(1)城壁の都市
ガタガタと鉄で補強された車輪が石畳の上を転がる音が絶えず聞こえてくる。どこかで揉め事が起きてしまっているのか、聞きなれない訛りのある男の怒鳴り声も響いてきた。
「いやぁ、すげぇ人だな。流石は貿易都市シュネーヴィトヒェンだ」
勇者団一行はそれぞれの馬に跨ったまま、人でごった返す城壁の入口に居た。
大きな都市は入場時に“入場税”というものがかかる事が多いという。毎日何千人と訪れる人々から税を徴収すれば都市の大きな収入になるからだ。シュネーヴィトヒェンも例外ではなく、こうして城門の前に納税の大行列を作っていた。
「早めに着いて良かったわね。支払う前に閉門時刻を過ぎたらここで野宿する羽目になる所だったわ」
やや西に傾き始めた太陽を見てそう言うテナエラ。彼女が言うにはこの列に並んで居たとしても、城壁の門を閉める時刻になれば問答無用で閉め出さられてしまうらしい。
かれこれ数刻前にここにたどり着いた勇者団は列の七割は進んでいる為、流石に野宿の心配はなさそうだった。
暇を持て余していたライがぼうっと城壁を見上げていると、ひょっこりと視界にジンが現れる。
「どうした坊、ここに来てからずっと壁ばっかり見てるね。そんなにこの壁が好き?」
「……壁が好きって発想初めて聞きました」
「んじゃ何? ガンつけてんの?」
オラオラと悪そうな人のモノマネをするジンに、ライはとうとう笑いが我慢できなくなる。
「ぷぷっ……! あはは、違いますって。こんなに高く積み上げた塀初めて見たなって思っていただけです」
青い空に突き刺さるように高くそびえる城壁。ガザラなんかでは見たことの無い高さだ。
到着時に遠くから見ても大きいと思ったが、いざ近づいてみると背筋がゾクリとするほどだった。
「ははは、ジン辞めてよ。可笑しくってお腹痛くなる」
クニックもオラついているジンの姿がツボだったようで、必死に笑いを堪えている。
「ちなみにさ、ライ君。この壁はある理由があって高く作られている物なんだ。なんの為だか分かる?」
ライはクニックのその質問に、うーんと頭を悩ませた。塀は場所を分ける時に使うものだ。ガザラでも牧師様の居る教会に石を積み上げた様な塀が作られていた。
丘の下の辺りでは家畜がどこかへ行ってしまわないよう囲む為に使っていた。
ガザラの情景を思い出しながらライはこれかなと思う答えを述べる。
「……ここがシュネーヴィトヒェンですって示したり、中の人や動物が外に勝手に出ないように?」
一生懸命にひねり出した答えだったが、それを近くで聞いていたジンは一瞬驚き、堪えきれずに笑いだす。
「ハハハッ、後半のやつはもはや牢屋だね」
ゲラゲラと笑うジン。
彼の反応から回答が間違っていたと分かったライは、途端に恥ずかしくなってローブの襟に顔を埋めた。
「あらあら、カメさんになっちゃった」
「ジンがそうやって揶揄うからでしょう。ライ君の答えも、まあ間違いではないよ。でもそれならここまで高い必要はないかな」
この高さの壁が必要な理由、それは何なのだろう。
再び頭を捻り始めたライの肩をクニックがトントンと叩く。ふと顔を上げれば、彼は左の方向を指さしていた。
「実はここはね、マラデニー王国領の最西端なんだ。ここを西に進むと大きな川が流れている。その先は我々の領地の外だ」
さあ、ここまで言えば分かるかな? と再び問題にするクニック。
領地の端の町。川の先は領地外……敵とまでは言わなくても味方では無いという事か。
「隣の国が攻めてきた時でも大丈夫なように?」
「そういう事。ここは交易の要にもなっている都市でしょ? そりゃ他国にとっても魅力的な都市なんだ。仮に攻め込まれてしまって籠城戦になった時にも、直ぐに崩されない頑丈な守りが必要なんだよ。王都からの援軍を待つにも多く見て一週間。その時間を稼ぐための分厚く高い壁なんだ」
へぇ、と再度城壁を見上げると先程とはまた違った姿に見える。
ここの壁なら闇の民からも民を守ることができるのだろうか。もしそうなら、この辺りの人々をこの都市に避難させれば安全かもしれない。
「どうしたの?」
「あっいや、何でもないです」
自然に光の民を守る方法へ頭が向いた自分に、ライは少し驚いた。
次の団体〜、と門番の前に呼ばれたのはそれからまたしばらく経ってからの事。人数分と頭数分の税を払うと簡単な手荷物検査の後直ぐに中へと入れてくれた。
中に入るとそこはまるで異国に来てしまったかのような雰囲気が広がっていた。
昨日のセヘランと似たような造りの建物がズラリと並び、街全体が薄茶色に染まっている。しかしセヘランと違うのは、豪華な飾りや着色がされている建物も多くある所だった。
「お金持ちの集まるオアシス都市ってとこね」
立ちすくんでいたライの気持ちを読んだテナエラが、追い抜きざまに声に出す。
「さて――と、どうせ向こうは透視鏡で我々の動きを読んでいるはずだから、わざわざこちらが動く必要もないでしょう。明日にも迎えを寄越すんじゃないかしら」
もし見てるなら優先的に門を入れるとか手配してよね、と愚痴を零すテナエラ。先程の待ち時間があまりにも長すぎて随分と苛立っているようだ。
「見てるってなら手でも振っておこうじゃねぇか」
「先輩今日も振り切ってるッスねぇ〜」
ブンブンと空に向かって両手を振るルーザン。彼もだいぶ溜まっている様子。
「――で、ここから真面目な話。今日はまだ日も登ってるし、ここは人が沢山いるから稼ぐにはもってこいだと思うの。これからギルドで営業の許可を貰おうかと思うのだけれど、誰か行ってくれる人は居ない?」
テナエラがじっとルーザンを見る。
「あー、いや。俺は向いてねぇな、そういう役目。ほら、もっと厳格のある人がいいと……」
ルーザンがスッと横に手を指す。
「私はここの教会にご挨拶をして参りますので……すみません」
苦笑いでクニックに謝るリラ神官。
「えっ、俺は……テナエラ様と離れる訳には……」
逃げるような言い訳のクニック。もう必然的にメンツは決まってしまったも同然。
「……俺か。俺ッスね。やなんだよなぁ〜、ああいう雰囲気」
「大丈夫よ、あなたのいつもの調子なら」
「いつもの調子って言われてもですねぇ、お嬢……」
にっこりと笑うテナエラの顔でこの人選は決定事項となる。
「マジか。マジっすか。はぁ……よし、行くぞ坊!」
「え? 僕も!?」
「当たり前でしょ、あんな怖いとこ一人じゃ行きたくないもんねぇ」
「怖いとこ?」
「そうそう! 怖ぁいとこ」
本気で嫌な顔をするジンから、それが揶揄いではなく本心なのだと伝わってきた。




