(5)枯れた土地と栄える町
腰に手を当て仁王立ちするテナエラの前に、正座で並べられた男五人組。
魔術の力を見せつけられ、抵抗する気は全くなさそうだった。
「あなた達。言葉の訛りからするとこの辺りに住んでいたスミランの民では無いの?」
スミランの民――決まった都市を形成せずに、その時々に草原に拠点を立て生活する遊牧民。
彼らは基本的には穏やかな性質で、都市間の小競り合いにも関わらない穏健な民族として知られていた。
「見れば分かっだろ。ここ数年でこの辺りの土地は枯れ果てた。草の一つも育たねぇ。んな所で人は愚か動物も生きては行けねぇよ。俺ら遊牧民にとっちゃぁ死活問題って訳だ。北に逃げようにも山は越えられねぇ。砂から逃げるよう東に移動してきたが、それにだって限界はある」
ここより東は王都を始め都市や町が連立している。その中での生活は厳しいのかもしれない。
生き残るためには行商人や旅人を襲い、金品を強奪し、盗賊まがいの生活を選ぶしかなかったという。
「だから見逃してくれ、なんて言うつもりはねぇさ。俺らの処遇はお前らの好きにしてくれ。今までの行為を正当化なんてする気はねぇからな。だが民は生きるために今の生活を変えることは出来ねぇし、これからもここを通る奴らを狙っていくだろうよ」
吐き出すようにして言うリーダー格の男。盗賊行為は悪業だと理解している上で、生きていくためには致し方がない事だと宣言しているのだ。
豊かな緑と穏やかな海に面したガザラで育ったライにとって、こんな砂ばかりの世界での生活なんて想像がつかない。
熱風に巻き上げられた乾いた砂が頬にバチバチと当たる。
「我々からの制裁なら既に受けたはずよ」
黙り込んでいたテナエラが無惨にも折れてしまったサーベルを指さす。
「私が小さな頃ここを通った時には、まだ草が生え動物の姿も見えたのを覚えてる。……少雨化、砂漠化がここまでとは知らなかった。あなた達の土地を枯らしてしまったのはマラデニー王国にも責任がある。早急に手を打たなければいけないわね」
川沿いにのみ残った草木。全ての原因は乾燥しするこの気候だ。
テナエラは地平線まで続く砂地に目をむける。まるでこの砂地の未来を睨むかのように力強い目だった。
「あ、あんた方は……?」
彼女の赤く燃え上がるような目に、男たちはただなぬものを感じたのか、恐れるような表情に変わる。
「我々は王都から特命を受け動いている者です。この方は一度口にした事は違えないお方。この地の状況も王都へと必ず伝達致します」
クニックが従者のように彼女を説明すると、“王都”という言葉にリーダー格の男は目を見開き、恐れ多いとその場にひれ伏した。
「我々マラデニー王国はあなた達スミランの民と共に歩もう。あなた達の川の恵、少し頂いた」
そう言い残したテナエラは、直ぐに踵を返して馬へと飛び乗った。
彼らスミランの民の言う通り、どれだけ馬を走らせても砂漠は終わらない。まるで同じ所をずっと走っているかのような錯覚に陥る。
途中、村だったはずの残骸の町を数箇所見つけた。いつ頃まで人が住んでいたのかは分からないが、倒壊した家屋の半分程までが砂に埋もれていた。
空が赤く燃え、いつになく大きな太陽が西の地平線に差し掛かる。
長く伸びた影と並走する勇者団一行は、ようやく今夜宿を取る都市を見つける事が出来た。
オアシス都市――セヘラン。ここもまた貿易の道の中継地として栄える都市だった。建物は基本的にその土地で一番手に入れやすい材料で作られることが多い。木材が貴重なここセヘランは木造建築が目立つ王都とは違い、土を乾燥させて出来たレンガ造りの家が立ち並んでいた。
「昨日の町と比べると、人が沢山いるね」
「そうだね。でもこれでも通常よりは少ないと思うよ」
テナエラは適当に宿を決めると、今夜は人の沢山集まる食堂へと入っていく。ライ達一行も自然と彼女に従うように食堂の一角に座った。
ガヤガヤとした男達の声。雑音にしか聞こえないが何となくそれが心地良い。
壁には沢山蝋燭が灯されていて、外が夜であることを忘れる程だった。
「ご注文は?」
「そうね、適当にお腹を満たせる物を頼むわ」
「かしこまりました」
軽装に前掛けをした女が、テナエラから注文を受け厨房へと消えていく。
「砂地の女はみんな美姫だって耳にしたが、どうやらホントのようだな」
「さすが先輩、期待を裏切らない発言! 貫いてますねぇ〜」
コソコソと話すルーザンとジン。他のみんなが苦笑いをしている間に、女はこれでもかという程の量の料理を手に載せて帰ってきた。
ガチャガチャと音を立てて食器を机に置くと、彼女は冷たい目線を二人に向けて直ぐに別のテーブルへと向かう。
「残念、振られましたねぇ」
「なーに、夜はまだ始まったばかりさ」
二人がフォークに手をかけようとした時、テナエラが咳払いをした。
「んん、今日は一段と疲れたでしょう。明日に持ち越さないように精のつくものを食べましょ」
彼女は襟元のボタンを外し服装を緩ませると、目の前の料理にフォークを刺し、口を大きく開けて一口で食べ始めた。
昨日とは一転して勇ましいその食べ方にライは開いた口が塞がらない。ライの視線に気がついたテナエラは周りのテーブルをチラリと見て、郷に入っては郷に従えよ、と言った。
言われてみれば確かに。周りで夕食を取る男達はお世辞にも上品とは言えない食べ方をしている。皿にフォークが当たって音がなってもお構い無し。そもそも雑談が大きくてその音が拾えないくらいだ。
正面に視線をもどすと、リラ神官さえも豪快に口を開けている。
「……こんなん絶対リサに怒られるやつだ」
ちょっとワクワクしながら、目の前のチキンに手を伸ばした。
貿易の道を通る商人と言っても形態は様々。百人規模の大所帯で移動をする商団もあれば、単独で行動をするものもいる。しかし共通して言えることは、お互いに同じく商いを業にしているもの同士だと言うこと。
同業者としての仲間意識が強いからか、明らかに出身地が違う様な風貌の人々が自然と仲良く話していた。
そう、テナエラの狙いはそこにあった。余所者として弾かれないよう、むしろ仲間として認識して貰えるように仕組んでいたのだろう。ライがそれに気づいたのはある男に話しかけられてからのことだった。
「おう、珍しいな。お前さん達は旅人かい?」
食事開始からまもなく、酒の匂いがキツい大柄な男が、ジンに絡み始める。
「えー、旅人にみえます〜?」
「その食い方は聖地巡礼してる貴族サマには見えねぇなぁ。なぁ?」
男が誰という訳でもなく聞くと、近場にいた人達が合わせて笑い出す。
「冒険者か?」
「いんや、盗賊団かもしれねぇなぁ!」
段々と周りを巻き込むようにして話が広がっていく。やはり勇者団と行商人では服装が違いすぎたのか。我々の事など眼中にないように装いながらも、皆実際はかなり気になっていたようだ。次々に席を立って集まってくる男たち。
「お嬢、助けてくださいよ〜」
酒の入っている男たちに囲まれたジンは、そこでテナエラにバトンを渡す。すると男達の視線がテナエラへと集中した。
「皆さんは、西の町の透視鏡の噂、ご存じ?」
透視鏡。そのワードに一同首を捻る。
「透視鏡つったら、アレでねぇけ? ほら、シュネーヴィトヒェンの魔女の鏡さ」
「ああ! 白雪の鏡か」
男達は一瞬考えるような顔をするも、次々に“魔女の鏡”、“白雪の鏡”といった言葉をあげた。
白雪の鏡と言われて初めに思いついたのは、童話として語られる白雪姫だ。確かにあれも継母の女王が何でもお見通しの魔法の鏡を持っていた。
でもあれはあくまでも御伽噺にすぎない。そんなものが本当に存在するのだろうか。
「何さ。おめぇらはそれを探しにここまで来たってのかい。いんやぁ、ありゃあくまでも商人達の噂話だぜ? シュネーヴィトヒェンはいつもいち早く流行を掴むって言う話から出たやつだ。本当にあるかなんて定かじゃねぇ」
当然の如く、その噂を否定する人も居る。
「でもなぁ、この噂は俺が子供ん時から知ってるやつだ。ここいらじゃ有名だしなぁ」
「あそこの領主の歴代の嫁が魔術師だってのも、なんか現実味を帯びてるよな」
しかし、信じるに値する条件も揃っているようで、この鏡の話は商人の間では一つのロマンのように語られてるらしい。
「もし、仮に鏡が存在したとする。だが、あの町がそう簡単に手放すとは思えねぇぞ。なにせ鏡で稼いでるのと変わらんからな」
こんな話は知ってっか? と気をよくした男たちは更に話を広げていく。北の山向こうの金の泉や人魚の髪飾り、メドゥーサの逸話などそれは興味を引くものだった。
そんなこんなで夜は深まる。頃合を見計らい勇者団一行は自室へと戻った。




