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(5)偽り

粗方あらかた貴方の話を聞いた所、闇の民の復活や伝説の続きの理解は十分にあるみたいですね。そして貴方が町で見た物こそ闇の民の力であり、闇の民そのものに間違い無いでしょう」

「……」

「今、勇者という役目を恐れていますね?」


 ゆらり、と蝋の炎が揺らいだ。

 さすがは神官。ライの泳いだ目を見逃さない。


「僕は、ガザラでも何も出来なかったんです。訳も分からず逃げ出して、その場に流され剣を抜いただけ。そんな僕が世界を救うなんて……」


 もし、自分に勇者としてのうつわがあったなら、自分の大切な人達が住む故郷まちが破壊されていくのを黙って見てなんかいない。どれだけ相手が恐ろしかろうが、先陣を切って迎え撃っていただろう。

 それがどうだ。

 自分ときたら、一歩も動けずにソウリャとリサに護られ、更には独り安全な王都まで逃げてしまったではないか。

 そんな人に、勇者が務まるわけが無い。


「確かに貴方は、ガザラでは何も出来なかったのかもしれない。しかし、神も何かお考えがあっての事です。勇者に選ばれたという事は、貴方より勇者に相応しい人はいなかったということですよ」


 うつむくライに励ましの言葉をかけるリラ神官。しかしいつまで経っても下を向き続けるライに、彼は教えを説くように話し始めた。


「先程貴方は“逃げる”と言いました。でもそれは“逃がされた”の間違えでは?」

「……逃がされた?」

「ええ、貴方は自分の力で王都に来た訳ではないでしょう。ではなぜここまでこれたのか? それは、お兄さん達が貴方の命を一生懸命に繋いだから。お兄さんはなぜ逃がすのか、その理由を直接伝えはしなかったでしょうが、今ならもう分かるはずです」


 リラ神官が今までの出来事の答え合わせをするように言う。

 確かに、それは自分の中でも出ていた仮説だった。でも、“なぜ僕なのか”と言う部分が説明できない。


「我々光の民が元の生活を取り戻す為には、ただ怯えて暮らすだけではいけない。厄災の原因を絶たなければ解決しないのです」


 厄災の原因、それは言わずもがな闇の民の事。

 ガザラのような平和な町が何の前触れもなく一瞬で破壊される悲劇は、奴らがいる限り何度も繰り返されるのだ。

 その悲劇にあらがえるのは、唯一()()のみ……。


「ここまで僕の命を繋いでくれた人達の為にも、僕は勇者として闇の民を倒す責任がある、という事ですね?」


 ライは膝の上に置いていた剣ををギュッと握りしめ、リラ神官の目を真っ直ぐに見つめる。

 彼が目を閉じ深く頷くのを見て、ライは、自分に選択権はないのだ、と悟った。


「…………分かりました」


 ソウリャとリサの思いを無駄にはしたくない。

 ことばには力があり、信じることが助けになる、とリサは言った。ならばその言葉、信じてみよう。


「皆が、神が、僕に出来ると思って託したのなら、僕も自分を信じます」


 しっかりと言葉にしたライに、リラ神官は大きく頷く。

 信じると決まれば、考えなければいけない事は山ほどあった。


「リラ神官、教えてください。僕は魔術も使えず、剣も握ったことがありません。それでも勇者として役に立つにはどうしたらいいでしょうか?」


 剣に選ばれたと言っても、自分は何の力もない平凡な少年に変わりはない。勇者になったからといって、突然強くなれるなんて話は現実には起こらないのだ。

 そんな事は自分が一番分かっていた。


「大切なのは気持ちです。今の気持ちを最後まで忘れなければ民は皆貴方について行くでしょう。あなたには“偽りのリヒト”になっていただきます」

「……偽りの、リヒト?」


 なんだその不穏な言葉は。

 そう怪訝な顔をしたライにリラ神官は補足をつける。


「ええ、仮に魔術が使えなくても、剣を握ったことすらない子供でも、そんな事は重要ではありません。確かに勇者が居るのだ――その事実さえあれば、民は生きる希望を見出せる。それこそが勇者に課せられた一番の使命なのです」


 ライの脳裏に、先程の武装兵達の顔が浮かんだ。

 勇者が現れただけであの表情。確かにリラ神官の言う通りかもしれない。


「勇者様の決意が固まった様ですので詳しい話に入りましょう。まずは今貴方が握りしめるその剣についてです」

「これ?」

「はい。それはまだ完全なものではありません。いわば単なるうつわの状態。本来の力は大陸の各地に散らばっております。それをひとつずつ探し出し、剣を完璧なものにしてからが反撃の始まりになりましょう」

「た、大陸の各地って……この広い大陸を探し回るってこと!?」


 何も知らない幼子でも分かる。マラデニー王国の建つこの大陸は想像を絶する大きさだ。そんな中から、姿かたちも分からない物を探し出すなんて、砂漠の中から一粒のダイヤを探し出すようなもの。

 通常の人間が探し出せるものじゃない。


「貴方のその心配も無理はありません。事前の調査で我々がある程度の位置を把握できたのも、は六つのうち三つのみ。他の三つは実際に現地を旅して探すしか他ありません。勇者が現れれば、自然に集まってくるものかと期待もありましたが……どうやらそうではないようですし」


 そう言うと、リラ神官は机の上に大きな紙を広げた。

 しれは大陸全体が乗っている地図。びっしりと文字が書き込まれたその上を、ライでも分かるように指をさしながら説明してくれる。


「まずは一番近いこの場所に行きましょう。ここは王都からもそう遠くない場所です。因みに、軍隊で動くと闇の民の目につきやすいという経験から、必要最低限の人数での行動になります。少数での行動になりますが、全員が腕に自信のある者たちです。ご安心ください」


 リラ神官が胸元から写真を取り出し机に並べる。一人一人名前や所属を教えてくれた。


「……女の人も居るんですね」

「ええ、彼女はテナエラ様と言います。魔術兵団の副総監も務めていらっしゃる、とても優れたお方です。彼女自ら勇者団への同行を申し出てくださいました」

「ふく、そうかん?」

「とりあえず凄く偉い方なんだと覚えていただければ大丈夫です」

「あ、はい」


 そうしているうちに、段々と眠気が強くなってきて、ライは机の上で眠ってしまった。

 リラ神官は、そんな子供じみた勇者を横目に見て、窓の側へと歩いていく。


「……神よ、貴方は何をお考えなのか」


 うっすらと明るみを帯びてきた空が、闇に喰われてしまっていた世界を照らす。

 また忙しい一日の始まりであった。


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