(6)戴剣式
「なあ、聞いたか。昨日の夜王宮内で事故が起こったんだと」
「ああ、聞いた。王国兵全員が出動する事態だったってな。だからか、やけに今日は警備隊の数が多いのは」
太陽が登り、王都の城下にたくさんの人が出歩き始めた頃。人々の間では、昨晩の騒ぎの話題で持ち切りだった。
「にしても珍しいよなぁ」
「ああ、全世界の魔術を操るというマラデニー王国の王宮内で魔力の暴走なんて、今まで聞いたことが無い」
宝石商の二人が天幕を張りながら噂話をしていると、向かいの細工屋の旦那が口を挟んでくる。
「おい、知らねぇのか? ありゃただの事故じゃないって噂」
宝石商の二人は、その面白そうな話に眉を寄せる。
「……何か知ってるのか?」
「十七リンだ」
「高ぇな……ほらよ」
決して安くはない値の銀貨を受け取った細工屋の旦那は、指先で銀貨を弾きながら確認すると、二人にこっそりと耳打ちした。
「新たな勇者が現れたそうだ」
それを聞いた宝石商は、目をチカチカとさせる。
「そ、そ、それは確かか!?」
「知らねぇなぁ。あくまでも噂話さ。今日王宮内で戴剣式がされるって言うやつも居た。確かに俺も、朝早くに聖職者が王宮に入るのを見たんだ。だいぶ信憑性の高え話じゃねえかな? 毎度ありぃ」
話はそこまで、というように細工屋は銀貨を腰袋に詰め込む。
残された二人は、驚きのあまり声も出ずに、ひたすら王宮の方角を見るしかできなかった。
一方、当の本人であるライは、大きな扉を前に緊張を隠せずに居た。
昨晩、託された者として勇者の務めを果たそうと覚悟したつもりだったが、いざその場になると震えが止まらない。
早朝にリラ神官に叩き起されたライは、正装に着替えさせられながら今日の日程を聞かされた。
事は急ぎだと言うことで、一つ目の力を集めに今日出立するらしい。
その報告も兼ねて、国王陛下にご挨拶をする。そこで形式上戴剣式というものをしてもらうことになっていた。本来であれば民の前で式典をする予定であったが、闇の民に情報が盛れるのを恐れ内密に行うらしい。
つまりこの分厚そうな扉の向こう側には、本来自分のような平民は一生お目にかかれなかったであろう尊い方々が、ずらりと並んでいるという事。
「リ、リラ神官。あの、ト、トイレ……」
「先程六回も行かれたばかりでしょう」
「……」
緊張しないはずがない。
「大丈夫、この扉の向こうにいらっしゃる方々は全員が貴方の味方ですよ」
リラ神官が摩ってくれた背中がじんわりと暖かくなってくる。
「まずは勇者として初めての仕事です。気を引き締めて行きましょう!」
リラ神官の言葉と同時に、目の前の扉がギイイ、と開かれた。扉の向こう側から眩しい光が差し込んで来て、一瞬で視界が真っ白になる。
「新勇者、ライ=サーメル様、入場〜!」
空気を切り裂くようなキリッとした声に続き、パパパーン、と鳴らされたファンファーレ。
開かれた扉の向こう側には、息を飲むような光景が待っていた。
予想以上に高い天井に、予想以上の人集り。床に敷かれたレッドカーペットは予想以上にふかふかで、花道を作るように並んだ兵隊達はピクリとも動かずに片膝を着いている。
すごい――ただその一言にすぎた。
改めて勇者という重みを痛感する。
たった十二歳の少年に、こんなにも人々が集い、こんなに盛大な式典を行ってしまうのか。
そう考えるだけで、自分の置かれた立場に身震いする。
「行きましょう。国王陛下がお待ちですよ」
耳元でリラ神官に囁かれ、我に返る。
レッドカーペットの先に目をやると、神官達が並ぶその奥の一段高くなっているところに、遠目にも分かるほど高級な服に身を包んだ方々が腰掛けていた。
ライは、ごくりと唾を呑み、震える足を一歩踏み出す。きっとぎこちない歩き方をしているに違いない。
だいぶ時間をかけ、国王陛下の御前にたどり着くと、ライはそこで事前に言われた通り片膝を付き頭を垂れた。
「良くぞ参った、新勇者ライ=サーメル。顔を上げなさい」
これが、この国の王の声。
しっとりとした威厳のある声がライに向かってかけられた。
打ち合わせ通りにゆっくりと、恐る恐る頭をあげる。
「……っ」
――神々しい。
純白の服に深紅のマント。この国に一人だけ許されている王冠を当然のように頭に乗せた国王陛下が玉座に腰掛けていた。
その両隣にいらっしゃるのは王妃様と王子様だろう。御二方も神々しいオーラを纏っている。
ライが固まってしまっていると、国王陛下が優しく目元を緩ませ、言葉をかけてくれた。
「小さな勇者よ、そう緊張しなくても良い。話は聞いているぞ。そなたの町は災難であったな。我々の力及ばずに申し訳ない」
国王陛下が、まさかガザラのような小さな町まで気にかけてくれていたなんて思いもしなかった。
ライは胸がいっぱいになる。
「その目は我々には無いものだ。無垢で純粋で、混じり気のない美しい目。その浮かべている涙こそが、我らの神がそなたを勇者へと選んだ理由なのだろうな」
そういう国王陛下は、やや複雑な目をしていた。
「これから其方は勇者としてこの光の民を導いて行くことになる。だが、忘れるな。あくまでも勇者は光の民の戦意の象徴であるという事を。何も一人で抱え込まなくていいのだ。この戦は光の民一人一人の戦だ。勇者はその心の支えになる事こそ真の使命なのだ」
――真の使命。
そう、光の民の心の支えになる事こそが、なんの力もない偽りの光である自分の使命。
「新勇者よ、答えを聞こう。そなたは全力を持って光に尽くす事ができるか?」
できるか? 否、やらざるをえない。
「はい! 私、ライ=サーメル。全力で光に尽くす事を誓います!」
精一杯に張り上げた声が聖堂に谺響する。
この誓約の詞に、国王陛下は頬を緩ませ立ち上がった。脇から出てきた神官から剣を受け取り、ライの前へと歩いてくる。
ライは頭よりも高く両手を上げ、国王陛下から剣を受け取った。ずしり、と剣の重さが両方の手のひらに伝わる。
「……頼んだ」
その一瞬に、国王陛下が耳元で言った。
「……っ!?」
その声が何故か切なげに聞こえて、フッと顔を上げたが、その時には既に国王陛下は踵を返し玉座へと向かって歩いて行ってっしまっていた。
ドッと沸き起こる歓声と拍手の中、ライはその国王陛下の背中を見送る。
なんだかまだ自分だけ知らされていない事があるような気がしてならない。
複雑な気持ちのライをよそに、式典は次々に進められた。
「それでは、これから勇者様と共に行動する勇者団メンバーを紹介します。全員、前へ!」
気がつけば最後の項目まで進んでいる。進行役のその言葉と共に再びファンファーレが鳴らされた。