交際翌日って実際は何をしたらいいのか分からないもの
酒酔い告白事件から翌日。
昨日は真白が二日酔いだったこともあって早々に帰宅しており、十分に話せなかったので消化不良気味だった。そのため、今日も総司の部屋に真白が来ていた。
「さて、何から話そうか。うん。正直ところなにを話していいか分からん」
「私も。こう、もっとなんか付き合うと変わるものだと思ってた。色々と」
「確かにな。普通にいつもの俺たちと変わらないもんな」
友人から恋人関係になったからといって、特別何かが変化するわけではないと。
二人は付き合ってみて、初めて気づいた。
「昼から大学に行くし、どうせ外へ出かけるなら一日中遊びたい」
「かといって家の中で遊ぶのはどうにも普通過ぎるよな」
うーん、と唸る二人。
付き合って気分が盛り上がったのは良いもの、いざとなればどうしていいのか迷う。
「一つ提案」
「いいぞ」
悩んでいると、徐に真白が手を挙げる。
「これから何したいとか決めてみる?」
「ほう。例えば?」
「どこに行ってみたみたいとか、何してみたいとか。今じゃなくて、これからのことで。遠くに旅行してみるとか」
「なるほど。確かに、今のうちに話しておくのも悪くないな。それ採用だ」
今何をしたいか考えても思いつかないのなら、今後どうしたいかお互いにすり合わせておくのは悪くないだろう。
デートにどこへ行きたいかと相談するなどとても恋人らしい。そう二人は考えた。
「じゃ、私から」
「どうぞ」
「住む場所はどうするの?」
「まず、そこ⁉ もっと、なんかあっただろ?」
夢のある話をするつもりだったが、めちゃくちゃ現実的な話題が議題に上がった。
「住む場所は大事だから」
「お前がそれでいいのなら答えるけどさ。家に関しては今までの通りだと思うが?」
「えっと、同棲とかするのかなって」
「いやいや! それは結婚した時かある程度付き合っている状態の場合じゃないか?」
急に同棲と口にされたので、総司はびっくりしてしまった。
「そうなの? 全然分からなくて」
彼女は何かおかしいこと言った? と微妙な顔をする。
「世間一般的には、付き合って速攻で同棲するのはあまり無いかと思うが。いや、大学二年生だし、二人とも成人はしてるからおかしくはないのか……?」
しかし、よく考えてみれば実はおかしなことでは無いのかと思い始める総司。
彼は二十年間生きてきて、女性とお付き合いをしたのは今回が初めてだ。
恋愛初心者としては、割と難問に感じてしまう。
「じゃ、する?」
「えっ?」
総司は唐突な真白からの一言に動揺してしまった。
その言葉の攻撃力は絶大だ。
今すぐ彼女を抱きしめてしまいそうになるが、思いとどまった。
「どうしたの大丈夫?」
「真白、そのセリフはもっと別の所で頼む。今の俺には、Wマーリンのバフ盛り盛り、クリティカル百パーバスターチェインのダメージだ」
「私、邪ヌちゃん好きだしね?」
まるで総司はレイドボスになったかのよう気分だった。
「でもやっぱりいきなり同棲はおかしいって」
「けど、割と前からこの部屋には来てたし、食器の位置も冷蔵庫の中身も、持ってるゲームも漫画も把握してるよ?」
「そうなんだよなぁ。講義の帰りに飯食うとか普通だったし」
真白と総司は同じ講義を受けているので、大学に行く時間も大学から帰宅する時間も同じだ。
レポートをまとめたり、講義の復習なども効率よく進めるために、真白の他にも同じ学部の何人か招いて総司の家に集まることが多かった。
加えて、大学から総司の家が一番近いので真白はこの家に自然と寄って行く。
その際に、総司の家にある多数のボードゲームや漫画を気に入った真白と仲良くなったのである。
いつしか、面倒だからと帰宅後に夕食を、大学前には昼食を一緒に取ることもしばしばあった。
実は半同棲状態だったのかもしれない。
「同棲したら食費、光熱費、家賃も節約できるし」
「それはもう、なんか彼女の思考っていうより主婦なおかんだな」
「お、おかん⁉ そ、そんなに……」
真白は衝撃を受けたようで、少しのけぞってしまう。
「ああ、俺が悪かった! 流石に、彼女に対しておかんは引くよな。ごめん」
その様子に総司は慌てて謝罪する。
友人の関係ならまだしも、付き合った今では相応しくない一言だ。
気を付けようと肝に銘じた。
「私って……私ってそんなに母性に溢れてる? これはもしかしてばぶみ路線? クール系じゃなくて。今流行りのママ系彼女的な?」
どんな言葉が返って来るのかと思えばまさかの単語だった。
「ああ、真白はそんな性格だったよな」
彼女は基本的に物事を肯定的に捉えられる人間だ。
否定から話し始めない性格の少女である。総司が彼女を良いと思った理由の一つである。
「俺、まだその境地に至ってないから」
「そう?」
「とりあえず、そのままの真白でいてもらって」
「総司がそう言うなら」
「と言うわけで、同棲の話はまた今度にしようか。その辺はすでに彼氏彼女持ちの友達に聞こう。そっちの方が相談もしやすいし。な?」
「そうしよう」
同棲の話については納得してもらえたようだ。
付き合いたての総司と真白にはまだ早い。じっくり考えるべきだし、他に話すことはたくさんある。
「他に何かあるか? 真白ばっかりに求めて悪いけど」
「ゼク〇ィは買った方がいい?」
「それの方がもっと先だろ⁉」
「冗談。でも学生結婚て思ってるよりハードル低いらしいけどね」
「だとしても俺たちには早えよ」
真白が楽しそうにしているあたり、総司の反応を見て楽しんでいるのだろう。
こうやってふざけ合うのも恋人らしいかと言えばそうかもしれない。
総司自身も気楽に会話できる方が嬉しかった。
「うーんじゃあ、道頓堀に放り込まれたカーネ〇・サンダースのまだ見つかってない左手とメガネを探しに行きたい」
彼女はついに全く関係のないことを言い出す。
ふざけているのはふざけているが、総司が探しに行こうと言えば本当に探しに行きかねないほどには本気っぽいので、返答には気を付けなければ。
「あのな。それ俺たちの仕事じゃないから。この会話の趣旨を覚えてる? 恋人として何かしようって話じゃなかったか?」
「でも、全部回収しないとタイガースは日本一になれないし」
「カーネル・〇ンダースの呪い何年続いてんだよ。強すぎだろ。あれから、もう三十五年だぞ」
カーネル・サン〇ースの呪いとは、1985年にタイガースがリーグ優勝した際にファンの一部が暴徒化したことで起きた事件に由来する超強力な呪いの事である。
当時タイガースに所属していた伝説の最強助っ人に見立て像を胴上げし、そのまま道頓堀に投げ込まれた像が行方不明になった。
翌年から阪神の成績が急激に低迷したことで、その原因は道頓堀に放り込まれた怒りから発生した呪いが原因ではないかと言う都市伝説である。
年月を得て像の一部は発見されたが、それでも左手首から先とメガネが現在も紛失状態であることから、未だに呪いが完全に解けていないと真白は思っているようだ。
実際に何度かリーグ優勝は成し遂げたが、日本一はそれからまだ一度もない。
「こんな話してたら、なんかチキンが食べたくなってきた」
「自由だなお前。まぁ良いけど。午後からは大学あるから、昼はやめとくとして。夜食べるか?」
「夜は寿司の気分だった」
「ほんと自由だな。じゃ、昼はケンタで夜は寿司でいいか?」
「おっけー」
真白は頭上に掲げた両手で丸を作る。
「これもまぁ、食事デート的な約束になるから、結果的には趣旨に沿うのか」
途中までブレにブレてグダったが、最終的にはこうして食事の約束が出来たのだから、結果オーライにはなるのだろう。
少し思っていた内容と違ったが、これはこれで自分たちらしいなと総司は思った。