(4)第二の勇者
ドーン、と凄まじい爆発音と共に大きく部屋が揺れた。
とうとう撃たれてしまったのか!?
しかし痛みは全く感じない。恐る恐る振り返ると、部屋の壁の一部が大きく崩れ、粉塵が舞い上がっていた。
「貴様何を――」
武装兵がそう言いかけたが、彼はそこで言葉を失う。舞い上がっていた粉塵がやや薄れ、その中からある物が姿を現したからだ。
――古びた一本の剣。
どこから飛んできたのだろうか。その剣はライの目の前に来ると、浮遊したままピタリと止まった。
「……で、伝説の剣だ」
武装兵の一人が、畏れるようにボソリと呟く。
そういうことだったのか、とライはそこで全ての繋がりに気づいた。
ソウリャやリサが隠している事、地下室の魔法陣、謎の声。こうして檻に閉じ込められ銃口を向けられているのも、本当にそうなのか確かめる為なのかもしれない。
なぜ僕が、という理由だけを除けば、全て説明がつく。
「……」
ライは、檻の隙間からゆっくりと伝説の剣に手を伸ばした。
伝説の勇者テナレディスは、剣を鞘から抜いて勇者だと証明したという。
ならば今ライがすべき事はひとつしかない。
恐る恐る右手で伝説の剣の柄を掴む。するとビリリという衝撃が走り、一瞬のうちに剣から光が噴き出した。
なんて匂いなのだろう。むせ返るような甘い匂いがする。
その匂いに卒倒しそうになりながらも、ライはもう片方の手を鞘に添えた。
ゆっくり、ゆっくりと力を込め、右手をスライドさせると……。
カチャリ。
武装兵達が固唾を飲んで見守る中、スルスルと剣は動き、千年ぶりに剣身の一部を顕にした。
「……まさか、本当に抜けるなんて」
抜いたライ自身も、本音がこぼれる。
檻が邪魔してこれ以上剣が抜けないな、と思うと、噴き出した光が刃のように鋭く尖り、ライの周囲の檻をいとも簡単に切り刻んで行く。
それに驚いているうちに、カランカラン、と音を立てて檻の破片が地面へと転がった。
「すごい……」
きっと魔術で鍛えられていただろう檻を、いとも簡単に砕いたその力。確かにこの力なら、闇の民にも対抗出来るかもしれないと思った。
ライは残りの分も一気に鞘から剣を抜く。
――光を宿すその剣を一振すれば――
まさに、光の伝説の通りだ。
ギラリと輝くその剣身は、まるで本当に太陽の光を閉じ込めているよう。千年前の刃とは思えないほどの輝かしさだった。
ライがその美しさに恍惚としていると、周囲からポツポツとこんな声が沸き始める。
「ゆ、勇者様万歳!」
「勇者様万歳! 勇者様万歳!」
バラバラだった声が徐々に揃い始め、やがて唱和のようにまとまりだす。それは次第にに大きくなり、ある種の恐怖さえ感じる程に。
ライが言葉に詰まっていると、教皇は持っていた杖を大きく床へと叩きつけた。
ターン、と澄んだ音がその場の空気を一気に引き締める。
「静粛に。神は彼を新勇者に選ばれました。よくぞいらっしゃいました、新勇者ライ=サーメル殿。……我々の未来に多大な光を!」
「多大な光を!」
教皇の言葉を復唱した武装兵達は、次々に片膝を立て忠誠を示す。
それはそれは圧巻な光景だった。
世界を代表する王国軍の屈強な兵士たちが、揃ってライに頭を下げているのだ。こんな光景、そうそう見れるものでは無い。
「私は国王陛下にこの件の報告に行きます。後はこちらのリラ神官の指示に従うように」
そう言ってこの場を後にする教皇。その後ろから顔を出したまだ若い神官がリラ神官だろう。
「勇者様、御無礼をお許しください。ここはマラデニー王国の王宮。外部からの入城には細心の注意を払っております故」
「え、あ、はい……」
「寛大なお心に感謝致します。お手をどうぞ」
リラ神官がスっと右手を差し出してくる。ライはその手に躊躇いながら自分の手を重ねた。
引かれるがままに鳥篭のような檻から出る。そして跪く兵士達の間を通って、部屋の外へと連れ出された。
「勇者様、今晩はこちらの部屋でお休み下さい。念の為神官と兵士を二名ほど部屋の前に配置します。何かありましたら、彼らにお申し付けください」
先程の部屋を出た後、ライはそのままの足で客間へと案内される。
「えっと、あの……」
ライはそのまま持ってきてしまっていた伝説の剣を両腕で抱えながら、たどたどしく言う。
「何か?」
「……一緒にいて貰えませんか?」
ライの要望にリラ神官は目を丸くした。
それもそうだ。仮にも勇者になった人が言うセリフではない。ライもそれは分かっていたが、どうしても独りにはなりたくなかったのだ。
「えっと、私ですか?」
「あっ、そのご迷惑じゃなければ」
「……クスッ。いや、失礼。私で良ければご一緒します」
神官が一歩部屋へ踏み込むと、自然と明かりが灯った。
明るくなってよく見てみると、そこにはライが見たことも無いような豪華な造りのものばかり。本当にここが王宮の中なんだと改めて感じさせられる。
「何かお飲み物は?」
「あ、え、何でも大丈夫です。……いえっ、自分で出来ます」
「ふふふ、勇者と呼ぶにはだいぶ可愛らしい人ですね。どうぞ」
どこから持ってきたのか、ライが辺りに気を散らしているうちに、グラスを差し出された。
ありがとうございます、と言って一口頂く。久しぶりの水分に、全身が潤う気分だ。
「せっかくですので、お話をしましょう。どうぞこちらへ」
「あ、ありがとうございます」
リラ神官の引いた椅子に腰掛けると、彼も反対側の椅子に付く。
「先程の教皇様と同じ質問になってしまうのですが、貴方はどこまで事の詳細をご存知なのでしょうか。見た所、年齢もだいぶ若いように思いますが」
「……多分、何も聞かされてないに近いです。それこそ、今日、町が攻撃されたその時に、僕は“光の民の光”なんだって、言われたくらいです。今までだって――」
リラ神官の表情を見ながら、ライは今まで普通にガザラで暮らしていた事や、マリーナ号の話、謎の地下室の話をたどたどしく説明する。
一通りの話を聞き終えるとリラ神官は、そうですか、とだけ言って黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が続いた後、部屋の扉が三回ノックされる。少し扉を開いて外の神官から何か報告を受けたリラ神官は、先程までとは一転し穏やかな表情で戻って来た。
「国王陛下があなたを第二の勇者と承認された様です」
「こ、国王陛下」
「そうです。これで貴方は正式な勇者となりました。お疲れではありませんか? 我々の方針も決まった様ですので、これからのお話をしてもいいでしょうか」