈夫な身体してるね」

「……時間?」


 意味深なシュネーヴ卿の言葉に、全員が顔を見合わせる。

 丈夫な……身体……?

 そう言えばさっきから何やら腹がチクチクと痛む気がしていた。

 ライがそう思った途端、ゲホゲホ、とルーザンがむせ始める。


「チッ、何を混ぜやがった……ゲホゲホ」

「テナエラ様っ……彼から離れてくださウッ……!」


 ルーザンに続いてクニックも口元に手を当てる。


 何が起きてるのか分からずに居ると、ライも突然に胃から何かが混み上げてきた。慌てて口元を抑えるが遅い。今食べたものを勢いよく床に吐き出してしまった。

 この気持ち悪さを落ち着かせようとアップルティを飲もうとすると、テナエラに阻止される。


「のっ……飲むな! そのまま全部吐け!」


 テナエラはライの元へと駆け寄って来ようとしたが、彼女も痛みに顔を歪ませ崩れ落ちてしまう。

 彼女は咄嗟にテーブルクロスを掴む。

 引っ張られたクロスと共にガシャガシャと並べてあった料理が床に落ちた。


「……げ、解毒の魔術が使えないのは……これのせいか……」


 机にしがみつくようにしてリラ神官が見たもの。それはクロスの下に隠されていた、魔力を吸収する効能のある魔法陣の焼き跡だった。


「な……何が……起きてるの……」


 ライは激しい頭痛の中、助けを求めるようにシュネーヴ卿を見た。

 すると彼は満面の笑みで答える。


「殺しはしないさ。君達は光の民を救う唯一の希望だからな。――だが、無能な勇者が全ての力を集めるのに、一体どのくらいの時間がかかる? 一年か? 二年か? あの鏡はこの都市の水に匹敵する宝だ。そんなに長くは手放せない」


 ゆっくりと歩いてきた彼は、床で蹲るライを覗き込むようにしゃがんだ。


「この鏡は大事に我々が保管しておく。他の全ての力を集めてから取りにくればいい」


 


 





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