(7)仲間と共に
全員前へ、の号令と同時に、ザッときっちり揃った足音が響いた。
「まず初めに、テナエラ=グリスニー殿。魔術兵団副総監を解任し、勇者団の団長として同行します」
テナエラと呼ばれたのはまだあどけなさの残る若い女性。しかし、どこか凛とした空気を纏っていて団長という肩書きに引けを取らない。
彼女は左胸に手を当て軽く頭を下げると、ライに向かって、よろしく、と声をかけた。
「次に、クニック=ドラーフ殿。魔術兵団第三部隊を解任し、勇者団の副団長に命じます」
次に紹介されたのはクニックという男性。ソウリャより少し若いくらいだろうか。短髪に浅黒い肌の彼はいかにも戦士といった風貌だ。
「次は、リラ=マルソニー殿。教会代表として同行します」
先程まで一緒に居たリラ神官。少しだが見知った顔に緊張が緩む。
「最後に、ジン=ロンラウ殿、ルーザン=ミリエンド殿。魔術兵団第二部隊、魔術兵団第一部隊を解任し、勇者団に同行します」
ジンと呼ばれた男性はややつり目に黒髪で、異国の雰囲気を醸し出していた。
一方ルーザンと呼ばれた男性は口元に髭を生やし、硬い表情のまま。年齢もこの中では一番上なのか、三十代位に見える。何となく少し怖いという印象を受けた。
「以上五名。光に遣えし勇敢な騎士達に敬愛と祈祷の意を込めて、盛大な拍手を」
こうして聖堂に集まる関係者の喝采を浴びて、無事に戴剣式は幕を閉じた。
「お疲れ様でした。きちんと誓約の言葉は聞こえてましたよ」
緊張の糸が溶けてぼうっとしていたライに、リラ神官が声をかける。
「あ、ありがとうございます」
「時期にほかのメンバーも来ることでしょう。全員が揃ったらこの先の地下通路を抜けて城外へと出ます。その先には馬が用意されているので、それで目的地へと向かいましょう……怖いですか?」
「そう、ですね」
「貴方は正直ですね」
リラ神官とそんな話をしていると、背後の扉がノックされる。
リラ神官が、どうぞ、と答えると扉がゆっくりと開いた。
「失礼します。勇者団メンバー全員用意が出来ました。改めて勇者様へとご挨拶をさせていただきます」
先程、団長と紹介された女性兵士が姿を現した。彼女は直ぐに片膝を付き、ライへ忠誠の姿勢を示す。
「初めまして。私はテナエラ=グリスニーと申します。前役は魔術兵団副総監。主に兵団の指揮をさせて頂いてました。此度の団長の任、今までの経験を活かし、全力を尽くさせていただきます。以後私のことはテナエラとお呼びください」
これが兵団の空気なのか。一気にピリっとした硬い空気が漂う。
ライはどうしたらいいのか分からずに、とりあえず自分も頭を深々と下げた。
「私はクニック=ドラーフ。専門は魔法陣です。私のこともクニックとお呼びください。よろしくお願いいたします」
「俺はジン=ロンラウ。専門は援護魔術。どちらかと言えば守りの魔術だね。ジンと呼んでね」
「俺はルーザンだ。専門は魔術剣法。ジンが守りなら俺は攻めだな。年齢は一番上だが、面倒事は嫌いだ。ルーザンと呼べ」
次々に述べられる挨拶。そのテンポの速さにライは頭を高速で上げ下げする状態に……。
その様子を見ていたルーザンが、堪えきれずに大声で笑い出す。
「いやーっ、ははは。こりゃ本当に可愛い勇者ちゃんだな。まるでちびっこいシマリスみたいだ」
ちびっこい、シマリス……?
突然の変わりようにライは目をパチクリさせる。
「ちょっと、先輩! ほら、勇者の坊っちゃん困ってるじゃないっすか」
「おいこらジン。今さっきルーザンと呼べって言ったばっかりだろう?」
「呼んだら絶対怒るくせに?」
強面と思っていたルーザンも、意外と賑やかな人柄のよう。
一気にこの部屋の温度が上昇したような気がする。
彼の声に負けないように、ライもなるべく声を張り上げた。
「あ、あのっ! 僕はライ=サーメルです。ライと呼んでください。あと、その……僕、本当に何も知らないんです。色々と教えてください。よろしくお願いします!」
隣でリラ神官が、よくやった、というように微笑んだのが分かった。
「いいぞ、シマリス! もっと吠えろ!」
「先輩やりすぎですって〜」
和やかな空気に包まれる勇者団。ここなら頑張れるかもしれない、と思った時、団長のテナエラが口を開く。
「今まではそれで許されるような生き方をしてきたのかもしれないけれど、これからは通用しないわ。勇者という物の重みをきちんと理解して居ないような人に、光の民の未来なんて託せない」
「恐れながらテナエラ様。彼は……」
「リラ神官、甘やかしは禁物! 彼はもう少年では無く勇者なのです。しっかりと自覚を持って頂かなければいけません」
ライのオドオドした態度に痺れを切らしたテナエラが先程までとは一転し、荒い口調でリラ神官へと詰め寄る。リラ神官が押し切られるように一歩下がると、彼女はくるりと振り返り、今度はこちらに歩いて来た。
「ライ! 貴方も貴方よ。そんな受け身の姿勢で光の民を引っ張っていくなんて出来るとでも思っているの? 私はそれに恥じない位貴方が立派な勇者になれるように教育するわ。覚悟して頂戴」
「はっ、はいっ」
顔と顔の距離が数センチという所まで詰め寄って来た彼女は、返事だけは良いライを見定める様にじろりと凝視して、はぁ、と溜息をつく。
「まずは最初の目的地までは馬の足で三日。それまでに勇者としての自覚、魔術の基礎知識をしっかりと付けるように。いいわね?」
「はいっ」
一瞬にして、この勇者団での立ち位置がハッキリとされた。
「クニック、ライの教育係を頼むわ。みっちりと教え込むように」
「かしこまりました」
クニックがそう言うと、テナエラはツカツカとライの前を素通りし、地下通路へ続く扉の前で仁王立ちする。
「では、準備はいいかしら? 勇者団、第一の力の回収に向けて出発する! 開扉!」
彼女の号令に合わせて、扉番の兵士達が重い鉄の扉を開ける。
ゴオオ、と不気味な音が響く地下通路にテナエラは先陣を切って入っていった。
その姿はまるで勇者のよう。
彼女の後を追うように、迷いもなく地下通路に進む勇者団メンバー。
「行きましょう、ライ」
リラ神官に背中を押されて、ライもその後に続いた。
彼らの背中を見て、このままの自分ではダメなのだ、と痛感した瞬間だった。