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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 8

「見たことのない呪印だな……。もしかして日行の呪印か?」


 俺の胸に顔を近づけ、リゼリーが言う。指先で麻の服の首元を掴み捲るようにして、胸に刻まれた灰色の模様に視線を落としている。顔が近いせいか、鼻息が首筋に掛かりくすぐったい。


「ああ。日行の呪印を見るのは初めてか?」

「まあ、光属性の魔法は行使されることがないからな。だがシンイチロウも運がないな。折角呪印持ちに生まれたのに、よりによって日行とは……」


 言って、リゼリーは慌てたように上体を起こした。右手で弓を拾い、左手を突き出すようにして弓の持ち手に当てる。


「悪いが借りるぞ。魔素が無駄になる」


 リゼリーの左手。女性にしてはやや大きく、しかし華奢な美しい手のひら。俺が魔行石を手折ったことで中空に飛散していた青白い光が、女の手へと吸い込まれていく。


風精(ふうせい)の羽音。有限の調べ。対なる詠唱」


 森の中で見たタニアの姿を思い出す。リゼリーの手元へと現出したのは、タニアのそれとは異なる緑色の円陣。ひゅるりひゅるりと音を立て、回転し始める。


「渓谷に満ちよ。()く奏で()く羽ばたき、諦念(ていねん)(ひさ)がん」


 言葉に応じるように瓦解する緑陣。裁断機にでも掛けられたかのように、線状の分断された陣が、うねる蛇のように弓へとまとわりつく。


「廻れ。プロテクション」


 弓へと吸い込まれるように消失する緑色の光。リゼリーの詠唱は、どうやらこれで終わりのようだった。


「どうだ?」


 どこか得意げに、俺へと視線を向けるリゼリー。質問の意味が分からず押し黙っていると、残念そうに眉を寄せた。どこか幼げにも映る仕草だ。


「つ、つまらないやつだな。防御魔法を弓に掛けたんだぞ? 不思議に思わないのか?」

「あ、ああ。そういえばそうだな……。何故そんなことを?」


 適当に話を合わせる。リゼリーが唱えた魔法は、どうやら防御のためのそれらしい。そう説明されると、確かに不自然な気がしないでもない。


 仮にプロテクションとやらが、守備力を向上させるような効果を持つ魔法であるなら、鎧やら盾やらをその対象とするのが正しいようにも思える。

 弓を使ったことなどありはしないが、弓で何かを防御するような状況は想定しづらい。


「こうしておくことで、この弓から放つ矢は風の補助を得られるようになる。要は、矢の周囲に風の保護膜ができるんだ。風の保護膜は矢を包み込むから、結果的には矢が太くなるようなものでね。貫通力の向上に役立つんだ」

「なるほどな。プロテクションにそんな使い道があったとは。狩人の知恵というやつか?」

「まあな。ふふ。感心したか?」


 適当な相槌は、どうやら的を射ていたらしい。嬉しそうに言い、リゼリーは矢筒を背負うべく腰をかがめた。外出の準備を整えながら、口を動かし続ける。

 タニアとの関係。普段の仕事の様子。恐らくは雑談を楽しむような相手が村にほとんどいないのだろう。壁際にしゃがみ込み俺に向かって尻を突き出すようにしながら、リゼリーは楽しそうに話し続ける。

 タニアは良い奴だ。本来であれば魔物除けはクポの実で十分なのに、わざわざ自分から値の張る獣脂を買い続けてくれている。タニア以外だと、自分の客は時折村へとやって来る外部の者ばかり。タニアがいなければ生活すら成り立たない。


 やがて身だしなみを整え終えたのか、リゼリーは立ち上がる。背には矢筒。右手には愛用の木製弓。腰に巻かれたベルトからは革製のポーチのようなものが提げられており、その中には獣脂を詰めた瓶と魔行石が収められている。


 タイトな布製のパンツに、膝下を覆う革製のブーツ。上半身には背中の開けた、やはり布製のタンクトップを纏っている。シンプルな装いではあるものの、両の乳房の間を矢筒を背負うための革ベルトが通過するせいで、随分と扇情的な様相を呈している。


 思い返せば、森の中で初めて邂逅した際も、彼女は似たような装備でいた。狩人らしいと言えばらしい気もするが、正直なところ判断がつかない。少なくとも東京の街、俺の行動範囲内に於いて、狩人を見掛けることはない。


「待たせたな。行こう、シンイチロウ」


 戸に向かい歩きながら、リゼリーがにかりと笑う。俺とリゼリーとは、これから共に村周辺を散策するのだ。目的は勿論、ダルクなる人物の捜索だ。


 先ほど出会った三名の男等に、ダルクの捜索を手伝うと言った手前もあるが、何よりリゼリーが疑念を向けられてしまっている。ダルクを早々に見つけることは、リゼリーにとってもメリットのある話だろう。


 リゼリーは、ダルクの仕事道具に手をつけてはいないと語った。正直に言えば、俺にリゼリーの言葉を積極的に信用する理由はない。だが男等がリゼリーを損壊事件の犯人と決めつけた理由はあまりにも薄弱で、論理性に乏しいものだった。


 結局のところ性分だ。俺は嫌いなのだ。感情や印象のみで結論を出そうとするその精神性が。行動が。あらゆる真相は、論理の積み重ねの果てにあるべきなのだ。


「シンイチロウ?」


 戸の向こうで、リゼリーが不思議そうな表情を浮かべ俺を見る。

 犯人を見つけ疑いを晴らしてやれば、きっと彼女は笑うのだろう。子供のような笑みを俺に向け、過去に二度そうしたように、俺に向かい礼の言葉を述べるのだ。

 また見てやるのも悪くない。

 そんな風に思えた。

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