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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
23/34

出題編 22

「探偵は笑った。推理は所詮遊戯だと」


 タニアの宿の二階。俺は居室に籠もり、リゼリーから受け取った二本の魔行石のうちの一本を右手でへし折る。この作業にはもう慣れた。タニア等と変わらず、自然な動きの中で魔素を抽出することができるようになっている。


「夜に抗え。神に抱かれよ。月すら傅くその日まで」


 開通者である俺だけが有する白行の呪印。それによって顕現される真相究明の奇蹟。青白い光の粒が、回転しながら室内に踊る。


「示せ。メリュジーヌケイプ」


 瞳を開く。粒子が中空で収束し、拳大の輝く球を形作る。全身を包み込む浮遊感と悪寒が消え去るとともに、球形の光もまた姿を消した。


-absolutely not-


「くそっ……」


 頭の中に機械的な女の声が響き渡り、俺は思わず舌打ちする。掴んだと思えた真相は、どうやら虚飾のそれであったようだった。


 推理魔法、メリュジーヌケイプ。真相究明を志し組み上げた論理が正しいか否かを、この魔法は判定する。つまり俺の推理は、誤りであったということだ。


 リゼリーから防御結界の情報を、キカからハイエナオークの情報を得、俺は頭の中でいくつもの論理を積み重ねた。そしてその結果、ある人物が犯人であるとの結論を導き出した。検証するために詠唱したのがメリュジーヌケイプの魔法。結果は見ての通りだ。

 はっきり言って、俺の推理に穴はない。現在俺が得ている情報を元にするなら、その人物が犯人であるとしか考えられない。では一体、何が足りないというのか。何が間違っているというのか。取り逃している情報が、まだどこかにあるのかもしれない。


 息を吐き、ベッドの上へと座り込む。一度現在の状況を整理しておくことも必要だろう。 両手を背後につき上半身を支えるようにしながら、俺は考えを纏め始めた。


 事件が起きたのは昨日の夜半。正確な時刻までは分からない。

 嫌われ者の狩人ダルクが、村南西の草地にて命を絶たれた。犯人はプロテクションの保護を得た弓にて矢を放ち、ダルクの胴体を射貫いた。そしてその後草地へと向かい、うつ伏せに倒れたダルクの後頭部へと鈍器のようなものを振り下ろした。

 致命傷は恐らく弓の一撃。胴体を射貫かれた時点で生きていて、その後頭部外傷を与えられた際に絶命した可能性もあるにはある。


 攻撃順が逆というのは考えられるだろうか。

 ダルクが倒れた状態では、見張り台の上から弓で胴体を射貫くことはできない。つまり仮に頭への一撃が先だとしたら、犯人は倒れた被害者に向かって至近距離から矢を放ったことになる。やってやれないことはないかもしれないが、メリットには乏しいように思う。


 兎角犯行経緯に関して、注目すべき点は二つある。いずれも容疑者を絞り込む際のヒントになり得る。


 一つ目はクポの実。

 胴体を射貫かれた被害者ダルクは、その際にシャツの胸ポケットに入れていた複数のクポの実を破裂させている。クポの実の果汁はダルクの胸部に付着し、結果周囲に潜むハイエナオークを遠ざけた。

 もしクポの実の果汁が被害者の肉体に付着していなければどうなっていただろう。

 遺体はハイエナオークによって食い尽くされ、その姿を消していたはずだ。俺とリゼリーは遺体に気付かず、ついては犯行自体も露見しなかった。

 クポの実が破裂したことそのものは、十中八九事故だろう。だが犯人にはそれを処理することが可能だった。人気のない夜の草地。衣服を脱がせて持ち去ることも不可能とは言えない状況だったろう。


 だが実際には、殺人者はそうしなかった。遺体の上半身に付着した果汁を処理することなく、現場を去った。つまり完全犯罪を成し遂げるチャンスを、みすみす棒に振ったわけだ。


 暗がり故、クポの実の果汁が飛び散ったことに気付かなかった。という可能性も考えはした。果汁は暗い赤色をしている。血液と誤認する可能性も無論存在しうる。

 この場合、問題となるのはその刺激臭だ。獣脂によく似た強烈な刺激臭。

 遺体を発見した際、俺は血の匂いよりもこの刺激臭をより強く感じた。矢を放った後被害者に接近している犯人が、あの匂いに気付かなかったとは考えづらい。

 加えて言えば、クポの実の果汁の発光特性も気に掛かる。遺体に加えられたのが頭への一撃だけならば、胸部に付着したクポの実と頭部から飛び散った血液が接触しない可能性もある。

 だが遺体は、プロテクションの付与された矢によって胸部を射貫かれている。クポの実は少なくとも射撃から一時間程度、発光することでその存在を主張していたはずだ。


 二つ目は防御結界。無論、リゼリーの家に張られているもののことだ。

 正直に言って、リゼリーには感謝してもしきれない。あの結界がなければ、捜査はお手上げだった。容疑者の絞り込みが不可能であったためだ。

 リゼリーの自宅、正確には自宅の扉に施された結界。殺人者は犯行時、この結界を通過している。自宅内に置かれていたリゼリーの弓を取得する目的でだ。

 詳しく聞いたところによれば、土行の結界を通過できる者は二種類。リゼリーが直接招き入れた人物か、あるいはリゼリーと面識を有す人物だ。

 犯行時に限って言えば、前者はあり得ない。リゼリーは当時村長宅付近で魔行石探しに精を出していた。そも当人が在宅している状態では、盗み自体が不可能だ。

 となれば盗みに入ったのは後者。リゼリーと面識を有す人物ということになる。


 注目すべきは、この面識の有無の判定方法だ。

 リゼリーの言を信じるならば、彼女と二人きりで直接言葉を交わしていることが、面識ありと判断される条件らしい。そしてこの条件を満たす者は村内に僅か八名。彼女が爪弾き者であったことが、今回に限っては良い方向に作用した。

 結界を通過しうる人物、つまりは容疑者たり得る人物を、順に見ていこう。


 まずは宿の女主人、タニア・メルタニア。

 俺を除けば、恐らく村内で最もリゼリーと親しい人物だ。殺人行為とは結びつけづらい人格の持ち主であるものの、容疑者の条件自体は満たしている。リゼリーの弓のことも把握しているだろうし、殺害現場となった草地や例の見張り台からも近い距離に居住している。

 俺の目を盗んで宿を抜け出す必要があるのがネックだが、一昨日の晩、俺は疲れからか随分と早く寝床に入った。気付かれずに外出することはそう難しいことでもなかっただろう。

 だが彼女を犯人とする場合、解決しなければならない問題が一つ存在する。身長だ。

 タニアの身長は大凡一五〇センチ程度。彼女は村内でもかなり小柄な部類に入るエルフで、リゼリーとの身長差は二〇センチ近くある。そして彼女の身長では、見張り台に立ったとき、草地中央に立つダルクの胸部を狙い撃つことができない。木が邪魔になり、狩人の胴体部を狙えないのだ。

 リゼリーがハーバルキャットの死骸を射た後、俺はタニアに協力を仰いで見張り台に再度上った。リゼリーが弓を引いた際、気になったことを確認するためだった。

 結果は予想通り。見張り台に立ち弓を持ったタニアから、草地の中央部は視認できなかった。

 勿論、踏み台のようなものを用意するという手もあるにはある。だがそれを急遽用意し、担いで見張り台に上るのは少々難しい。事前に準備することもできるかもしれないが、そうすると見張り台からダルクを射る計画を事前に立てていたことになる。

 当夜家を空けるか否か不明だったリゼリーの弓を犯行に用いている点を考慮すると不自然な印象が拭えない。リゼリーが家を空けるタイミングとダルクが草地の中央に立つタイミングが一致するよう、操作する必要が生まれるのもやっかいだ。

 見張り台の上に立ったのは、たまたまその場所がダルクを狙いやすかったから。リゼリーの弓を用いたのは、たまたまリゼリーが家を空けていることを知ったから。

 あくまで偶然の一致と考えた方が、まだ自然だろう。

 タニアを犯人とするのは、やや無理があるように思える。


 シャドウエルフの狩人、リゼリー・リム・リーグウェン。

 親しい故あまり考えたくはないが、最も犯人にふさわしいのは彼女だろう。殺人に使われた弓はもともと彼女のもの。他者の家へと盗みに入るリスクが存在しなくなる。

 夜間の外出が目撃されてしまっているのもリゼリー犯人説を後押しするうえ、見張り台からの狙撃も、実際にできることが証明されている。

 殺人の発生時、村内をうろついていたのが彼女だけという事実もよろしくない。彼女であれば、殺害行為を目撃される可能性もほぼゼロに押さえられるのだ。

 一つ気になることがあるとすれば、それは事件発生後の彼女の振る舞いだ。幾ら何でも事件捜査を行う俺に協力的すぎる。

 俺の推理を監視、誘導するために行動を共にしている、と考えることもできなくはない。だがたとえそうだとしても、見張り台の上から容易にハーバルキャットの死骸を射貫いてみせたのはやりすぎだろう。自分なら犯行が可能だったと言っているようなものだからだ。

 最有力容疑者である点は揺るがないが、どうにもしっくりこない印象は残る。


 シェルフウッドの村長、モーガナ・ガナ・ガラン。

 老人ではあるが、背筋はピンと伸びており、まだまだ壮健であるように見えた。犯人とすべき積極的な理由はないが、さりとて容疑者から外す理由もない。そんなところだろうか。

 タニアとは異なり、身長は十分。見張り台の問題をクリアできる。息子のキカによれば事件当夜は自宅にいたそうだが、所詮身内の証言だ。アリバイと言えるほどのアリバイは存在しない。

 数字で論じることはできないが、彼が殺人者である可能性を仮に確率で表現するならば、タニア以上リゼリー未満といったところだろう。


 村長の息子。キカ・ガナ・ガラン。

 ある程度年は重ねているが力強い印象の人物で、俺にハイエナオークの生態を説明してくれたのが彼だ。

 身長は高く、見張り台の上からも被害者を視認することが可能だろう。だが彼が犯人である可能性は極めて低い。言うまでもなく、右手の義手が理由だ。

 犯行に弓矢が使われた以上、弓を射ることができない人物は犯人たり得ない。

 俺が知らないだけで、フック状の義手で弓を引く方法がある、という可能性も存在するには存在する。だがそこまでして弓を使う理由は何だろうか。

 自身を容疑者から外したいのなら、工夫して弓を用いるよりもアリバイを作るべきだ。村長ほどではないとは言え、周囲の者から旦那などと呼ばれるような立場にある男だ。理由をつけてアリバイを作ることも不可能ではなかったことだろう。


 露店の主、ネネト・ネルダーウィン。

 先刻俺とリゼリーとに絡んできた若い男だ。

 アリバイはなく、弓を射ることもできる。比較的ながら長身であるため、見張り台の件は問題ない。

 犯行にリゼリーの弓を用いたのが彼女に罪を着せるためであったのなら、ネネトは大いに疑わしい人物の一人だ。シャドウエルフであるリゼリーを随分と疎んじているように見える。

 はっきりと確認した訳ではないが、リゼリーの自宅へ押しかけていた三人組の、恐らくはリーダー格だろう。リゼリー同様木行の呪印の持ち主であることが、聞き込みの際に知れている。


 ネネトと共にリゼリーの家へ押しかけた男、ダーナム・ダル・ダイト。

 ネネト同様露店を開いて生活しており、取り扱っているのは主にクポの実であるらしい。

 身長は足りており、見張り台は問題なし。聞き込みの際に対象としたが、それきりだ。以降は会話どころか、姿すら見掛けていない。いや、露店は開いているのだろう。俺が視界に収めながらも、それと認識していないだけの可能性が高い。

 村長と同じく、取り立てて犯人とすべき理由も、容疑者から外すべき理由も見当たらない。


 三人組の最後の一人、グリシュ・レオクリシュ。

 リゼリーや被害者のダルクと同じ狩人だ。そういえば狩りをしている姿を一度目撃している。タニアと村長宅を訪ねた帰り道のことだ。

 狩人という職と相性がいいのか、彼もまた木行の呪印の持ち主だ。リゼリーに尋ねたところ、ダルクもやはり木行の呪印持ちであったらしい。

 今回の事件、犯人が見張り台から被害者を狙撃したとするならば、弓の腕は一定程度必要となる。そういった意味では、狩人は有力な容疑者だ。

 弓の腕以前に身長の問題で容疑者から除外されかかっているが、仮にタニアが犯人であった場合、そもそも見張り台から被害者を確実に狙撃できたかどうかは怪しい。チャンスは一度しかないのだ。外してしまえば、ダルクは狙撃に気付き逃げたことだろう。

 やはり犯人には、弓の腕が求められる。


 最後にこの俺、鴇慎一郎。

 論じるまでもない。俺が犯人でないことは誰より俺が理解している。

 現状、ダルクの殺害が可能であったのはこの八人。厳密にはそこから俺を除いた七人だ。


「ふぅ……」


 上半身を起こし、軽く頭を掻く。

 こうして考えてみると、リゼリーの交友関係は本当に狭い。何年もこの村に居住しているにも拘わらず、二人きりで言葉を交わしたことのある相手は僅か八人。しかもそのうち二人は村長等権力者で、残り五人のうち三人は彼女を疎んじている者達だ。俺に簡単に懐いたのも頷けるというものだ。


 何にせよ、現段階では殺人者を絞りきるのは不可能であるようだ。

 一度は絞ったが、俺の白行の呪印はその論理を否定した。

 俺はもう少し、情報を集めなければならない。

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