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(3)白い花のアップルティ

「君たちが噂の魔術師か」


 翌日正午過ぎ。契約の時刻を回った為店を引きあげたライ達は、溜まった銀貨を持って両替商を訪れていた。

 何も言っていないのに、我々の正体を言い当てた両替商のお爺さん。何故分かったのだろう、と不思議な顔をするライに彼はカッカッと笑った。


「こんな大量の銀貨ばっかり、例の魔術師しか有り得んじゃろ」

「あっ、なるほど……!」


 お爺さんはシワシワの指で銀貨を摘み太陽にかざす。硬貨の質を見極めているのだろうか、彼は彼なりの規則に従って硬貨を選別していくと、そろばんを弾き出した。


「クズ銀貨がちっとあったな。大方気づいていても言わずに引き受けたんじゃろ。流石は魔術師様だ。だがワシはきちっと計算するぞ。ほれ、この値段でどうだい?」


 お爺さんがライに紙を渡す。何やら色々と文字が書かれているようだったが、読むことが出来ない。

 チラリとSOSの視線をテナエラに送ると、彼女はライの手からスッと紙を取って目を通す。


「まあ、いいんじゃないかしら」


 テナエラがその紙にサラサラとサインをすると、お爺さんは机の上で山積みになっていた銀貨を木箱に乱雑に詰め込み、足元からまた違った木箱を取り出した。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よっと。はい、金貨四十三枚。残り端数はそのまま銀貨で返すでな」


 銀貨十枚でおよそ金貨一枚と交換出来る。金貨四十三枚もあれば当面の路銀も十分だ。

 ずっしりとした重みの皮袋を受け取り、一行は中央の広間へと向かう。


「それにしても、接触してこないですね」


 クニックは何か違和感を感じ、テナエラへと耳打ちする。


「……そうね」


 流石に昼頃にはシュネーヴ卿が迎えを寄こすだろうと踏んでいたテナエラは、朝の時点で宿を引き払って来てしまった。

 することの無い一行は、石段に腰掛け、ぼうっとバザールの賑わいを眺める。

 絶え間なく流れる人の波。次から次へと新しい人がやってきて、人だかりの中に消えていく。

 その一人一人が皆、希望に満ち溢れたような目をしていた。


 とてて、と目の前をライよりも小さい少年が小走りで通る。どこかの店の見習いなのか、大人用の前掛けを器用に体に縛り付け、前が見えないほど高く詰んだ反物を両手で抱えていた。

 危なっかしいなと思い見ていると、案のじょう前掛けの裾を踏み思いっきり転んでしまった。

 しかし少年は咄嗟に反物が汚れないように庇い、直ぐに起き上がる。反物に着いてしまった汚れを払うと、自分の擦り傷はお構い無しに人混みの中へと紛れて行った。


 こうして見ていると本当に色んな人が居る。数え切れない程の人が、それぞれ自分の大切な人生を歩んでいるのだった。


「このまま平和が続けばいいのに……」


 誰もが今ある生活の幸せに気づかないまま、そのまま寿命を全うすればいい。

 暖かな陽の光も、心地よい葉音も、少し冷たい潮風も、幸せな思い出となってしまったライにとって、それは切実な願いだった。


 しかし、もうライはそちら側の“幸せを願われる人間”ではない。


「お探ししましたよ」


 コツコツとヒールを鳴らし近づいてきた男。いかにも役人と言った風貌の彼がライを現実へと連れ戻した。


「我が領主、シュネーヴ様がお呼びです」




 先程までの喧騒とは一転。息遣いさえも石壁に吸い込まれていくような静かな廊下を六人は歩いていた。


「こちらの部屋でお待ちください」


 そう言われて通されたのは、接待で使うような華やかな部屋。高い天井にはシャンデリアが吊るされ、壁からは太陽旗が何枚も下げられている。外とは全く違う雰囲気に、まるでここだけ王都に居るような感覚になった。


「ここを建てた当時の領主の趣味なんじゃない? きっと彼は王都が懐かしかったのよ」


 椅子に着いたあとも、キョロキョロと落ち着きのないライを見てテナエラが言う。


「……懐かった?」

「元々ここは後付けの都市なの。王都から派遣された役人に辺境伯としての地位を与えて治めさせたのが始まりなのよ。まあ、今の現領主は生まれも育ちも砂漠ここだけれどね」


 そういうものなのか、とライは部屋の隅々まで見渡す。そうしている間にも目の前には次々に美味しそうな食べ物が並べられた。給仕の女性が透明なティーポットを片手に各席を廻る。

 ライの小さな白いカップにも、トトトト、と赤茶色の飲み物を注がれる。

 するとフワリと甘い香りが広がった。


「……いい匂い」

「ありがとうございます。こちらは領主の奥方、クリスティーナ様の故郷が産地の林檎を使ったアップルティでございます」


 林檎の花だろうか。給仕の持つティーポットには白い花が浮かんでいて、香りだけではなく見た目も美しい紅茶だった。


「まもなく領主が参りますので、少々お待ちください」


 彼女はそう言うと、急ぎ足で部屋を後にした。

 勇者団だけ残された部屋で、一行は領主を待つ事になる。


「……いや、すげぇ品揃えだなぁ」


 真っ白なクロスの掛けられたテーブルの上には、湯気のあがったシチューやラザニア、瑞々しい果物やケーキが一度に並べられている。


「コース料理の初めから終わりまでが一度に置かれることって中々無いですからね」


 ルーザンのつぶやきにリラ神官が答えた。

 薄暗いこの部屋のせいか。静かすぎるこの空気のせいか。なにかじっとりとした嫌な感じがする。

 みんなの前に領主が現れたのは、目の前の料理がすっかり冷めた頃だった。

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