交際報告 彼女の家族編その1 コスプレは楽しんだもの勝ち
十月三十一日。ここ数年で日本にもすっかり定着したハロウィンの日。
宗教的、民族的な祭りだったハロウィンも、この日本ではコスプレしてバカ騒ぎしていい日的な雰囲気でイベントが行われている。
毎年、渋谷や各地で逮捕者が出たり、社会問題化する様をニュースで見る度、総司は呆れて果て日本も末だと馬鹿にしていたが、今日はそのイベントに乗っかることにした。
「こ、これは緊張するな」
「悪いことしてるみたい」
総司は真白が住んでいる部屋まで迎えに行き、現在は彼女の部屋で着替えており、鏡の前で二人して謎の背徳感を味わう。
制服を脱いだ者が、再び制服を着るというのは中々に勇気のいる行為だった。
両者共に高校時の制服がブレザーであるが、学校が違うので統一感は無い。ただ、他校の生徒と付き合っているカップルには十分に見える。
客観的に見て、違和感はそれほどなかった。
「でも、良い感じじゃないか? 真白はまだ高校生でも行けると思う」
「そう? やっぱり変な感じがする」
彼女はスカートの裾を掴んだり、ブレザーの襟を直す仕草をする。かなり気になっているのだろう。
しかし、総司から見ればまだまだ高校生のようなあどけなさがあるように思える。
「大丈夫、可愛いから」
「うっ、恥ずかしいな……。でも、総司が言うなら」
どうにも自信がないようなので、とりあえず彼は褒めておく。
けれど、お世辞でも気休めのつもりでもない。
本当に思っていることだ。
彼女は華奢な見た目をしているが、身長は162センチで成人女性としては少し高いくらいで、それと夏に彼女の水着姿を見ているので総司には分かることだが、大変スタイルが良い。
健全な男子ならば、彼女に対して可愛いなり綺麗なりとそれに近しい感想を抱くはずだ。
それくらい彼女には一目で視線を奪うほどの魅力があった。
「でも、胸周りがちょっとだけしんどいかな」
彼女は言いながら、恥ずかしさと違和感を気にするあまり、総司が目の前にいることを忘れて自分の胸を触ったりしている。
「お、おい真白、俺がいるから少し胸の話はやめようか」
「え、ああ、うんっ! ごめん」
真白も言われて気付いたのだろう。
はっとして彼女は、居住まいを正すようにして、なぜか勢いよくきをつけの姿勢を取った。
それがまたしても難儀なもので胸を張ることになり、さらに彼女の豊満なものが強調されてしまう。
とても気まずい雰囲気だった。
「いや、まぁ、とりあえず行くか。ご両親を待たせるのは良くないし」
「そ、そうだね。出よっか」
ぎこちなさが空間を支配する中、真白と総司は外へと出る。
# # #
「真白、一ついいか?」
「なに?」
総司は隣を歩く、彼女にあることを尋ねようとする。
「ご両親はどんな感じだった? 一応、挨拶に伺うのに連絡してただろ。気にしても仕方ないんだけどな」
「別に何も特には無かった。むしろ制服着て行くことを言ったら、お母さんも制服着て出迎えるとか言ってたから多分歓迎されてる」
「そうなのか」
「そう」
「え、マジで真白のお母さんは制服着て待ってるのか?」
彼女の両親とは見知った仲ではあるが、交際の挨拶に行くので初め制服に着替えるのは事を済ませてからにしようかと思ったが、真白がすでに制服で行く旨を伝えてしまったので、総司はこうして着替えている。
しかし、彼女の母親も制服を着て待たれているのは反応に困ってしまう。
どうしたものだろうか。
「大丈夫。それは私も見たくないから、普通の仮装にしてもらうようお願いした」
「はは、それでも仮装はするんだな……」
彼女の母親は若く真白のように綺麗な女性なので、なんでも似合うはずだ。
しかし、コスプレして出迎えられるのも珍妙すぎる。
制服で尋ねることは伝えてはいるし歓迎もされているらしいが、それでも交際の挨拶の時に自分がコスプレして出向くのもどうかと思う。
果たしてそれは交際報告がメインと言うより、彼女の家族と仮装パーティーすることがメインにはなっていないだろうか。
少しだけ複雑な気分だった。
因みに、彼女の母親がどんな仮装をしているかは着いてからのお楽しみだそうだ。
「なぁ、あの人もしかして真白のお母さんじゃないか?」
「どこ?」
「ほら、家の前で斬魄刀持って鬼殺隊のコスプレしてる人」
「ほんとだ」
真白の自宅のすぐそばまでやって来ると、総司は異形の存在を見つける。
ここは普通の住宅街で、その人物以外仮装している人は見つからない。かなり異質で周囲から浮いている。
以前に彼女の母親と会っているので、コスプレしていても一瞬で真白の母だと分かった。
なにせ、髪の色や長さは違っても母娘なだけあって、雰囲気や性格はやはり似ている。
「お母さん!」
「結構、早かったのね。お帰り」
真白は母親の存在を視認すると、駆け寄っていく。
「ただいま。で、何してるの?」
「だから、コスプレして待ってるって言ったでしょ? あ、そうだ、あなたの彼氏は何処かしら」
おそらく真白はそういうことを聞きたかったわけではないだろうが、彼女の母は言葉の通りに受け取り返答をすれば、彼女の恋人である総司を探す。
「こんにちは。星七さん、ご無沙汰してます」
先に走って行った真白を追いかけた彼はタイミングよく到着する。
「はい。ご無沙汰してます。会うのはこの子の引っ越し作業以来だったかしら?」
「そうですね。三月末でしたから、もう半年ほどですかね」
「時間が経つのは早いものよね。あ、それにしても、制服に合ってるわ。あとで、皆で写真を撮りましょ」
「お母さん、そんなことは良いから。とりあえず家に入ろう。そのコスプレは恥ずかしいから」
総司と星七が、世間話をしていると真白が割って入ってきて、彼女の背中を押して家に帰そうとする。
「どうして? 最近流行りのアニメの恰好なのでしょう。これ」
「違うから」
「そうなの? もう、流行は過ぎちゃったのね。世間の流行りはとてもスピーディーなのね」
「だから違うって。その、コスプレは間違ってるもの」
星七はのほほんとしており、全く真白の意図が伝わっていない。
「だって、あれよね、鬼滅の斬魄刀ってアニメに出てくる、護廷なんちゃら鬼殺隊の衣装だって思ってたのだけど」
「全然違う。それBL〇ACHと鬼滅〇刃が混じってるし」
星七のコスプレはものの見事に二つの漫画作品が混じってしまっていた。
ここまで来たらもうわざとではないかと思うくらいの間違いようだ。
「そうなのね。せっかく、ネットで揃えたのに。お母さん、あんまり最近の漫画は詳しくないから」
「そのコスプレするなら、とりあえず斬魄刀は手放して」
これは、ちょっと酷すぎた。
もし、このままうっかりネットにでも写真をアップしてしまったら、軽く炎上するかもしれないレベルである。
星七の着ている衣装自体は間違っては無いので、装備品だけ手にしなければクオリティはともかく、ちゃんとコスプレしていることにはなるだろう。
真白は早く『近所に斬魄刀を持った鬼殺隊がいるんだがww』という、写真付きのつぶやきが上がる前に母親を家に押し込んだ。