表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

天下の星 1

 あれから二年ほどが過ぎた。

 僕は今、見事に働かずに過ごせている。


 だが、なんだか思っていたのと違う気がする。

 そんな猜疑心だけを抱えて、僕は大都市エラドリデルの大通りの片隅に腰を据えている。

 襤褸マントを身に纏い、ぼーっと空を見ていると、時折通りかかる人が小銭を足元の器に入れてくれる。これがいわゆる『不労所得』というやつだ。働かずとも得られる金銭は庶民が憧れるものだと町に出てきてから教えてもらった。


 目標からは間違っていないが、果たして正しいのか。他の人が本当に憧れる姿なのか、最近は疑問に思うことが増えた。

 日がな一日、空を見て過ごすのはそこそこ変化があって楽しいが、さすがにそろそろ飽きてきたというのもある。

 僕は気が長い方の人間だと思うので、他の人が真似をしたら辛いのではないだろうか。たまに僕の真似をしている人が冷たくなっているし。


「あっ、アニキ何やってんすか!? またこんなところで!」


 路地から現れて声を上げた男に視線を向ける。派手な色シャツで目に痛い。山だと真っ先に見つかって獲物になるタイプだ。おまけに顔も丸くてデカい。身体は細いので面白いやつだ。

 だが、エラドリデルに来てからかなり世話になっている男でもある。名前は忘れたが一番最初に出会った丸い顔なのでマルイチと呼んでいる。マルイチは名前の由来をよく分かっていないようだった。僕は挨拶をした。


「おはよう。今日の不労所得を集めていた」

「や、何度か言ってますが全然不労じゃないっすよ。めちゃくちゃアニキの貴重な時間を浪費してるっすよ」

「寝ててもお金がもらえるのは不労所得じゃないの」

「もー、この話はいつも平行線なんでやめましょ! ほらアニキ、集会の時間っすよ!」


 僕の袖を引っ張るマルイチは少しばかり焦っていた。


「それさあ、僕が行く必要ってある? いつも話を聞くだけじゃん」

「むしろアニキが来ないと始まらないっす」

「しょうがないな……」


 本日の不労所得を小銭入れに回収し、背にしていた壁を支えに立ち上がる。それから、もう一度空を見上げた。


「早めに終わらせようか」


 今は雲ひとつないが、雨が降りそうな気がした。

 マルイチは歩き出した僕の言葉に神妙な顔をして、


「アニキの鼻は鋭いっすからねえ……何か起きそうなんすか」

「今日は家で本でも読みたい気分なんだ」


 僕は文字を知らぬまま生きてきたので、生活が安定してからは勉強を兼ねて色々な本を読むことにしている。

 何か分からないことがあった時、それを知っている人を探すのはとても面倒くさい。自分で把握していれば、そんな必要もないからだ。


 迷路の如く入り組んだ路地裏を行く。

 エラドリデルは近隣国家の中でも一際強大なレイナディア帝国の五大都市として広く知られている。つまり、とても広い。

 広いということは人の目が届かない場所も必然的に増え、僕らはそんな場所の一部に向かっていた。

 あばら家の隙間を埋めるように寝転がっている爺さんの脇を通る。爺さんは今にも死にそうな顔色をしていたが、思いの外はっきりとした声で囁く。


「三番ですぜ……」


 僕はいまいち把握していないのだが、いくつか集会場があり、それを気分で使い分けている。この爺さんは集会に参加するメンバーにそれを伝える役目だそうだ。

 マルイチが銀色のちょっと立派な硬貨を投げると、爺さんは嬉しそうに懐へと仕舞った。


「どこだっけ?」

「酒屋っす」


 ああ、と馴染みの酒屋を思い出す。

 貧乏人御用達の店が小汚い隅っこの方にあり、めちゃくちゃ不味い酒をそこそこの値段で売ってくれる稀有な店だ。まともな店はそもそも襤褸を着ている人間には対応がキツい。

 だからこそ僕もなんかおかしいな、と思っているのだが。不労所得は庶民の憧れのはずだが、現状では庶民より買い物の自由度が無い。

 僕はこんな不味い酒を買う気にならないが、たまに自家製の干し肉を売り出す。これが実に良い。どれほど噛もうがいつまで経っても硬いままなのだ。無心で噛んでいると、気が付いた頃には不労所得がいい感じに貯まっているという寸法だ。


 ちょっとした話をしながら歩いていると、話題の酒屋が見えてきた。

 特に看板を出しているわけでもなく、見た印象だけではただの民家だ。


 マルイチが扉を開けて先に入っていく。

 中はテーブルがあるだけの一般的な民家だ。この辺りではテーブルがあるだけ立派な家なのかもしれない。

 大通りにあるような店とは全然違うが、路地裏にあるような店は一風変わった仕掛けを施したところが多い。


 テーブルで昼食らしき黒いパンをかじっていた男と目が合う。

 すかさずマルイチが彼に近付いて、こそこそと耳打ちした。すると彼は昼食を中断し、入り口の対面にある扉を開けた。

 中庭に続いており、井戸がある。周囲の民家からも抜けられるようになっていて、周りの家の住人だけが使えるようになっているわけだ。


 僕とマルイチはそこを通り、陰になった隅の灌木を乗り越え、家と家の隙間に入った。

 実は地下へと続く階段があり、そこが隠れ家的な酒屋になっている。石で補強された長い通路を抜けて、再び現れた扉をマルイチが数度叩く。

 目線の高さで隠し窓が開き、マルイチが何言かを囁く。


 僕も常連みたいになっているが、基本的にはマルイチと一緒の時しか来ないし、こういった出入りの仕組みは全部マルイチが把握しているのでよく知らない。もし来れなくなったとしても別に困らない場所だから良いのだが。

 数回やり取りをした後に扉が内側から開けられた。


 見慣れた酒屋に見慣れた顔が集まっている。いくつかの丸いテーブルにカウンター席があり、無愛想な店主も酒を引っ掛けている。買った酒をその場で飲めるのが売りだけども、地下だからか臭いが煮詰まって男が腐ったような悪臭が籠もるのが辛い。

 毎度、店に入るのをここで躊躇うのだが、いつもマルイチが道を作るのでなんとなく付いて行ってしまう。

 僕が顔をしかめながら扉をくぐると、散々騒がしかった店内が一気に静かになる。

 十数人の男どもが席について酒をかっくらっていたわけだが、大体は僕が店に来ると椅子に座るまで大人しくなって注目が集まる。


「アニキ、こちらにどうぞっす。何にしますか」

「うん。水で良いよ」


 少し気持ち悪くなってきたし、おそらくは不味い酒を飲んだら吐く自信がある。

 汚い木製ジョッキに並々と注がれた水が来て、とりあえず僕は手に持って軽く掲げた。それに合わせて店中の男たちも掲げる。


「待たせたみたいで悪いね。今日もお疲れ」

『お疲れさまですアニキッ!!』


 僕の言葉を合図に一斉に杯が打ち鳴らされ、そこかしこに酒が飛び散った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ