(2)商売上手な彼
「――で、天下のの魔術師サマがこんな場所になんの用だい?」
契約書や領収書が一面に広がる部屋。その奥の机で作業していた男が開口一番に言った言葉がコレだ。
「いやぁ〜ですから、我々に明日の昼までの営業の許可を頂きたくお伺い致しました」
明らかに歓迎されていないムード。
ジンの半歩後ろに付き添うようにして立つライは、みんながここに来たくなかった理由はコレか、と身を縮こませる。
そう怯えるライの姿を見た男は、周りの人にわざと聞こえるような大きな声を出す。
「魔術師サマよぉ、“餅は餅屋”って聞いた事ねぇか?」
「モチ、ですか」
「そうさ。商売は我々の専門分野。人様の領域には軽々しく手を出すもんじゃねェ。魔術師サマは魔術師らしく――」
しかし、“いつも通り”のジンはそんな嫌味に負ける男では無い。
「“モチ”ねぇ、生憎俺はヤキモチは妬かない派なんっスよねぇ」
「…………」
「……あ、旦那は妬く派? 駄目っスよ〜、男のヤキモチなんて今時需要ないっスから」
嫌味に全く臆しないジン。
彼のセリフに、この場に介した全員が同時にズッコケた。
盛大にズッコケた。
「ククッ……アッハッハッハ! いや失礼、君随分と良い性格してるね」
「あ〜、よく言われますねぇ」
その根性見直したよ、と笑いだした男。彼は椅子から立ち上がり腕まくりした右手をジンへと差し出した。
「私はこの商人ギルドの役員ジェルダー=ボット。君達の営業の許可、検討しよう。まず何を売るのか聞かせてもらっても?」
「――って感じに言われて、ジンさんが目の前で実演したんですよ。そしたらみんな“わぁぁぁあ!”ってなって、条件付きで許可が降りたんです」
町のバザールの端、急ピッチで貼った天幕の下でライはみんなにジンの勇姿を伝えた。
「へぇ、ジン凄いじゃない」
今回の商品を作るメインは魔法陣専門のクニックと守り専門のジンだ。テナエラは店頭で忙しく動くジンの背中を眺めながら褒める。
リラ神官は神官の規則上、営利目的の営業を無断で行うことが出来ない為、今回は彼抜きで対応だ。
「さっきそこで“魔術師様が店を出した”って聞いたんだけど……ここかい?」
「やぁお嬢さん。いらっしゃい! そうだよ〜、ここだよ〜」
「やだぁ〜もうっ、お嬢さんだって! お兄さん上手ねえ〜」
マダム達を上手く扱うジンを、背後で見ているテナエラが鼻で笑う。
「あの人、魔術師よりもこっちの方が向いてるんじゃない?」
「……うん、僕もそう思う」
「ねぇ、お兄さん達は何を売ってるのかい?」
「ふふーん、コレ何に見える?」
「……何かしら。木の板?」
ジンが手の平に載せているのは親指ほどの大きさの小さな板。
「もしこれが、一度だけ貴方の事を守るお守りになるとしたら……買いますか?」
「……え?」
「買いますか?」
「……そ、そうね。興味深いわ」
それでは、とジンはもう片方の手を木の板の上にかざし、その手の隙間を覗き込むようにしながら詞を並べ始めた。
「火の精霊、守の紋様を――」
ジンはツラツラと詞を並べ、板に焼き跡をつけていく。目の前で刻まれる幾何学模様にマダムは大興奮。口元に手を当てて声にならない叫びを上げていた。
「夜道を照らす、光の集い、憐れな人の子……マダム名前は?」
「リレアーヌよ」
「リレアーヌを守る盾となれ、東の空の、星の集いに――」
紫色の炎が木の板の上で踊るように燃える。まるで導火線に付いた火のように猛スピードで動き回っていた。
「リレアーヌの身に、命の危機が訪れた時、彼女に力を貸し給え」
そこまでの長い詞を言い終えたジンはかざしていた右手を静かに板の上から離す。すると燃えていた炎もシュン、と消えた。
マダムが視線を板からジンの顔へと移すと、彼はいつになく真面目な顔をして言う。
「マダム・リリアーヌ。この魔法陣によって貴女と精霊の道が繋がりました。魔力を持たない貴女でも一度だけ精霊と交信する事が出来ます。命の危機に面した時、この魔法陣に心から助けを願ってください。そうすれば彼らが力を貸してくれるでしょう」
「……それは、凄い事ねぇ」
ジンの手から複雑な魔法陣の書かれた板を受け取るマダム。繊細な線をじっくり見つめるマダムに、ジンは空になった手を見せ続けた。
「……?」
「いい出来栄えでしょう? お代は三リンでございまぁす」
三リン……三日分の食事代に相当するその金額を安いと思ったのか高いと思ったのかは分からないが、目を大きく見開いたマダムは、ウエストポーチから銀貨三枚を取り出した。
「毎度あり! 良かったらお友達にも紹介してね。俺たちの魔術は一級品だからさっ」
ジンはヘラッとした笑顔でマダムに手を振る。彼女は受け取った板を大事そうに胸に押し付けながら、釣られるようにして手を振って去って行った。
ちっぽけな板が三リンもの値段がする、とだけ聞けばそれはぼったくりに近い商品だ。しかしそれが命の危機を一度だけ救う物だと言えば、途端に安い物に変わる。加えて店先での実演販売だ。
未知なる物に手を伸ばしてしまうのが商人の性だと聞く。商人が大半を占めるこの町の住民が放っておくはずがなかった。
開店すぐに長い行列ができ、なかなか途切れる様子もない。気づけば太陽は沈みバザール終了の時刻を迎えた。
「お嬢〜、どのくらい儲かりました〜? 魔法陣なんて細かい作業、慣れなくて疲れちゃいましたよ」
最後の客を終えたジンが肩を回しながらテナエラとライの元へと戻ってくる。会計番をしていたテナエラは銀貨を入れた布袋の口を紐で結いながら、計算したメモを横目に答える。
「予想以上ね。単純に稼いだ金額で言えば二百五十二リン。ここから出店代に板代、ギルドとの約束の営利代を引いても二百リンは儲けが出たんじゃないかしら」
ギルドが出した条件、それは無所属の商人に場所を提供するのだから、稼いだ分だけ場所使用料を上乗せしろ、というものだった。
それを甘味しても彼女が言うにはかなりの儲けが出たらしい。
「ずっと魔術使って疲れたでしょう、今日はゆっくり休んでね」
テナエラがジンの額に手を当てる。
「あー、俺なんかに回復術なんて勿体ないないっスよお嬢」
「少しもの労いよ」
「労い? だったら俺はお嬢の接吻の方が回復するんスけどねぇ〜」
グッと顔をテナエラに近づけるジン。しかしテナエラは避ける様子も無い。
すぐ間近でそれを見せつけられていたライは、どうしていいか分からずに両手で目を覆った。
こんなもの見ていいはずが無い。昨日何となくクニックの気持ちを知ってしまったのだから尚更だ。
すると、バン、とまあまあ大きな音が至近距離で鳴った。
テナエラがビンタしたのか!? とうっすら目を開けると、恐ろしい光景が。
吹き出しそうなのを必死に堪えるテナエラに、頭を両手で抑え悶えるジン。そして満面の笑みで一メートル程の木の板を手に持つクニックだった。
「テナエラ様、拒否してくださいよ」
「あんたが来るって分かってたから」
「……あのねぇ、貴女って人は……! はぁ……」
反省の色を見せないテナエラにクニックは諦めるしかない。
「おい、クニック! 一枚板が足りねぇと思ったらそんな事に使いやがって。ヒビでも入ったらどうすんだ。商売道具だぞ?」
ノコギリ片手のルーザン。文句も言わず板切要員をしてくれた彼も、疲労が溜まっているはず。
「あぁ、すいませんね。なにせジンがよからぬ事をしようとしていたもので」
「よからぬ事でも何でも良いからこっち手伝えや!」
ジンの首根っこを掴んでルーザンの元へ引きずって行くクニック。
その後ろ姿を見てテナエラがボソッと言った。
「あんた以外とするもんですか」
「……えっ?」
「今のは秘密よ」
ニヤッと笑ったテナエラに、ちょっとドキッとした。




