出題編 5
「ダークエルフと呼ばれる者がいます。シャドウエルフは、そのダークエルフと人間との間に出来た子で、極めて希な存在です。ダークエルフ自体珍しい上に、彼らはエルフ族からも人間からも忌避されがちですので……」
「ダークエルフと人間とが子を育むことなど、そうそう起こりえないということか」
タニアの経営する宿の食堂。どうやら他に宿泊客はいないらしく、二人での夕餉と相成った。俺は金を払って宿泊している客ではないため、タニアも必要以上に気は遣わない。勿論俺としては、その方が助かる。
「村はどうでしたか? ある程度、見て回れました?」
「いや、多少歩き回った程度だ。リズ以外とは会話もしていない」
タニアに服を借り受けた後、俺は村を見て回るべく宿を出た。鬱とした気分を晴らしてやる意味合いも大きかったが、そういった意味ではあまり上手くはいかなかった。
宿から時計回りに円を描くように村を歩き、露店の建ち並ぶ中央の通りにさしかかったところでリゼリーに出会った。結果として、鬱とした心持ちに、怒りに似た不快感が加わってしまった。
「いくつか分かったこともあるにはあるが、あまり今後の指針にはなりそうもない」
シェルフウッドの村を回り、確認できたことが幾つかある。だがタニアに告げた通り、村で得た情報は今後の俺の行動を決定づけるような類のものではない。この世界の者等が当たり前に理解している事象を、外部の者の視点から確認したに過ぎないからだ。
「気を悪くせず聞かせてほしいんだが、シェルフウッドの村は、その、どの程度発展しているんだろうか? 例えば、王都などと比べてだ」
「うーん……。シェルフウッドは森の中の村ですから、王都と比べると、やっぱり田舎という印象は拭えません。エルフ族は、質素な暮らしを好みますし……」
質素。村を歩き回った折、俺が抱いた印象がまさにそれだった。
木造の家屋。取り囲む森。村はずれに見えた畑。恐らく一〇〇人程度であろうエルフの村人達は、自給自足にて最低限の食物と物資を得、暮らしているように見えた。
「例えばこのランプ。本物の火が点っている。少なくともこの宿の中では、電気式の製品は見掛けない。存在しないのは、ここがシェルフウッドの村だからだろうか? それとも……」
食卓の上に置かれた二つのランプの一方を差し示し、タニアに問う。エルフの娘は首を傾げるようにし、幾度も見せたように、また指先で頬を掻いた。
「すみません。でんきしき、というのは……?」
「電気を動力として稼働する仕組みのことだ。俺の世界では、電気は一般的な動力として普及している」
「そのでんきを使って、ランプに火をつけるのですか?」
「少し違うが、いや、まあいい。話題を変えよう」
タニアは電気そのものを知らない。これまでのやり取りで、彼女が賢明な人物であることは把握できている。となれば、このアーガントなる大陸にはまっとうな電気テクノロジー自体が存在しないと考えるのが妥当だろう。
「今後なのですが……」
「うん」
「しばらくこの村に滞在するのが良いと思います。エルフ族の村は大陸にいくつが存在しますが、シェルフフッドは比較的開かれた場所です。人間というだけで疎まれることはないでしょうし、何よりここでなら、わたしが宿の部屋を提供できます」
「君には感謝している。もしこの世界に来て最初に出会ったのが君でなかったらと思うと、背筋が凍るほどだ。だが……」
シェルフウッドに滞在し続けて、一体どうなると言うのだろう。手元にある情報は極めて少ないが、可能ならば俺は、かつてこの世界にやって来たという日本人に会ってみたい。日本へと帰還する手がかりは、恐らくはその人物の元にあるだろうからだ。
「実は今、エスメラルダにはアトリアの使節団が入っているのです」
「そうなのか?」
「はい。アトリアの使節団は、一月ほどをかけエスメラルダ領内を回ります。恐らくはこのシェルフウッドにも、いずれやって来ることでしょう。それまでここに滞在すれば……」
「直接アトリアに保護を要請できる訳か」
件の日本人も、現在はアトリアの保護下にあるという話だった。アトリア使節団と直接に話ができれば、エスメラルダの干渉を受けることなく教皇国の庇護下に身を置けるかもしれない。開通者の先達とも、面識を得られることだろう。
タニアの提案は、つまるところ最適解だ。現状に於いて、俺が取るべき行動の。
「恐らく一週間以内には、使節団は村へと到着するでしょう。それまで二階の部屋は使っていただいて結構です。宿泊客も、今はいませんしね」
そう言って笑ったタニアに、俺は改めて礼の言葉を伝える。
電力の代わりに魔力の存在する不可思議な世界。そこで出会ったエルフ族の娘。運に見放されたとは、まだまだ言えないのかもしれない。
椅子の背に身を預け、そんなことを考えた。