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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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解答編 6

「二つ目のパターンです。犯人は被害者の背後から後頭部を鈍器で攻撃。倒れた被害者に対して、近距離から下方に向けての射撃を行った。クポの実は被害者が倒れた際にはまだ破裂せず、射撃時の衝撃波によって破裂、果汁を胸部に付着させた。これはどうでしょうか? 同じように考えてみましょう」


 構築された解決空間。絶海の孤島に聳え立つ洋館の大広間。その中心を歩き回りながら、俺は中空に言葉を並べていく。


「まず、リゼリーが犯人である場合です。これは一つ目のパターンと同一です。リゼリーは刺激臭に気付くことができません。つまりは遺体の処理工作を行わずに現場を去ったはずで、衣服を脱がせようとした実際の犯人の行動と矛盾します。この仮定は誤りでしょう」


 足を止め、指を一本立てる。全員の顔を見回し、最後に座り込むシャドウエルフに目を留める。呆けたような、不思議な表情で女は俺を見ている。何を思っているのか、見当もつかない。


「次に、リゼリー以外の誰かが犯人である場合。この場合は少々複雑です。犯人は被害者の背後に接近し、石なり何なりを後頭部に振り下ろしました。被害者は頭蓋骨を陥没させて絶命。草地に倒れます。問題は、この時点ではまだクポの実が破裂していないという点です」


 犯人は最初の攻撃に接近しての一撃を選んだ。ダルクに接近を気取られる可能性が高く、つまりはリスクを伴う行動だ。


「この場合犯人は、最初の一撃を加えた際、弓を所持していなかったと思われます。弓を所持したうえで、わざわざリスクの高い攻撃方法を選択する必要性がありません。そしてそうなると、弓を使用する理由が消えます。被害者は倒れ、遺体にはクポの実の果汁の付着もない。放っておけば遺体は消えます。この状況に於いて、わざわざリゼリー宅に盗みに入るリスクを犯すのは不合理です。ですが実際の犯人は弓を使用しており、仮定と現実が矛盾します。この説も誤りと言えるでしょう」


 また足を動かし、次の説明に移ろうとする。キカが挙手している姿が目に入り、俺は僅かに戸惑った。


「キカさん、発言を許可します」

「……あ、ああ。そうか。もう喋れるんだな。聞きたいことがある」

「何です?」

「犯人が最初の一撃を加えた際に、まだ弓を所持していなかったとは言い切れない。状況によっては、接近しての一撃の方が確実なこともあるだろう。被害者と犯人との間に障害物があったとか、あるいは被害者の動きが速く狙いがつけられなかったとか、可能性はいくつも考えられる」

「なるほど。そうですね」


 顎に手を遣り、俺は頷く。侮っていた訳ではないが、キカは比較的頭が回る。意見そのものがどうと言うよりも、この状況で挙手し冷静に考えを述べたことに、優秀性が垣間見える。だが。


「確かにそういった状況は考えられます。ですが、その場合もやはり犯人の行動は矛盾を孕みます。仮説が、一つ目のパターンに転属するが故です。キカさんの仰る状況だと、やはり犯人は最初の一撃を加える以前にリゼリーの弓を準備していたことになり、リゼリーに罪を着せること、つまり遺体が発見されることを前提として行動していたことになります。衣服に工作を仕掛けようとした実際の行動と矛盾が生じます」


 告げてやれば、キカはやや考えるような様子を見せた後、軽く顎を引いてみせた。納得した者と見なし、再び発言を禁じる。

 さて。最後のパターンだ。


「最後です。犯人は被害者の背後から後頭部を鈍器で攻撃。倒れた被害者に対して、近距離から下方に向けての射撃を行った。クポの実は被害者が倒れた際に破裂し、果汁が胸部に付着。つまり射撃は、果汁の飛散後に行われた。他の二つのパターンが否定された以上、真実はこのパターンこそが含有します。考えてみましょう」


 言って、大きく息を吐き出す。ようやくここまで辿り着いた。随分と時間が掛かったような気がする。


「リゼリーが犯人であった場合です。最初の一撃を加えた段階で周囲には刺激臭が満ちています。ですが彼女はそれに気付かない。弓での射撃を行った後も同様です。他二つのパターン同様、彼女には遺体の衣服に手をつける理由がありません。実際の犯人の行動と矛盾します。お分かりですか?」


 エルフの男等を見回す。座り込むリゼリーの頭に手を遣り軽く撫でてやれば、シャドウエルフの娘は照れたように目を伏せた。


「リゼリーただ一人だけが、どのパターンに於いても犯人候補から除外されるのです。彼女だけが、状況の如何に関わらず遺体の衣服に手をつける理由を持たない。これが、私が彼女だけは犯人たり得ないと最初に述べた根拠です」


 背後から、強い視線を感じる。タニアだろう。彼女の推理は否定された。最早、逃げる術はない。


「では、リゼリー以外の誰かが犯人である場合について検証しましょう。鈍器による最初の一撃を加えた時点で、被害者は倒れ、クポの実は破裂しました。この時点で犯人には初めて、採りうる二つの選択肢が生まれます。まず一つ。遺体の衣服を処理し、クポの実の果汁を現場から遠ざける。そして二つ。遺体の処理を諦め、誰かに罪を着せるべく工作を開始する。最初の一撃でクポの実が破裂してしまった以上、遺体の衣服に手をつけるのは自然です。つまり、仮定と現実に矛盾が生じません。このパターンのみ、何ら矛盾が発生しないのです」


 恐らく犯人が選んだのは前者だった。遺体の衣服に残る工作痕はその名残だ。だが恐らく上手くいかなかったのだろう。

 ダルクはエルフ族特有の長身痩躯ではあるものの、成人男性だ。服を脱がせてしまうことは可能だが、多少骨でもある。特に犯人が、小柄な女性である場合には。


「遺体の衣服に残る工作痕の通り、犯人は衣服を脱がせ、持ち去ろうとしました。ですがそれに失敗します。ダルク氏の肉体が思いのほか重かったのか、あるいは時間が掛かりすぎると判断したのか、詳細は分かりません。そこで犯人は、誰かに罪を着せられる状況を作り出そうとした。周囲を伺い、考えを巡らせ、そして目に入ったのでしょう。村長宅付近で魔行石を求めてうろつく、間抜けなエルフの姿が」


 俺の言葉を受け、足下のシャドウエルフが挙手をする。発言許可を求めてのことだろうが、恐らくは無為な発言と予想されるため無視する。


「嫌われ者のシャドウエルフ。村はずれに一人潜む忌み子の狩人。罪を着せる相手としては申し分なかったことでしょう。犯人は北東のあばら屋へと走ります。土行の結界が施されているとも知らずに室内に侵入し、弓と矢を持ち去る。草地に戻り、遺体に向かって射撃を実行。ダルク氏の遺体には、貫通孔が残りました」


 恐らく犯人に、胸の貫通孔を見張り台からの一撃の結果に見せかけようという意図はなかったことだろう。遺体の頭あたりに立ち斜め下に向かって矢を放ったため、結果として斜めの穴が完成しただけ、と見るのが恐らくは正しい。


「遺体には背中方向から胸方向へと下るように穴が空いていました。単純に斜め下に向かって矢を射出した結果でしょう。弓矢を足下、真下に向かって撃つというのは存外に難しい。弓が放たれた場所が見張り台であるように見せかけるメリットは、犯人には特にありませんしね」


 また息を吐く。ここまではいい。ここまでは何も矛盾しない。問題は、誰がそれをやったかだ。多少間が空いたためか、モーガナが静かに手を上げる。


「発言を許可します。村長殿」

「……ふむ。いや、見事なお手前です。開通者殿。質問をよろしいか?」

「ええ、何なりと」


 返せば、モーガナは頷き、そうしてよく通る声で告げる。


「理屈は理解しました。ですが、それでは結局誰がやったのかは分からないのでは? 貴方は先ほどこのタニアが殺人者であると言ったが、私にはタニア以外の誰もが、貴方の説明した犯行手法を実現できるように思える。いかがか?」


 もっともだ。だが特定は可能なのだ。そのために俺は、下手くそな芝居まで打ったのだから。


「そうでもありません。実は遺体の状況には、不自然な点が一つあるのです。先ほどから何度も口にしている、衣服の工作痕がそれです」

「衣服に残る工作痕は、殺人者がそれを処理しようとしたが故のものでしょう? 貴方自身が、先ほどそう仰った」

「その通りです。ですが犯人は、衣服の処理を諦めリゼリーに罪を着せることを選択した。なればこそ、遺体の衣服に残る工作痕は不自然なのです」


 言葉を切り、俺は再び歩き出す。今度は村長等の元へ向かい、足を進めながら口を動かす。


「ズボンですよ。遺体のズボンです。半分脱がされたままになっていた。外してしまったボタンや、切れて飛んでしまったボタンを元に戻すのは、もしかしたら容易ではなかったかもしれません。ですがズボンは違います。引き上げればいいだけですし、何より脱がされたままでは目立ちます。ボタン類と違って、射撃の衝撃を言い訳にもできない。リゼリーに罪を着せようとするならば、犯人はズボンだけは元に戻さなくてはいけなかった」


 だが現実には、犯人はそうしなかった。ズボンを脱がされたままの遺体を放置し、リゼリーに自らの罪を被らせようと考えた。


「いいですか? 先ほど三つのパターンに分けて私は犯行を検証しました。いずれのパターンに於いても、リゼリーは衣服に手をつける必要はなかったという結論が出ました。不自然なのです。クポの実の果汁に気付かないリゼリーが犯人であるにも拘わらず、遺体の衣服を処理しようとしているという状況は」


 犯人は誤った。犯行時に於ける判断を。保身の方法を。


「犯人は何故、そんな過ちを犯したのでしょうか? 果汁の付着に気付かない、すなわち果汁が付着していない状況に於いても衣服を脱がせようと工作する。その行動を不自然なそれだと知らなかったのです。不自然と思えるだけの知識を有していなかったのです」


 また周囲を見回す。一人のエルフの顔に、視線を固定する。


「屍肉を漁る魔物、ハイエナオーク。奴らは遺体を貪り食います。血の一滴すら、衣服の欠片すら残すことなく、何もかもをも消失させます。もう少し分かりやすく言いましょう。犯人は、ハイエナオークが服を食うとは知らなかった。クポの実の果汁の付着がなかったとしても、遺体を奴らに処理させるためには服を脱がす必要がある、そう勘違いしていたんです」


 息を吸うような吐くような、微かなざわめきが八方から耳朶を撫でる。俺の視線の先に射るのはたった一人のエルフの娘。唇を戦慄かせ、顔面蒼白の体で、しかし視線を下げることなく俺を見つめ返している。


「そう言えば、先ほど妙なことを言っていた女がいたな。クポの実の果汁が付着していようがいまいが、自分が犯人であれば衣服を処理するとか何とか。あれは誰だったか……」


 わざとらしく呟きながら、俺は娘の元へと歩み寄る。

 誤ったのだ、犯人は。罪を着せる相手を。己の身代わりとするその相手を。

 犯人は犠牲にしようとした。誰よりも自身を慕うその女を。

 犯人は犠牲にしようとした。罪を着せようとしてもなお、自身を恨まぬその女を。


 これは報いだ。

 罪を着せる相手に別の誰かを選んでさえいれば、過ちは生じ得なかった。恐らく現状は違っていた。


「誰だったか……。覚えているか? タニア」


 女が、小さく肩を震わせた。

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