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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
21/34

出題編 20

 リゼリーの居宅を辞し、村道を進む。

 シャドウエルフの娘は、幾らかのショックを受けた様子だった。だがそれも当然だ。彼女の仕事上の相棒とも呼べる弓と矢が、悪意持つ者の手に渡り、人殺しに利用されたのだ。


 リゼリーをしばし慰め、それから彼女の昨晩の行動を確認した後、俺は宿へと戻ることにした。どうも彼女は昨晩も村内をうろついていたらしく、しかし事件に関する何かを目撃してはいないようだった。

 南西の草地には近づかず、主に村長の家の近辺を散策していたらしい。勿論、路銀に変えるための魔行石を求めてのことだ。


 問題は、彼女が夜間に家を空けていたという点だ。リゼリーの家の戸は鍵すら掛からず、一見すると出入り自由。室内の弓と矢は、誰でも自由に持ち出せる環境下にある、ように見えた。


 だが実際は違った。リゼリーの家の戸は土行の結界によって防御され、通行できる者は限られていた。

 事件解決のためのヒントの一つが、間違いなくここにある。

 リゼリーが家を空けていることを知った何者かが、忍び込んで弓と矢を盗み、見張り台の上からダルクを射た後に、リゼリーの家へと戻り弓と矢を元の場所に戻した。


 犯人は恐らく、リゼリーの家の戸に結界が施されていることを知らなかったのだろう。土行の結界は目に見えない。俺が二度リゼリー宅へ招かれ、しかし結界の存在に気付かなかったのがその証左だ。

 犯人は、リゼリーの家の結界を通過できる者の誰か。現状の情報からは、そのような考察が可能だ。


 リゼリーが家を空けていた時間は大凡一時間程度。狭い村であるため、見張り台とリゼリーの家とはさして離れてもいない。村北側の村道を走れば、一〇分以内に往復が可能だ。

 被害者であるダルクの行動をどう操作するかという疑問は残るが、時間的には十分に可能な犯行。ただ見張り台に上るのは、それなりにリスクを伴う行為であるとも言えるだろう。


 見張り台は村内で最も高い建造物だ。つまり村内の大抵の場所から、その姿を望むことができる。家屋の窓からたまたま外をのぞいた者に、そして何より村内をうろついていたリゼリーに、弓を引く姿を目撃される可能性がある。

 弓にプロテクションの魔法が掛かっていたことも問題だ。緑色に発光する弓は、宵闇の中ではそれなりに目立つ。ある程度遠方からでも、視認することが可能だろう。


 しかしこう考えるとやはり、最有力容疑者はリゼリーその人だ。弓を盗むことによるリスクも、見張り台に立った姿を目撃されるリスクも、彼女なら減らすことができる。結界に関しては、家主であるが故言わずもがなだ。


「おい、あんた」


 背後から声を掛けられ、驚愕と共に振り返る。キカ・ガナ・ガラン。日中に顔を合わせた村長の息子だ。考え事をしてたがため意識していなかったが、俺は村長宅の前を歩いていたらしい。


「こんな時間に何をしている?」


 キカは居宅の戸の前に立ち、俺を見つめている。窓から俺が村道を歩く姿を見掛け、声を掛けるべく戸口から出てきた、といったところだろう。右手の先に取り付けられたフック上の義手が、月明かりを受けて輝いている。


「事件捜査ですよ。昼間に許可をいただいたでしょう?」


 事実だ。とはいえ時間が時間だ。胡散臭く思われるのも仕方がない。


「確かに親父殿が許可は出したが、夜間に村内をうろつかれるのは歓迎しづらい。親父殿や村人がどう考えているかは分からないが、私からすれば、最も怪しいのはあんたなんだからな」

「まあ、そうでしょうね。折角だ。一つお訊きしても?」


 男との距離を少し詰め、俺は尋ねる。眉を片方のみ高く上げ、男は視線で続きを促した。


「ハイエナオークについてです。王都付近にはいませんので、あまり生態を知りません。教えていただきたいのです」

「事件と何の関係がある? ただの矮小な魔物だ」


 矮小。その表現が気に掛かった。俺は続ける。


「事件現場となった南西の草地は、ハイエナオークの住処だとか。事件との関係性は、正直なところ不明です。と言うよりも、関係性があるか否かを知りたいのです。そしてそのためには、生態を理解することが必要です」


 壮年の男は自身の顎に手を当て、しばし思案するようにする。護身用にか、家屋の外壁に立てかけてあった鍬を手にすると、そのまま村道を歩き始めた。


「ついてこい。この時間なら既に活動を開始しているだろう。説明するより見た方が早い」

「そうですね。いえ、助かります」


 男の背に続くように、俺は足を進める。南部の村道を西に向かってしばらく歩き、辿り着いた先は例の草地。小川を渡り、獣道にしゃがみ込んで身を潜める。キカが前で、俺が後ろだ。草地に動く者の影はない。


「キカさん」

「何だ?」

「昨晩はどちらに?」


 アリバイの確認に大した意味がないことは分かっている。しかし相手はほとんど会話したことすらない人物だ。何か喋っていないと間が持たない。その相手が偏屈そうな男であるなら尚更だ。


「ふざけた男だ。私は家にいた。親父殿も一緒だ」

「村長殿とお二人で暮らされているんで?」

「そうだ。それが何か問題か?」

「いえ、まさか。母君はご一緒ではないのかと疑問に思ったまでです」


 俺の問い掛けに不快そうに鼻を鳴らすキカ。恐らく母親は亡くなっているのだろう。魔物がはびこるような世界ならば不思議なことでもない。そも、この男の母というのならそれなりに高齢であったことだろう。


「キカさんは、呪印は?」

「ある。水行の呪印だ。そういうお前は?」

「ありますが、日行です。水行の呪印とはうらやましい。あれはなかなか有用です」

「そうか。ついていなかったな」


 キカと言葉を交わしながら、ハイエナオークとやらの出現を待つ。ややあって、草地に幾つかの影が蠢き始めた。


「あれがハイエナオークだ。日中は木のうろや土に掘った穴の中に潜んでいる。夜になると這い出てきて、死肉を漁るのだ」

「ほう。しかし随分と……」


 醜悪だった。大きさは小型犬程度。毛のない皺だらけの肌はぬめり、月光を受けて輝いている。四足歩行のようだが後ろ足が妙に長い、蠢く様は、人間が四つん這いになったそれに似ている。


「一〇ほどか。連中は群で行動する。巨大な牙と……見ろ、長い舌があるだろう? 集団で人や動物の死肉をむさぼり、食い尽くす。奴らの食料となれば、血の一滴すらも後には残らない」

「血の一滴すらも、ですか?」

「そうだ。運動能力は低いからな。駆除してしまうこともできるにはできるが、放置しているのが現状だ。魔物同士の争いで村近辺に死骸が放置されても、奴らが綺麗に食い尽くしてくれるんでな。腐敗による悪臭や虫の発生が結果的に防がれるんだ。奴らの食いっぷりはすごいぞ。大型の魔物の死体ですら、僅か数時間で消えてなくなる。そこに死体があったことすら気づけぬほどにな」

「ほう。それほどまでに」

「二ヶ月ほど前にも、一人やられた。事故死だったが、場所が悪かった。ハイエナオークに集団で遺体を食い尽くされてな。ナイフが落ちていたせいで、どうにか状況が掴めたが、一ヶ月ほどは行方不明扱いだった」


 二ヶ月ほど前。思い当たる節がある。口にしていたのは誰だったか。


「ハイエナオークにやられたというと、場所はこの草地ですか?」

「いや、森の中だ。こことは別に、奴らの巣くう場所がある」

「遺体は痕跡すら残らなかったのでしょう? 何故事故死だと?」

「……恐らく事故死だろうというだけだ。場所が沢の近くでな。足を滑らせた可能性が高いという訳さ」

「そうですか……」


 俺の発言に気まずさでも感じたか、キカは声を抑えながら咳を払う。


「私が言いたいのは、魔物も要は、使いようというだということだ。……どうした?」


 振り向いたキカが怪訝そうな表情を浮かべた。俺が反応しないことを不思議に思ったのだろう。だが反応などできようはずもない。俺は自身の無様さに、呆れ果てていたのだ。


「いえ、少し……」


 探偵が聞いて呆れる。よもやハイエナオークがそんな習性を持っていたとは。それを知っているのといないとのでは大違いだ。事件のありようが、まるで変わってくる。


「くそっ……」


 独り言ち、俺は唇を噛む。結界の件。ハイエナオークの件。俺はあまりにも多くのヒントを、この段階に至るまで見落としていた。

 事件の発生から大凡二四時間。遺体発見から一二時間。

 真相へは、まだ迫れそうもない。

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