(6)彼女の過去
「透視鏡、それが一つ目の力なんですか?」
昨日と同じ部屋割りの為、今日もライはテナエラとクニックと同室になる。
部屋に着くなりライはテナエラに先程の話を確認した。
「事前の調査団の報告によると、どうやらそれが有力らしいわ。数十年ほど前、何らかの理由で市場に流れていた透視鏡を当時の領主がかなりの金額をつぎ込んで手に入れたみたい」
白雪の鏡と言えば舞台は雪国のイメージ。こんな砂漠でそれらしき話を聞くとは思わなかった。
「そんな童話みたいな物が実際にあるんですね」
ぽつり、と零すと、テナエラがニヤリと笑みを作った。
「逆よ。この鏡が童話に似てるのではなくて、この鏡があったから童話が出来上がったのよ」
「……え?」
「火のないところに煙は立たぬ――つまりそういうこと。童話の全てが本当にあった訳では無いにしろ、そう言う話を妄想できるレベルには何かしらあったと言うことなのよ」
テナエラはおもむろに荷物から手帳を取り出す。
「闇の民復活の予言を知った時から、王都は教会と結託して調査団を全世界に派遣したわ。そして出たのが今回の透視鏡。先代勇者が力を分散し各国に散りばめた物の一つである可能性が大いにある。かなり黒に近いわ。そしてもう一つ分かっている力も、さっきの商人の話にも出た“金の泉”よ」
目を輝かせて話すテナエラは、そこまで言うとライの肩をガっと強く掴んだ。
「一つ目の力を手に入れれば、その剣は強くなる。でもあなたが力を使えなければなんの意味もないわ。もうこんな時間だけれど、少し付き合ってあげる」
テナエラは部屋の窓から煌々とあかりのついた中庭を親指で指した。
「昼間みたいに焦って剣が抜けませんなんて論外よ」
カン、カン、キン、と金属同士がぶつかる音が、宿の壁に当たって反響する。
「遅い、遅い、遅い! そんな剣使いでどうするの! そんなんじゃ気づいた時には真っ二つよ」
「うわっ、わっ、わぁ!」
ライはもう何度目か分からない尻もちをついた。イタタタとお尻をさすると、首元に剣が充てられる。
「さすっている間に首を掻かれて終わりよ。何度も言うわ。実践だと思ってやりなさい」
通りかかる他の客に、喧嘩か? と心配されるほどの剣幕。
「すみません……」
「これが本番ならあなたはもう何回も死んでる。あなたの剣なんて防げるんだから、本気で殺りに来なさい」
そうは言われても無理があった。なにせ剣を振ったのは初めてなのだ。剣は思ったよりも重く、それを力いっぱい降ると遠心力がかかって体ごと持っていかれてしまう。
「えぇいっ!」
今度こそはと両手で剣を持ち上げテナエラへと振りかざすライ。しかし彼女は即座にその軌道を読み、自身の剣先を軽く噛み合わせる。すると簡単にライの剣の進路は変わり、力任せに振られた剣はされるがままに地面に突き刺さってしまった。
「……んん、抜、けな」
今度はそれを抜くのに時間がかかる。そうしている間に首の後ろにヒヤリとした刃先が充てられた。
何度やっても同じ。そんな絶望に近い感情に今までの疲労も相まって、ライはため息をこぼした。
そしてそれを見逃すテナエラでは無い。
「――自分は素人だから」
彼女の冷たい声に、ライはハッとして彼女に背を向けたまま固まった。
「自分はまだ子供だから」
「えっと……」
「剣が使えなくたって魔術が使えなくたって仕方ない」
「……」
「そう甘えてるんじゃない?」
図星だ。
「あなたを見てるとそれがヒシヒシと伝わってくるわ」
何も言い返せない。
首に当てられていた剣がカチャリと向きを変えた。今首に触れているのは先程までの腹の部分とは違う。
「ここでこの首を切っても構わないの。必要とあらばきっと神はすぐに次の勇者を選ぶだろうからね」
ここまで言われて、意味が分からない訳が無い。
「……すみ、ません」
ライは振り向く事が出来ないまま、唇を強く噛み締める。
「……謝ってどうするの? これからあなたの力不足が原因でで命が零れ落ちた時、あなたはそうやって謝り続ければいいと思っているの?」
ピクリとも動かないライにテナエラは更に怒りを覚えたのか、追い詰めるように言う。
「残念だけど、もうあなたは勇者の呪いからは逃げられない。いい加減に腹を括りなさい」
テナエラは剣をしまうと一人で部屋へと戻ってしまった。
「……俺達も戻ろうか」
一部始終を見ていたクニックがライの肩に手を載せ声をかけてくる。すると気が緩んだのか、自分でも意図せずに大粒の涙が両目からこぼれ落ちた。
「……ううっ、うぐっ」
無言で背を摩ってくれるクニック。だが、その手はライの知っている大きな手ではない。
ソウリャもリサも居ない、全く知らない土地に、ひとりで来てしまったんだと今更になって思い知る。
「辛いね、辛いよね」
クニックの言葉に、グチャグチャになりながら必死に首を縦に振った。
「辛いことは溜め込まずに吐き出してしまった方がいい。ほら、そこに座って」
「……はい」
クニックに支えられるようにして石段の上に腰をかける。ふと上をみると、綺麗な星が沢山出ていた。
「何が辛かった?」
何が辛かった? テナエラに剣を突きつけられた事か、必要ないと言われた事か?
いや、それだけじゃない。
「全然、気持ちが追いついてないんです。一昨日まで、僕は普通の人間で、魔術も剣も全く関係ない生活を、大好きな人に囲まれて送ってたんですよ? それなのに、なんで僕なんでしょう。どうして僕なんかが勇者に選ばれてしまったんでしょう!」
勇者としての覚悟なんて、そんなすぐにできるはずがなかった。全部全部自分の気持ちを無視して事が進み、流されるようにしてここまで来てしまったのだ。
「剣なんて握りたくない。こんな人殺しの道具、触りたくなんて無い! 今日襲われた時、本気で死ぬかと思った。それもこれも、僕が勇者になんて選ばれなかったら、こんな目に合わなくて済んだのに。僕はなりたくて勇者になった訳じゃない! 勝手に周りが、勝手に剣が、全部勝手にっ……!」
わあ、と声を上げて泣き叫ぶ。人目なんて気にならなかった。ずっと溜め込んでいた思いが堰を切ったように流れ出し止まらない。
小さな子供のように声を上げて泣き続けるライに、クニックがそれとなく話し始めた。
「昔ね、いつもいつもお花を積んでくれる女の子が居たんだ」
「……え?」
「音楽が得意でね。特にピアノが上手だった。音楽とお花と素敵なドレスに身を包んだ陽だまりのような女の子だった」
懐かしむような、悲しむような表情のクニック。
「……誰の話?」
「はは、誰だろうね。まあいいから聞いてちょうだい。俺の母親がその子の乳母だったんだ」
その女の子よりも五歳年上だったクニックは、彼女の遊び相手として御屋敷に出入りしていた。女の子は手入れされている庭の花を積み、毎回のようにクニックにくれるのだった。
「私に花など勿体ないです」
いつか彼女にそういった時、彼女はなんの迷いもなく、どうして? と聞いてきた。
屋敷の外のことなど知る由もない、幸せな少女。自分とクニックの間に身分なんて壁があることすら知らない、無垢な少女だった。
「そんなある日、彼女に悲劇が訪れたんだ」
「悲劇?」
「そう」
女の子には二人の兄が居た。魔力を持ち武術にも長けた優秀な兄と、魔力の無い体の弱い兄だった。
彼女の悲劇は、遠征に出た兄の訃報を受けるところから始まる。優秀だった兄が亡くなってしまったのだ。
彼女の家には魔力が在る者が家を継ぐ風習があり、兄の死と共に後継者問題に襲われた。その後も奥様は何度かご懐妊されたが、出産までは至らなかった。
そこで目をつけられたのが、女の子だった。彼女は実は強大な魔力を持っていたのだ。
そうして彼女が八歳を迎えた頃、彼女が好きだった物は全て取り上げられた。ピアノも花も、素敵なドレスも。
畏まった軍服に着替えさせられ、山積みにされた教本に囲まれる日々。空いた時間には剣を持たされ、豆が潰れてもお構い無し。
次第に彼女は自分の宿命を“呪い”と言って受け入れた。
決して弱音を吐かない気高い彼女だったが、その心中は計り知れない。
「一度だけ、彼女が本音をこぼしたことがあったんだ」
「……一度、だけ?」
「うん。“ピアノも花もドレスも要らない。でもお願い。お前だけは私から離れないで”って」
誰とは言われなくても、流石にもう誰の話なのかは分かってしまった。いつもみんなの前に立って引っ張っていく彼女に、こんな辛い過去があったとは。
「そんな事言われたら、離れる訳にはいかないでしょ。まあ言われなくても、どこまでもついて行くつもりだったけどさ」
クニックは、別に説教たれたかった訳じゃないんだ、と付け足した。
運命に翻弄される歯がゆさや痛みは、彼女だって十分理解していると言いたかったのだろう。
先程ライに投げかけられた言葉は、彼女が小さな時に自分に向けていた言葉なのかもしれない。
「ラ、ライくん?」
ライはおもむろに立ち上がる。
「――たい」
「え?」
「僕もあの人みたいに、強くなりたい!」
燃え盛る炎のように紅い彼女の目を思い出す。
「クニックさん、もう少し僕に剣を教えてください」
先程とは一転して強い意志の宿る目をしたライにクニックは困惑した顔をしていた。
その場限りの軽い考えと言われるかもしれない。でも、そう思った時に行動するのが一番だと思っている。
「よし、よく言った! ほら、じゃあまずは剣をこう構えてみて」
砂漠地帯の夜は思いの外冷たい。乾いた風がライの額に滲む汗を飛ばして行った。




