(4)砂漠の刺客
「ふぁあ……んっ」
早朝、朝食を取り荷物を馬に括り付ける作業の途中。隣で紐を括り終えたクニックが欠伸を噛み殺し、肩を揉み解していた。
「すみません、やっぱり僕を乗せての移動は負担ですよね……」
今日もクニックの馬に乗せてもらうことになっていたライは、彼の身体を心配する。
「ん? あー、いや問題ないよ。どちらかと言うとね、流石にあの状況じゃ眠るに眠れなくてね……」
ライは先刻目覚めた時を思い出した。向かいのベットのクニックは、眠りに入った時と一ミリも変わらないままの体勢だった。
「ようクニック、昨晩は楽しめたかい?」
「……あはは。ライ君に吹き込んだのは貴方でしたか、ルーザン。貴方にだけすごーく疲れるように願いを込めた陣をしかけてもいいんですよ」
「いやぁ〜遠慮しとくよ」
ケラケラと茶化すルーザンにクニックはため息を零すと、気を入れ替えるようにロープを力強く再び締め始める。
「全くもう……人の気も知らないで! ライ君!」
「は、はいっ」
「そこの袋も取ってもらっていいかな! そっちのロープに括りつけて!」
「わ、わかりました!」
ムッとしたクニックに急かされるようにライも頼まれた仕事をこなしていく。
ガザラよりも南に位置するこの辺りは、朝日が差すと同時に焼けるような暑さに包まれた。一行はそれぞれ馬に跨り、目的地へ向かって走り出す。
今日の目標は中継地のセヘランまで馬を進めることだった。太陽が高くなるにつれ気温は更に上昇し、額からじっとりとした汗が流れる。
昨日は山間の道や壮大な草原など、比較的自然豊かな場所を走ってきた。だが今日は進めば進むほど木々は減り、むき出しの土が目立つ乾燥した土地に変わっていく。
途中、一行は荷から薄手の外套を取り出し、時折巻き上がる砂煙に顔を顰めた。
宿を出てからどれくらい経ったのだろう。ライは貸してもらった外套を深く被り、手網を握るクニックの前で小さく縮こまっていた。
少し前からまた砂の質が変わった気がする。ザクザクと馬の蹄が地面に食い込むと、それを避けるように砂が飛び散っていった。
辺りにはもう緑は無く、前も後ろも砂の丘が続くだけ。こんな世界があったのかと、自分の無知さを更に思い知る。
「テナエラ様、少し休憩を取りましょう。この辺りに川があるはずです」
暑さと乾きでぼうっとしてしまっていると、耳元でクニックの大きな声が聞こえた。
前を走るテナエラが振り返り、視線が合う。
「……そうね。そうしましょう。ジン、方角は?」
「ちょい待ってくださいねぇ〜。うーんと、今は十三時、太陽がこっち……と」
今回の旅の進路はジンが管理している。彼は馬に乗りながら器用に地図を開き、時計と方位磁石、太陽針を合わせて方角を割り出した。
「えー、右に三十七度前方ですかねぇ。多分、恐らく」
「了解。じゃあ、少し遠回りになるけれど川でお昼休憩を取ろう。みんな、それまでは大丈夫かしら?」
テナエラの号令に全員が、おう、と返事をする。頼りになるその後ろ姿を追うように、一行は砂漠の恵、川を目指してスピードを上げた。
休憩場所の川辺へ着くと、先程とは別世界のように周りには木々が生い茂っていた。水なしで生き物は生きていけない、というのを痛感にしたライは、今までの乾きを潤すように、顔を水面に直接付けゴクゴクと水を飲んでいく。
「あんまり綺麗じゃない水だから、程々にしなさいよ。後でお腹下しても知らないから」
「えっ」
水筒に水を汲もうとライの隣にしゃがんだテナエラは手のひらで川の水を救って水質を見て言った。
そう言うのはもっと早くに言ってほしい、と自分の飲んだ量を考えて徐々に青ざめていくライ。しかしもう飲み込んでしまった物はどうすることも出来ない。
「本当にあなた何も知らないのね」
「……あはは」
「あっきれた。ほら、こうして布を通すだけで少しは綺麗になるのよ」
テナエラは水筒の口の部分に布を敷いて水を一度濾してから注いでいた。
「ほら、アンタの分も出しなさい。どうせ出来ないんでしょうから」
はい、と渡された水筒。中を除くと確かに先程よりは随分と綺麗な水が入っていた。
「ありがとうございます」
「いいえ」
わざわざコレを教えに来てくれたのだろうか。彼女は水筒を渡すとライの傍を離れ、乗っていた馬の元へと駆け寄る。そしてここまでに汚れてしまった体を洗うように、タオルを水につけては馬の体を拭いてあげていた。
意外と優しい所もあるんだな、と彼女の姿を眺めるていると、突然背後の茂みでバサバサバサッと大きな音が鳴らされた。
「わぁっ!?」
あまりの突然さにライはその場に尻もちを着く。音の方を見ると十数羽の大型の鳥が空高くに飛び立った所だった。
なんだ、鳥か……とその飛んで行った先の空を目で追っていると、視界の端で何かがギラリと光った。
――なんだろう?
そう思ったのも束の間。ヒュン、と風を切る音がして、何かが目の前に向かって高速で迫ってきた。
咄嗟に両腕で頭を守るように構えたライ。その直後、フッと風圧を感じて薄目を開けてみると、構えた腕のすんでの所で何かが宙に浮いている。
「坊、逃げろ!」
声のした方を見ればこちらに手を向けているジンが居た。
――何……?
再び顔を前に戻すと、目の前に浮いていた物は突然力を無くしたかのように、カラン、と音を立てて地面に落ちる。
「……これって!」
それは黒光りする鏃の付いた弓矢だった。先程視界に捉えた光はおそらくこれを構えた時に太陽光が反射したものだろう。
それに気づいたジンが魔術を使って防いでくれたようだった。
ありがとうございます、とジンに言おうとして、ライはある事に気づく。
何も無い所から弓矢が射られるはずは無い。この弓の出処――つまりはこの目の前に広がる茂みに敵が潜んでいるということ。
しかし気づいた頃には、時すでに遅し。ワサワサッと茂みが揺れたかと思うと、そこから見慣れない馬に跨った男達数名が勢いよく飛び出してきた。彼らはライに向かって月のように曲がったサーベルを振りあげる。
逃げなきゃと思うが、恐怖のあまり手足が言うことを効かない。ついには草に足を取られもつれるようにして転んでしまった。慌てて振り向けば太陽を背にサーベルを天高く振り上げた男がすぐ後ろに……!
一か八かでライは背中の剣に手をかける。
だが、――抜けない! 何故だ!?
「わぁぁぁあ!」
一瞬にしてパニックに陥るライ。
ダメだ、と思い目を瞑った瞬間。カーン、という甲高い金属音が響いた。
「ダメだよ、オッサン。そこの坊はそれでも大切な人なんだ。こんな所でその包丁でミンチにされてる場合じゃないのっ」
またジンが指先で何か魔術をかけたのか。ライと男の間に見えない壁の様なものが作られ、男の刃を防いでいた。
「坊はこっちねぇ」
ジンは腰を抜かしていたライの腕を強く引っ張りあげ、自分の背後に隠すように立たせる。
「チッ、魔道士めが。おめぇら、かかれー!」
サーベルをいったん引いたリーダ格の男が他の四人の男に命令を出す。他の四人は軽やかなステップで馬から降りると、ジン目掛けて一斉に剣を振り上げた。
しかし、ジンは余裕の表情。
「同じことなのにねぇ、増えたってさ」
次々にサーベルを振り下ろす男達だが、ジンがその度に見えない壁を作り出し相手の攻撃を防御する。
「これじゃ埒が明かないッスよ、先輩」
ジンがそう言うと同時に、ザッと目の前が砂煙に包まれた。
「ゲホゲホッ……」
その砂煙にむせるライ。スウ、と砂煙が薄れていくと、その中から大きな背中が現れた。そしてその向こうには、今の今まで殺意を滾らせていた敵の男達が、怯えるような表情をして立ちすくんでいる。
「……バ、バケモノだ……!」
恐れ慄く男達の手元……そこには刃先が完全に折られているサーベルが握られていた。
呆然とする彼らの背後で、ドスドスドス、と地面にサーベルの先端が突き刺さる音が続く。
「残念だったなぁ。俺の剣は鍛え上げられた魔術強化剣なんだ。そこいらの安っちぃ剣なんて相手にゃならねぇ」
ライとジンの前に飛んで現れた人物――ルーザンは片手で振り抜いた大剣をドスっと地面に突き刺し、物凄いドヤ顔で決めゼリフを吐いた。




