(3)魔術という存在
“人”には大きく分けて三種類存在する。簡単に言えば、魔力を自ら持ち魔術を使える人、与えられた魔力を使って魔術を使える人、全く魔術が使えない人、だ。
最初の“魔力を自ら持ち魔術を使える人”はかなり限られており、それこそ王族や神官、魔術兵団の上層部などほんのひと握りしか居ない。
二番目の“与えられた魔力を使って魔術を使う人”は少ないながらも一定数は居る。現在の魔術兵団や王国軍などの従事者がこれに該当する。
その他の大多数が最後の“全く魔術が使えない人”とされる。
「与えられた魔力って?」
夕食も取り終え、夜が深まった頃。既に寝てしまったテナエラを背後にライとクニックは蝋燭を囲んで勉強会をしていた。
「ライ君は、これを見るのは初めてかな?」
そういうとクニックは胸元から頑丈なチェーンに繋がれたペンダントのようなネックレスを取り出す。
「それは?」
「開けてみようか」
クニックが上部の突起を軽く三回押すと、パカリ、と音を立ててペンダント少し開いた。
そして、その蓋を徐々に開いていくと、中から放射線状に目がくらむような眩い光が溢れ出てきた。
「眩しい……」
「そうでしょう? これが与えられた魔力の正体さ。俺は二番目の“与えられた魔力を使って魔術を使える人”なんだ。これは魔蓄石と言って、濃縮された魔力を閉じ込めている石だ。俺のような魔力を持たない者は、この石をペンダントに埋め込んで首から下げ携帯し、いざと言う時にはこれから発せられる魔力を少しずつ使って魔術を使うんだ。因みにこれはマラデニー王国が発明し、現在も独占している技術なんだよ」
マラデニー王国が蓄積した魔力を操るという話は聞いたことあった。ソウリャの乗っていたマリーナ号もそれを使って進むと言っていた。それがこれの事だったのか、と今更になって納得する。
魔力を自分で発生させられる人に頼るしかない他国に比べてマラデニー王国が優位なのも魔蓄石が原因だろう。
「魔術の使い方は知ってる?」
「……いいえ」
「大丈夫、一つずつ覚えてい行こう。我々人間が魔術を使えるのは、精霊に力を借りているからなんだ。精霊といっても沢山居る。火の精霊ゴウカアネスト、水の精霊ウォルトアネスト、風の精霊ウィンリアネスト……全て言っていたら言い尽くせないほどにね。我々魔術士は、魔力と詞を使って精霊と交信し、魔術を操るんだ」
「精霊……」
たしかに、思い返せばソウリャやリサも魔術を使う時に聞きなれない詞を話していた。
「でもね、精霊もただでは応えてくれないんだ。彼らに力を分けてもらうには、精力って呼ばれる我々の気力や体力の様なものを代わりに捧げる必要があるんだ」
その精力を捧げられるかどうかで、魔術を使えるか使えないかが決まってくるらしい。
「なんか、もっと魔法みたいに簡単なものかと思ってました」
「……魔術はあくまでも“術”にすぎないからね。全てにおいて規則があるんだよ。よく物語に出てくる魔法とは別の物なんだ。それに、魔術にはやってはいけない“禁忌”が沢山ある。例えば、強い魔術を望みすぎてはいけない――これは自分の精力を全部捧げてしまえば死んでしまうからだ。他には変化術を使ってはいけない、とか、魔術によって死んではいけないとか色々ある。これら禁忌を犯すと転生の輪廻から外されると言われているんだ」
転生の輪廻――人は肉体が滅び魂が離れた後、長い時を経てまた別の肉体に入り、生まれ変わるという循環の中にある、という教会の教えだ。
その為に死後は教会でお祈りを捧げ、母なる大地へと埋葬する。残された遺族は故人の転生を祈り、花を手向けるのだ。
「ライ君が一番気をつけなければいけないのは、最初の“強い魔術を望みすぎてはいけない”ってやつと、“魔術によって死んではいけない”ってやつだね。だからまずは自分に“精力を捧げられる力があるのか”を確認する所から始めよう」
そう言うとクニックは、ふぅ、と目の前の蝋の灯りを吹き消した。
「いい? 心を落ち着かせて、火の精霊に語りかけるんだ。心の底から、この蝋燭に光を灯したいと願って」
真っ暗闇の中、真剣なクニックの声だけが響く。
伝説の剣を持っていても、魔術が使えないなら剣の力を最大限に引き出すことはできない。
――どうか炎が着きますように……!
「火の精霊! この蝋燭に火を着けて!」
ライは胸の前で両手を固く握りしめ、必死に強い念を蝋燭の先端に向ける。
「火の精霊! お願い!」
変化のない蝋燭に再び詞を向けるが、残念ながら何も変わらない。
空気が揺らいだ気配すら感じなかった。
「大丈夫。そんなに最初から成功はしないから」
クニックが、備え付けのマッチを刷って再び赤い炎を蝋燭に着ける。
勇者に選ばれたくらいだから……と少しは期待していたライは、目の前に突きつけられた失敗に肩を落とした。
「誰だって初回では成功しないよ。それに今は魔蓄石すら持たせてない状況だ。そんなに落ち込む必要はない。大切なのは強い意志で継続する事、それが何よりの成功への近道だからね」
クニックがライの頭をポンポンと軽くタッチする。
「ライ君にこの蝋燭を一つあげよう。この蝋に火を付けることが明日の君の課題だ」
「分かりました」
クニックが新しく袋から出したのは新品の蝋燭。ライはそれをギュッと握りしめ、もう一度試そうと心の中で火の精霊に語りかける。
「それは明日の課題だよ、休息も大事だ。今日はもう寝よう。君はそっちのベットを使って」
何も変化のない蝋燭に再び落胆するライの背を押し、ベットへと誘導するクニック。何も考えずにベットに横になったあと、ふと気になってクニックに聞いてみた。
「クニックさんのベットは……?」
あかりの消された部屋は真っ暗。微かな星の明かりを頼りに目をこらすと、テナエラが寝ているベットの端にこっそりと横になる人影が見えた。
「……これも護衛として来ている俺の仕事なんだ。変な気持ちは微塵もないから、ね」
何となく気まずくなったライは、彼らに背を向けてなるべく早く寝るように努力をした。