(3)導く声
「ん……んんっ」
ズキリ、と頭に痛みを感じ、ライは我に返った。
ここはどこだろうか。上か下かも分からない真っ暗な空間に浮かんでいる。まるで深い海の底を漂っているような、不思議な感覚だ。
「……そうだった。魔法陣の中に突き飛ばされたんだった」
家の地下室にあった極秘の魔法陣。ソウリャはそれを使ってライを王都へ転送したのだ。
その後気を失ってしまったライは、今ここがどこなのか分からない。
「あはは、もう何処だっていいか」
もう何かを考える気力も余裕も残っていなかった。
どうしたってあの光景が脳裏から離れない。
一瞬のうちに炎に包まれ、崩れ落ちた故郷。
ガザラの人々の安否を想像するだけで恐ろしい。あの町で生き残ったのは、ギリギリに逃げた自分達三人だけかもしれない。
いや、あんな怪物が暴れる所に残してきてしまったのだ。もしかしたら、リサとソウリャだって……。
「どうして――」
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
どうして、こんな一方的に日常を壊されなければいけなかったんだろう。
考えても理由なんて見つかるはずはなく、悲しさと憎悪が増していくばかり。
「いっその事、僕も一緒に死んでしまえば良かったんだ。僕にどうしろって言うんだよ。こうして独りだけ逃げたって、何も出来ないのに!」
ソウリャはライの事を“光の民の光”だと言った。だから、闇の民から逃げる必要があるのだ、と。
しかしたったそれだけでは、何を言われたのか全く分からない。魔術は疎か、読み書きすらままならない自分に何が出来るというのか。
「誰か教えてよ……」
「私が教えてあげようか?」
「!?」
ライのすぐ後ろで目が覚めるような声がした。
慌てて振り返るも、そこには不気味な闇が広がっているだけ。
「だっ、誰?」
まさか闇の民が追って来たのだろうか……?
ライが身構えながら聞くと、謎の声は、はははは、ととても愉快そうに笑った。
「安心したまえ。私は君の味方だ。なんなら私が君をみつけたと言っても過言ではない」
「……みつけた?」
みつけた、と聞いて何かが頭をよぎる。だがハッキリとは思い出せない。
「まあいい、よく聞きたまえ。君は今転送の魔術に充てられて眠っている状態だ。まずは目を覚ましたらどんな状況であっても、こう言いなさい。“声に導かれた”と」
「声……?」
「ああ、そうさ。何を聞かれても答えるのはそれだけでいい。そのうちに必ず私が迎えに行くから、迷わずに手に取りなさい。いいね?」
何を言われているのか、さっぱり見当がつかない。そもそも、こんな姿も見えない怪しい声を信じていいものだろうか。
だがソウリャもリサも居ない今、非力な自分は誰かに頼るしか方法がないのも確か。
「……分かりました」
「いい子だ。よし。では思いっきり息を吸って、強い意志で目を開きなさい」
ライは言われた通り肺いっぱいに息を吸い、力一杯に目を開いた。
「……うっ!」
突然開けた視界があまりにも眩しく、ライは両手で顔を覆った。
――カチャリ。
「……?」
異常なほどの張り詰めた空気を感じる。何が起きているのか様子を見ようと、目を覆っていた手を外そうとするが……。
「動くな! そのまま両手を上げろ。さもなければ撃つ」
撃つ?
ライは訳も分からず、言われた通りに両手を上へとあげる。
そして初めて、自分が置かれている状況に気づいた。
目の前にあるのは檻の様な柵。違う。ライ自身が大きな鳥籠のような檻の中に入れられていた。
そしてそれを囲むように、武装した兵士がずらりと取り囲んでいる。
「な、こ、こっ……!」
「話すな!」
「……っ!」
武装兵は抱え込んだ大型銃のスコープを覗き込み、引き金に指をかけていた。向けられた銃口が淡く紫色に光っている。すぐにでも撃てる準備が出来ているという事か。
「やめてぇぇぇ!」
逃げようにも檻の中では逃げられない。
ライは自我を忘れ、叫び出してしまった。
どうしてこんな目にばかり合うのだろう。一体僕が何をしたというのか。
恐怖の余り呼吸がおかしくなる。吸っても吸っても息ができない。苦しさに服の胸元を掻きむしるように握りしめるが、一向に改善せず苦しさは増すばかり。
もうダメだ、と思ったその時。
「そこまでにしなさい」
武装兵の後ろから、老人の声がした。彼が武器を下げるよう指示すると、武装兵は大人しくそれに倣い、老人の為に一本の道を開ける。
そこから現れた老人は金の刺繍を施した真っ白なローブに身を包んでいて、位の高い教会関係者である事が見てとれた。
彼はライの姿を捉えると、憐れむように目を伏せて言う。
「少年、名前は?」
「……はぁっ、はあっ……ラ、ライ=サーメル、です」
「ここに来るのに、何を言われてきましたか?」
老人に優しく言われると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「……あ、あの、僕……何」
何も聞かされていない、と言いかけて、ふと思い出した。
「あ、あの、“声に導かれた”」
一同に会す全員が、怪訝な顔つきになる。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「こ、“声に導かれた”んです」
「……!?」
老人が目を丸くし、信じられないといった顔をする。
「教皇様! お下がりくださいっ! 例の話を聞きつけ紛れ込んできた敵のスパイの可能性があります!」
一方、ライの発言を不審に思った兵の指揮官は、老人――教皇を守るよう指示し、銃を再び構えるよう命令した。
向けられた銃口に、叫び声をあげようとした瞬間。
「はははは、私の言う事をきちんと守れたようだね。偉いぞ。もう少し私を信じて貰えないだろうか」
またどこからか謎の声が。
「!? こ、声の人!」
ライは慌ててその声の人を探す。
銃口を向ける武装兵、驚き固まる教皇、その背後に控える人々……と隈無く探すが見当たらない。
「いいかい? 私だけを信じるんだ。これから言う言葉をそのまま詞にするだけでいい」
「そ、そんな事よりも早く助けて!」
この後に及んでそんな事を言わないで欲しい。この場に居るなら今すぐに助けてくれたっていいじゃないか。
「どこかにいるんでしょ!? お願いだから助けて!」
「黙れ! 何独りで話している!」
指揮官に言われ、ライは凍りついた。
「……え?」
独り、と言っただろうか。
周りの反応を見て、ようやく気がつく。
どうやら謎の声は、他の人には聞こえていないようだった。
では、自分が信用した声は……?
「皆に聞こえないのは当たり前だ。私の声は、私が選んだ者にしか聞こえないからな」
「……っ!?」
「いいか、心を込めてこの詞を唱えろ」
その後に続いた謎の声の言葉に、ライは頭が真っ白になった。
ありえない。ありえない。ありえるわけがない。
先程までとは違う恐怖で唇が震える。
だが、辺りをみればこの声を信じるしか助かる方法はなさそうだった。
ライはその頼りない唇で、必死に詞を紡ぐ。
「……剣よ、ここに来い。我は勇者なり……!」