(2)トゲのある彼女
引きずられるようにして部屋に入ると、中は簡素なベットが二つと小ぶりのチェストが窓際に置かれているだけだった。木枠の窓が風が吹く度にガタガタと揺れる。
運んできた袋を壁際に置いたクニックは何かを探すように中身を漁っていた。何となく居心地の悪いライは、クニックにこっそりと声をかける。
「……あ、あの、僕こっちの部屋で良かったんですか?」
「ん? え? なんで?」
全く話の流れを理解していないクニックは、頭にはてなマークを浮かべる。
「あっ、いや、その……お二人は……」
「私とクニックは実は夫婦で、今夜は甘〜い時を過ごす予定なのに、自分がここにいて邪魔をしていいのか? って心配しているみたいよ」
「ブフォ!? は!? 何言ってっ……ゲホ、ゲホッ」
こっそり聞いたはずがテナエラにも聞こえていた様で、詳しい彼女の解説にクニックは顔を真っ赤にして咳き込んだ。
「な、な、なんて事を心配してるのさ! そんな事ある訳ないでしょう! そもそも俺とテナエラ様が夫婦!? そんな恐れ多い事有り得るわけないじゃないか!」
「いや、僕じゃなくてルーザンさん達がっ」
「はぁ〜、もう。明日絶対怒ってやる」
どうやらルーザン達の冗談だったようで、クニックは顔を両手で隠しながらブツブツと不満を零す。
ぷしゅーっと音の出そうなほど火照った顔のクニックを見たテナエラは、少し悪そうな顔をして彼に背後から近づいた。
「クニック、キスくらいだったらしてあげても良いわよ」
覗き込むような体勢で覆い被さるテナエラ。サラり、と彼女の髪がクニックの頬を掠める。
「……テナエラ様までからかわないでください。流石に怒りますよ。ライ君も勘違いしないでね、絶対そう言うんじゃないから」
テナエラとクニックは恋仲ではないにしろ、大分仲が良い様で、初めて見る彼女の笑顔にライはつい見入ってしまった。
冷徹でツンとした近寄り難い女性だと思っていたが、こんなに可愛らしい顔をすることもあるらしい。
「……何よ」
「あ、いや。その、笑うんだなって」
「そりゃ私だって笑うわ」
「そ、そうですよね。あはは……」
しかしどうにも彼女と上手く話せない。目を泳がせるライに対し、テナエラは溜息をつきながら言った。
「そんなに怯えないで。何だか私が悪い事をしているみたいで気分が悪いわ」
「あっいや、そういう訳じゃ」
「あんた、私の事が苦手なんでしょう」
図星を付かれたライは、ううう、と黙り込んでしまう。
ここで謝ってしまうと苦手だと思っている事を認めてしまうし、かと言って良い切返しも思いつかない。でもこのままだと無視をしてしまうことになる。
本気で頭を抱えるライにクニックが助け舟を出した。
「はは、そんなに深く悩まないでいいよ。テナエラ様は嫌いな人にはもっと、とことんあからさまな態度を取る方だよ」
「ちょっとそれはどういう事かしら」
「そういう事ですね〜」
あはは〜と笑うクニックの首に後ろから絡むように腕を回しじゃれ合うテナエラ。
まるで兄弟のような二人が、なんだか羨ましく思えた。
「まあ、クニックが言う通りよ。私、嫌いな人はとことん追い詰めてやるタチなの。別に私はあんたの事が嫌いな訳じゃないわ」
そこまで言って何か思い立ったのか、クニックから手を離しツカツカツカとライの元へ近寄って来るテナエラ。彼女はやや笑みを零しながらライの目の前で止まり、ガッとライの顎を掴んで言った。
「でも、あんたの心構えは嫌いよ。上に立つ者ならば、それ相応の覚悟が必要」
鼻の先寸前にあるテナエラの整った顔。彼女の燃えるような深い紅色の瞳に、ライはゴクリと息を飲んだ。
「さぁ大変。私が提示した三日間のうち最初の一日が終わるわ。何か収穫はあったのかしら?」
「……すみません」
「目を泳がさない。まずはそこから」
テナエラはニヤリと含みのある笑みを見せると、ライから手を離し何事も無かったかのようにクニックと話し始めた。
ホッと一息を付いたと思った瞬間、テナエラが、そうだ、といって付け加える。
「敵が来たかも、と思って悲鳴をあげるなんて論外よ」
そう言われてはぐうの音も出ない。先程店主と遭遇した時の話だろう。自分でさえその失態にすぐ気づいたレベルだ。あれが本当に闇の民と遭遇していたのであれば、自分は足でまといにしかならなかった。
「でも、直ぐに気づいてライ君も剣を抜こうとしてたでしょ? それは今日の収穫じゃないかな」
優しいクニックがライの為にフォローを入れてくれるが、直ぐにテナエラに睨まれ語尾を濁す。
そんなやりとりをしながら、クニックとテナエラは荷物の整理を再開した。二人は似たような模様の書いてある板を袋から取り出し、部屋の四隅に並べる。
それが何か聞いた所、この部屋を守る力のある魔法陣だと教えてくれた。クニックが何か詞を紡ぐと、その魔法陣は淡く紫色に光り、その後も仄かな明るさで光り続けていた。
しばらくして部屋に運び込まれたのは豪勢とは言えない質の夜ご飯。
しかし、テナエラもクニックも表情を何一つ変えず、いただきます、とだけ言って料理を口に運んでいく。美味しいのかな、と思ってシチューを大きく一口を含んだが、口の中に広がったのは微妙な味わいだった。薄味でジャリジャリとした野菜の舌触りが残る。
「……美味しい、ですね」
「無理して嘘つかなくていいわよ。これが美味しい訳ないじゃない」
「あ、あは〜……」
言葉に所々トゲがあるテナエラに、ようやく慣れてきたライだった。