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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 3

「ミャンマーのカヤン族は、複数の輪をはめることで首を伸ばす。エチオピアのムルシ族は、唇に大きな穴を開け皿をはめ込む。耳を整形して伸ばし尖らせる部族がいたとて、おかしくはないと考えた」


 シェルフウッドは西端。丸太を組んで造ったと思しきロッジ風の宿の一階にて、俺はタニアと向かい合っていた。


 二階建ての宿は考えていたよりもいくらか大きく、一階入り口から右に折れた先にある一五畳ほどの部屋は、どうやら食堂にあたるようだった。

 食堂中央に設置された一〇人掛けのダイニングテーブル。やはり木製のそれの角を挟むように俺達は腰掛け、タニアが運んできた不思議な香りのする紅茶で喉を潤しながら、ぽつぽつと言葉を交わしては黙るを繰り返していた。


「蒸したカミルの葉で淹れたお茶です。鎮静効果があると言われています」


 森を歩き村へと辿り着いた俺は、タニアに先導され露店の立ち並ぶ通りを抜けた。質素な衣服を身に纏った者等が行き来するその通りはどうやら村の中心にあるようで、随分と賑わっているように見えた。


 俺に対し興味深げな視線を送る幾人かの顔を見返し気になったのは、何よりも彼らの耳の形だった。

 個人差はあれど全員の耳が尖り、横に長く伸びていたためだった。


 宿へと到着し、入り口の戸をくぐった俺達はそのまま食堂へと足を踏み入れた。ダイニングテーブルを囲んで配置された椅子の一脚に腰を下ろすと酷い疲れが全身を襲い、タニアが口を開くまでの数分間、俺はただ黙ってテーブルの木目に目を落とし続けていた。


「わたし達の耳について、何も触れられないのですね」


 悪戯っぽい表情を浮かべ、タニアが俺にそう尋ねたのが今からおよそ三分前。カヤン族がどうのと俺が返したのが、今からちょうど一分前だ。


「混乱していたのだろうな。君を初めて見たときは、気づきもしなかった。髪で耳がほとんど隠れていたこともあるだろう。リズの耳にはすぐに気づいたが、身体的特徴を指摘するのは、無礼にあたるかと考えた」

「わたし達の種族に共通する特徴ですから、失礼ということはありませんよ。シンイチロウは、紳士的な方なのですね」

「ようやく君達の質問の意味が理解できたよ。人間か、と問われたが、なるほど、そちらは人間ではなかったというわけか」

「エルフ族です。人間よりも長い耳と長い寿命、そして高い魔力を持ちます。単純な身体能力では、その分人間に劣りますが」

「そうなのか?」

「ええ。貴方と取っ組み合いをして勝てる男性は、恐らくこの村にはいないでしょう」

「ほう。確かに華奢には見えたが……」


 タニアに先導され村を歩いた。

 森を抜け辿り着いた先はどうやら村の東端にあたる場所であったようで、村内西端に位置する宿へと至るには、村を横断する必要があった。

 途中俺へと好奇の視線をぶつけてきた者等は多くあったが、言われてみれば確かに、皆細身であったように思う。


「魔力、と言ったな?」


 一応のところ、聞き覚えのある言葉ではあった。どういった字を当てるのかも想像はつく。ゲームか小説か、あるいは映画か。創作物に触れる中で知った言葉だろうと思えた。


「魔法の行使に関わる力です。誰しも持つ力ではありますが、有する魔力の高低は、生まれ持った才覚で決まります。高い魔力を持つ者ほど、高威力の魔法を行使できるとされています」

「俺と君とが意思疎通をし遂げているのも、その魔法の恩恵なのだろう?」

「ええ。少し特殊なものではありますが……」


 カップを口へと運び、紅茶で舌先を湿らせる。魔法の仕組みについて、詳しく知ろうとは思わなかった。他に聞かなければならないことがあると、心の内では理解できていたがためだった。


「それで……」


 一度言葉を切り、それからタニアの顔を見つめた。恐らくは賢しいだろうエルフ族の娘は、しかし照れたような様子もなく、にわかに視線を逸らしてみせた。嘆息し、俺は続く言葉を口にする。


「日本へと帰るためにはどうすればいいか、訊きたかったんだがな……」


 タニアが答えを持っていないことは、残念ながら既に知れていた。眼前のエルフは馬鹿ではない。俺を落ち着かせたいと願うのならば、日本へと帰る方法を提示する以上に効果的な手法はないと分かっていたはずだ。だが彼女はその手法を採らなかった。採れなかったと考えるのが正しいだろう。


「以前この世界にやってきた日本人は、今どうしている?」


 質問を変えることにした。タニアは大きな瞳を少し見開き、驚いたような顔をする。癖なのか、指先でまた頬を掻くようにしてみせた。


「えっと、何故それを……?」

「何故、とは?」

「シンイチロウの言う通り、確かに以前にも日本なる国からアーガントへとやって来た者はいます。三〇年ほど前のことです。ですがわたしは、シンイチロウにそのことを話してはいないはずです」


 その通りだ。だがタニアの言行を振り返れば、そんな事実は容易に知れる。訊き方が悪かったことに対する詫びの気持ちも込め、丁寧に説明することにした。


「君が、日本という国を知っていたからだよ。森の中で言っていただろう? 日本もアメリカもスリナムも、この世界には存在しないと」

「ええ、ですが……」

「君のその台詞以前に、俺は一度も国名という意味では、日本という言葉を口にしてはいない。日本語となら言ったが、日本語を公用語とする国の名が日本とは限らないだろう? 現にこのエスメラルダという国に於いても、公用語として用いられているのはニニア語であり、エスメラルダ語ではない」

「なるほど……」

「このアーガントには、少なくとも日本、アメリカ、スリナムの三国から人が来たことがある。だからこそ君は、異世界に存在する国として、この三国のみを知っている。違うか?」


 タニア等アーガントの住人が、俺の暮らす世界に関して何かしら情報獲得の手段を有している可能性はある。だが仮にそうだとすると、今度はタニアが俺に伝えるため選択した国名に疑問が生じる。


 タニアは森の中で俺にこう尋ねた。アメリカという国を知っているか。スリナムという国を知っているか。明らかに、俺が異世界の住人であることを確認する意図での、それは問い掛けだった。

 だが日本とアメリカはともかく、スリナムは小国だ。俺が異世界の住人であることを確認するための質問に用いる国名としては、正直不適当だろう。こう表現すると、スリナム共和国民は怒るかもしれないが。


「何というか、シンイチロウは頭が良いのですね」


 感心したようにタニアが笑み、吐息混じりにそうつぶやく。それには応えず、俺は話を戻そうと質問の答えを求めた。タニアは慌てたように言葉を紡ぐ。


「三〇年前に日本からやって来た人は、アトリア教皇国にて保護されていると聞いています。ただ、それ以上のことは……」

「……いや、十分だ。ありがとう」


 手を上げ台詞を遮り、また紅茶を口へ運ぶ。失望感が胸の内から湧き上がり、喉元までこみ上げる。紅茶で押し返すようにして、一際大きく息を吐いた。

 三〇年前、俺と同じようにこの世界へとやってきた日本人がいた。その人物は現在も、この世界のどこかで生きているらしい。三〇年間も、現代日本へと戻ることなく、得体の知れない生物の跋扈するこの世界で、生き続けているらしい。


 我が家への道のりは、どうやら酷く遠いようだった。

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