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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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解答編 5

 細波が岩にぶつかっては弾け消え去る。

 カモメが鳴き、真っ白な翼にて陽光と空とを切り裂いて飛び交う。

 周囲一帯は海。どこまでも続く紺碧の海洋に囲まれた小さな島。外周部は岩場に取り囲まれ、中央部には樹海と表して差し支えのない木の群がざわめく。


 島南部から岩洞を潜り、森を抜ければ開けた空間。聳え立つ洋館が、闖入者を荘厳な様で出迎える。

 建てられてから何十年が経つのだろうか。二〇とも三〇とも知れぬ多くの部屋を内部に持つその洋館の大広間に、俺は今立っている。呆気にとられた表情の、七人のエルフと共に。


「絶海の孤島の洋館、その大広間か。個人的には吹雪の山荘が好みだが、まあ、これも悪くない」


 赤絨毯の全面に敷かれた平間を俺は見回し、遙か上方に吊られたシャンデリアに目を留める。呟けば、背後でくしゃりと固い音。どうやらリゼリーが尻餅をついたようだった。


 推理魔法。エンシャントフィールド。

 その効果は解決空間の構築。

 探偵の犯人指名に相応しい特殊空間を生成し、事件関係者全員をその場所へと強制転移させる。空間の顕現は事件の謎が全て解き明かされるまで。

 簡単に言ってしまえば、探偵による犯人指名と謎解きに、事件関係者を強制的に付き合わせる魔法だ。そう表現すると陳腐ではあるが。


「トキ殿、これは……」

「探偵の権限にて、あらゆる暴力、魔法、自傷行為を禁じる。探偵の許可なしの発言もだ。君達は容疑者。解決空間に於いて、探偵の意思は容疑者のそれに優先する」


 俺の宣言に遮られ、モーガナの言葉が止まる。

 解決空間こそは探偵のための場所。何人も、その謎解きを遮ることは許可されない。一つ息を吐き出し、俺は七名に向かって深く頭を下げた。


「これは白行の魔法、エンシャントフィールド。数十分もすれば、皆シェルフウッドへ戻れます。しばしご不便をお掛けしますが、ご辛抱下さい」


 面倒な話だが、謎解きは少々複雑だ。

 解決空間を構築したのは、断罪を速やかに完了させるため。万一の暴力行為を防ぐ目的もある。開通者であることを明かしたことにはなるが、それはリスクにはなり得ない。俺が、タニアを殺人者と指名したが故だ。


「では……」


 事件について話し始めようとして、少し躊躇う。

 俺は全員の許可なしでの発言を禁じた。白行の奇蹟によって、俺以外の全員が今、言葉を発することが出来ない状態にある。これは少々、話しにくいかもしれない。


「リズ。君にのみ、自由な発言を許可する。適当に相槌を打ってくれ」


 リゼリーに発言許可を与える。勢い込んで、シャドウエルフの娘が俺の胸に取りすがった。


「シンイチロウお前、か、開通者なのかっ? その胸のは日行の呪印じゃなかったのかっ? わたしの職はどうなるっ? 給金はっ? 王都で店をやってるってのは嘘……」

「やはり君も黙っていろ。邪魔だ」


 リゼリーの発言を禁じ、咳を払う。改めて話を始めることにした。


「さて皆さん。ここで改めて、事件について振り返ってみましょう。事件の発生は一昨日の晩。被害者は狩人ダルク・ネイルダルク。殺害現場は村南西の草地、その中央です」


 リゼリーの顔を見る。床にへたり込んで、頬を膨らませている。さっきまでボロボロ泣いていたくせに、立ち直りの早いことだ。

 一度は発言を許可したが、やはり黙らせておくのが正解だろう。どういう心境なのか、彼女の場合タニアを庇い始める可能性がある。


「遺体には幾つかの特徴がありました。まず後頭部の陥没痕。凶器は見付かっていませんが、恐らくは石か何かでしょう。さらには胸部の貫通孔。タニアが先ほど話したとおり、これはプロテクションを付与したリゼリーの弓矢を用いてつけられた傷です」


 モーガナとキカの顔を見る。二人は俺からやや離れた場所に立ち、共に腕を組んでこちらを見つめている。

 俺に対して、あるいは開通者に対して、思うところがあるようだ。しかし話を聞く意思もまたあるようで、微動だにせず屹立している。


「遺体の胸部には、破裂したクポの実の果汁が付着していました。被害者がシャツの胸ポケットに入れていたものです。これが発する刺激臭が原因となり、草地のハイエナオークは屍肉を漁る特性を持つにも拘わらず遺体に手を出さなかった。加えて遺体には、服を脱がされ掛けた痕跡が残されていました。シャツのボタンは外れ、上衣には無理に引っ張ったような跡があり、さらに麻のズボンは半分脱げかけていました」


 エルフ達の間をゆっくりと歩きながら、俺は語る。多くの者が、敵愾心を込めたような鋭い視線を俺へと向けている。それでいい。探偵とはそういうものだ。


「確認しておきたいのは、クポの実についてです。この実が破裂したのは一体どのタイミングでのことなのか。被害者が倒れたときのことなのか。あるいは、矢で胸を射貫かれたときのことなのか。これが、実は重要な情報を含むのです。犯人の行動順と併せて、考えてみましょう」


 プロテクションの掛かった矢は、件の実験が示したとおり、周囲に衝撃波を撒き散らす。クポの実がそれによって割れることも、考えられるには考えられるだろう。


「犯人の行動順として、考えられるものには三つのパターンがあります。まず一つ。犯人は見張り台から弓でダルク氏を狙撃。その後草地へ赴き、倒れたダルク氏の後頭部へと鈍器を振り下ろした。この場合、クポの実は矢がダルク氏の肉体を貫通した、概ねそのタイミングで破裂したことになります。矢の貫通と、ダルク氏が倒れ伏すのがほぼ同時になるためです」


 とすりと音が響く。ネネトが、そしてダーナムが床へと腰を下ろしたようだ。俺の話への関心ではなく、白行の呪印が作り出した解決空間への諦観が行動の理由だろう。

 俺は少し笑い、言葉を継ぐ。


「では実際の犯行はこの手順で行われたのでしょうか? 残念ながら違います。犯人の行動が、そうではないことを示しているんです」


 犯人が弓にて被害者を射殺。その後草地へ赴き被害者の後頭部を攻撃する。これは遺体の状況から恐らくは真っ先に想像される事件概要であり、実際のところ、俺もそう考え推理を進めた。

 だが違うのだ。犯行がこの順序で行われたのならば、犯人の行動に説明がつかなくなってしまうのだ。


「容疑者は私も含めたここにいる八名です。犯行にリゼリーの弓が用いられた事実が、それを示します。そして容疑者の中には、他者と異なる特徴を持つ人物が一名います。リゼリーです。彼女は鼻が利かず、クポの実の果汁の刺激臭を認識することができません。犯人がリゼリーであった場合と、それ以外の七名の誰かであった場合の二つに分けて、検証しましょう」


 視線をタニアへと向ける。敵意を込めた目で俺を見つめる小柄な女エルフ。エンシャトフィールドの詠唱には、彼女に口を挟ませない意味合いもある。俺が許可を出さない限り、この胸の白行の呪印は、女の発言を完璧に封じるのだ。


「犯人がリゼリーであった場合です。うつ伏せに倒れた被害者の胸に付着したクポの実の果汁を、彼女は認識できません。この場合、リゼリーはどうするでしょう? 現場を去るはずです。何もすることなく、そのまま現場を去ればいい。そうすればハイエナオークが朝までに遺体を食い尽くしてくれるんです。夜が明ける頃には布きれ一枚残らない。遺体の処理は完璧に成されます」


 勿論、実際にはそうはならない。遺体には果汁が付着している。ハイエナオークは近づかない。だがリゼリーが犯人であった場合、果汁が付着していることに気付けない。魔物が遺体を消してくれるものと判断し、現場を去ることだろう。


「ですが、実際には犯人はそうしませんでした。遺体の衣服を必死に処理しようとしています。ボタンを外し、ズボンを脱がせてね。リゼリーはクポの実の果汁の付着に気付けない。この理解と、実際の犯人の行動が矛盾します」


 理屈に理屈を積み重ねる。リゼリーが難しい顔で何か考え込んでいる。俺の説明を理解しようと努めてくれているのだろうか。


「次に、リゼリーが以外が犯人であった場合です。遺体に接近した際、犯人は果汁の刺激臭に気付くでしょう。クポの実の果汁が付着していては遺体が現場に残ってしまう。リゼリーとは異なり、そう考えるかもしれません。ですがこの場合、別の問題が発生します。犯人がリゼリーの弓を犯行に使用していることです」


 喉に手を遣り、軽く首を回す。分かっていたことではあるが、喋らなければならないことが多すぎる。


「初撃が弓である場合、犯人は犯行以前にリゼリー宅に弓矢を盗みに入り、用意していたことになります。これはダルク氏の殺害が、ある種の計画的犯行であることを示します。犯人は初めから、リゼリーに罪を着せることを企図していた訳です。となると、どうでしょうか? 犯行は初めから遺体が露見することを前提としていたことにもなります。つまり、遺体の処理を図る理由がない。犯人の実際の行動と矛盾します。現実の犯人は、遺体の衣服を脱がせようと四苦八苦している訳ですからね」


 リゼリーが犯人である場合、そしてリゼリーが以外の誰かが犯人である場合、いずれの場合も、見張り台からの一撃が最初の攻撃と仮定すると説が矛盾をはらんでしまう。


「つまり、見張り台からの一撃を犯行の初撃とするこの仮定は、誤りという訳です。さあ、次に行きましょう」


 エルフ達の中央で足を止め、俺はまた少し、笑った。

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