(1)戦場の天女
「――もう、いい加減に終わらせよう」
先程の爆発で辺り一面が残骸になった大地を前に、青年は呆然と立ち尽くしていた。度重なる戦闘のせいで、身体は限界を迎えている。
空は厚い雲に覆われ完全に太陽の光を遮り、神の御加護は受けられそうにも無い。
迫り来る敵の姿は、熱された空気と舞い上がった灰で、陽炎のように揺らぐ。
「……こんな戦いに正義もなにも無いじゃないか」
額を拭うと、べっとりとした血液が手に着いてきた。これが誰のものだかはもう分からない。
今日までに、いくつの命が消えたのか? 千年の時を経てもなお続くこの戦いが正義を掲げているなんて馬鹿げている。
そこまで気づいていても、青年は戦場に立たなければならなかった。もう手に馴染んでしまった古びた剣を握り直し、自らを奮い立たせる。
「――様っ、前方から夥しい数の虚像軍が押し寄せてきています。数は数千以上、術者が何処にいるのかは分かりませんっ!」
ズシャ、ズシャ、と、すぐ隣の地面が抉ぐられた。敵の魔術攻撃。真っ黒の光線が容赦なく打ち込まれる。
「――様! 右翼崩壊、歩兵壊滅です!」
いよいよ窮地に追い込まれる。
青年は休ませていた馬に飛び乗り、自らが指示を飛ばし始めた。
「後方待機の援護術士を右翼に! 魔術石を十分に持たせろ。壊滅歩兵からの魔術石も回収だ。急げ!」
戦争は非情で残酷。人々が掲げた無像の信念の為に、命を駒にして突き進む。
心を鬼にしなければならない。
「反撃!!」
青年の掛け声を合図に、背後からも白い光線が撃たれ、攻撃を開始する。その援護射撃の波に乗りながら、青年は敵に向かって馬を走らせはじめた。
「……くっ」
光線が顔のすぐ側を掠める。轟くような蹄の音に混じり、背後ではヒヒィンという鳴き声とともに落馬の音が聞こえた。
自衛魔術で攻撃を相殺していても、防げるものには限度があるのだ。
「術士を割り出せ! 虚像と対峙しても拉致が空かない!」
魔術によって生み出される兵士、虚像。虚像を生み出す術士を叩かなければ、敵は一向に減らない。
闇雲に敵と混じり合う中、視界の端で、ニヤリと笑う人影を見つけた気がした。
「――!?」
真っ白なベールに包まれた、戦場には似合わない女人。
人間離れした美貌の彼女は、なにやら口を動かす。
「え……? み、つ、け、……た?」
青年が彼女の唇を読むと、彼女は満足気な笑みを零し、虚像の中に消えていってしまった。
「まっ、待ってくれ!」
グチュ……
彼女に気を取られたその一瞬の隙。
背後から、体の中心を硬い何かが貫いた。
「……しまっ……た」
突然体は平衡感覚を失い、暴れる馬から振り落とされる。
あともう少しで、この戦を終わらせることが出来たのに。
あともう少しで、志を遂げることが出来たのに。
「――様っ、――様っ!」
これまでの犠牲を無駄にしてしまうのか?
――みつけた、みつけた……。
遠くなる意識の中で、青年はさっきの女人の言葉だけがこだまして聞こえた。