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異界にて

自粛でやること無くなったので久しぶりに書いています。

 穏やかな声が僕を永遠の眠りから呼び戻した。


「起きなさい。健やかな時間はもうしばらく後になってから」


 僕の前にはいかにもみすぼらしい、襤褸をまとったお爺さんがいた。

 起きた旨を伝えたかったが、声は出なかった。それも当然と言えよう。僕は身体を失っており、魂だけの存在として浮遊していた。


「よいよい、おぬしの考えていることはわしに伝わるのでな。現状も理解しているようで何より。体感で理解できることも、魂によっては拒否反応を起こす者がおる。おぬしは素直な魂のようじゃな」


 お爺さんの見た目は乞食のようであるが、その存在感は自身よりも格上の生き物であることを容易に認識させた。

 白く長いヒゲを撫でながら、お爺さんは僕に話しかける。


「本来であれば、目覚めさせずに新たな営みの中に戻すのであるが、今回こうしておぬしを眠りから呼び覚ましたのには理由がある。察してはおるじゃろうがの」


 僕は頷いた。魂は微動だにしないが、その意志だけは通じているはずだ。

 おそらくはお爺さんのような存在がこの場に出てくるのは例外なのだろう。

 しかし、なぜ僕なのか。そう考えるに至って、僕が何者かという記憶が失われていることに気付いた。


「記憶は肉体に宿る。だが、魂はおぬしを覚えておる。そこは気にせずとも構わぬことだ」


 謎掛けのような言葉で僕を落ち着かせたお爺さんは、さて、と前置きをして、呼び出しの趣旨について教えてくれた。


「時折、神々の間でな、遊技盤を用いた遊びが行われる。各々が育てた世界から駒を選出し、遊技盤の中で競わせるんじゃな。上位に残るとおんしにもわしらにも景品がある」


 大したものではないがのう、と呟くお爺さんはあまり勝敗を気にしてはいないようだ。

 話の流れによれば、僕がその駒となるのだろうが、僕の魂自身はあまり優れていないと感じている。かつて生きていた世界の基準によれば、の話だが。


「それは間違っておらんな。肉体的、精神的な話であれば、おぬしより優秀な者は数え切れぬほど。とはいえ、それは比べるだけ些細なことよ。比較にならぬほど強靭な者や、わしの世界には現れぬ技術を持つ者がおる。ゆえに選出基準は別にある」


 教えてはならない決まりになっておるがの、と穏やかに笑う。


「遊戯の決まりを教えておこう。始まりはおぬしが新たな生を受けてから、終わりは全ての駒が盤面から消えるまで。最後まで残るほど順位は高くなる。それだけじゃな」


 分かりやすくて良い。難しいことを考えるのは苦手……な気がしている。

 どれくらいの駒が参加するのだろうか。


「遊技盤の名称は【ディストリア】という。参加者はおぬしを含めて……一万といったところじゃな。種族差については生後が最も大きいため、十年は成長期間として定められておる。駒同士の直接的な排除はしない、という協定じゃ。滅多に出会わないよう、それぞれ距離を空けて設置もされる」


 なるほど、とてもゲーム的だ。


「事前に説明して構わない部分に関しては以上じゃ。おぬしには知りたいこともあるじゃろうが、全ては遊技盤に降り立って、おぬし自身で知らねばならぬ。それに、ここで知ったとしても意味がないからのう」


 意味深に瞬いてみせたお爺さんに、僕は先程の言葉を思い出した。

 肉体を持たぬ僕には、きっと現時点での記憶を持ち越すことが出来ない、あるいは難しいのだろう。事前に多少の説明があったことを考えれば、不可能ではないと思うが。

 少しばかりのお茶目さを発揮したお爺さんは、枯れた腕を僕に伸ばす。


「最後に、おぬしにわしからの贈り物じゃ。各々、魂に一つだけ手を入れて良いことになっておるでな」


 そっと慈しむように撫でられて、お爺さんは小さく頷いた。


「おぬしの怠惰であった部分を、勤勉で在れるようにした。おぬしはわしの駒であると同時に、ひとつの魂、世界を廻る生命の一である。新たな生を長く楽しめるようにのう」


 僕は首を傾げた。そんなにもかつての僕は怠惰であったのだろうか。


「そうじゃな、わしが選ぶのは大体が何らかの要素で穢れきった魂よ。何も成し得ぬ、価値を示せなかった魂を好んで遊戯に選んでおる」


 それを聞いてさすがに少しばかりショックだった。そんなにダメだったのか。

 お爺さんはヒゲを撫でた。


「わしはのう、そんな魂がどれほどの高みへ行けるのかが楽しみでな。穢れの要素を取り払ったおぬしが、どこまで成長するのか、期待しておる」


 そう言ったお爺さんの顔が遠く離れていく。そろそろ始まる、ということだろうか。

 唐突な無重力感。

 落下に伴い、再び意識を失おうとしている最中、穏やかな声が聞こえた。


「常に勤勉であれ。高みを目指すには巨大で強力な礎が必要であることを忘れるでないぞ。根源を意識するのじゃ」


 助言、あるいは応援の言葉を聞き届けたか、そうでないかのタイミングで僕の魂は眠りの海へと落ちていった。




「さてさて、どうなるか……。とりあえずは、良き出会いに恵まれることを祈ろうかの」

 神々の一柱が目を細くして、遊技盤へと向かう魂を祝いだ。

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