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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 18

 タニアの宿にて夕食を取る。

 食卓には三つの皿。多量の豆を煮込んだスープと、やや固い球形のパン。噛み切るのに難儀するビーフジャーキーのような燻製肉がそれぞれ載せられている。話によると、宿の夕食として通常出されているそれのようだ。旨くはないが、そう食えないものでもない。


 リゼリーと別れた後、俺は村内を回って聞き込みを行った。一人一人に前夜の行動を尋ね、併せて呪印の有無を確認する。村長から調査許可を出されているという事実は大きく、村の者も探偵に興味があるのか、それなりに友好的ではあった。


 当初今日明日の二日を掛け、俺は村民全員に話を聞くつもりであった。だが二〇名ほどに聞き込みを行い、結果として予定の変更を強いられた。聞き込みにはほとんど意味がないと知ったが故だった。


「そういうものです、シンイチロウ。シンイチロウの世界や王都では違うのかもしれませんが、この村に於いて、夜とは闇です。多くの者が家にこもり、食事をとり湯を浴んで、静かに明日を待ちます」

「まさか誰一人アリバイがないとはな。幾ら聞き込みを行おうと、これでは容疑者を絞ることは不可能だ」


 向かいの席でスプーンを動かすタニアが労るように言い、俺はため息を漏らす。聞き込みが意味を成さなかった理由の一つだった。


 村人の話を聞くことで、俺が得たかった情報は三つあった。


 一つは各自のアリバイの有無。次いで同じく各自のダルクとの関係性。最後に、怪しい者を目撃していないかどうか。

 アリバイに関しては、タニアが口にした通り、全くと言っていいほど確認できなかった。ダルクの殺害されたと思われる昨晩二〇時の段階ではほとんどの者が自宅に籠もり、静かに過ごしていた。

 厳密に表現すれば、家族と過ごしていた者もいるにはいた。だが肉親による証言など、信用できたものではない。酒場の一つすらないこの村では、夜間のアリバイは確保できないのが普通であるらしい。


 続いて問題となったのは、ダルクと村人との関係性であった。動機の面から容疑者をあぶり出せないかとも期待したが、結果的にこれも不可能なことが分かった。被害者のダルクは随分と身勝手な人物であったらしく、多くの者が彼に対し良い感情を持っていなかったのだ。

 いつ殺されたっておかしくない。ある村人の言だ。被害者と村人の関係性も、容疑者の絞り込みには無用なものだった。


 怪しい者の目撃情報。集めたかった物の一つだ。だがこれについては言うまでもない。夜になれば皆が自宅に籠もるような辺境の村だ。夜間の目撃情報は期待できず、日中の目撃情報は有用性が低い。

 と言うよりも、これが意味をなすのは殺人者が村外部の者であった場合の話だ。現在村に堂々と滞在している外部の者は俺一人。タニアの宿に宿泊客がいないことがそれを証明している。正規の滞在客でない外部の者がもし村を訪れており、かつその者が殺人を犯したならば、既に村からは姿を消しているだろう。

 リゼリーやタニア、そして聞き込みを行った二〇名ほどのエルフには、一応のところ村外の者を見ていないか確認を取った。だが誰一人、そんな者の姿を目にしてはいなかった。


「魔行石は、どこで入手するのが一般的なんだ?」


 豆のスープを平らげ、タニアに尋ねる。女エルフは小首を傾げるようにし、それから言った。


「村内なら、露店で売っています。ですが自力で集めることも可能です。魔行石は大気中の魔素が凝固し結晶化したものです。時折道端などでも、落ちているのを目にします」

「売れば金になると聞いた」


 リゼリーは夜間に村内で魔行石を集めていたという。王都へ移住するための資金源にしたかったとか、そんなことを言っていた。


「ええ。一つ一〇ドラ程度です。王都だともう少し高いとか。シンイチロウ、お金が欲しいのですか?」

「いや、興味本位だ。欲しいのは金より魔行石の方だ。この宿の宿泊費は?」

「一泊二〇〇ドラです。連泊の場合は割り引きますが……」


 初めて耳にしたが、どうも通過単位はドラであるらしい。エスメラルダのそれなのか、あるいは大陸のそれなのか。いずれにせよ、魔行石の価値は大した物ではなさそうだ。現代の日本の物価に換算して、一つ二~三〇〇円程度といったところだろうか。まあ道端で拾えるのならば、そのあたりが限度額だろう。


 水を飲み干し、俺は席を立つ。食事が一応のところ口に合うのは幸運だった。タニアに夕食の礼を言い、部屋に戻るべく食堂を出る。

 本来ならば片付け程度は手伝うべきだろう。タニアには世話になりっぱなし。少しでも恩を返しておきたいとは思う。だが初日にそれを提案した際には、丁重に辞されてしまった。どうも彼女は、俺がキッチンや倉庫へ足を踏み入れるのをあまり好まないようだ。あくまでもそこは自分の仕事場、ということらしい。


 廊下を歩き、階段を上る。事件捜査の進捗は良くない。容疑者があまりにも多すぎる。

 村人全員が自宅へと籠もる夜間の殺人。ダルクの殺害は、今のところ大半の村人に可能なことだ。


 部屋に入り、ベッドの上に放り出してあった魔行石を取り上げる。探偵の矜持からあまり頼りたくはなかったが、状況が状況だけにヒントが欲しい。黛にまた連絡を取る際には、事件解決の報告をしたい。そんな思いもあった。

 魔行石を指先で折り、瞼を閉じる。息を吐き出し、呪詞を諳んじる。


「探偵は知った。占星術は欺くと」


 石を握る右手に熱。微かな浮遊感と背筋の痺れ。


「伍は陸に。陸は伍に。吊られし寝床は黄泉路を下る」


 この不可思議な感覚にも、多少だが慣れ始めている。目を開き、青白い光の舞う中、右手を前方へと突き出した。


「息吹け。ラボラトリー」


 はちりと、頭の中で音が響いた。不快な感覚に思わず膝をつきそうになる。目眩に襲われ、足下が激しくふらついた。


「見た感じ、死因は左胸部の穿通性外傷、もしくは頭部外傷。ハイエナオークっていう化け物についても念のため調べた方が良さそうだね。ちなみに、下行性硬直の進度は?」


 黛の声が聞こえる。これは昼頃に交わした言葉の一つだ。

 良く整った、あの生意気な顔がまた見たい。最後に直接顔を合わせたのは二週間ほど前だろうか。日本で暮らしていたときは、数ヶ月会わなかろうが気にもならなかったというのに。不思議なものだ。


「わたしの家で詠唱してみせただろう? あれ一回で、強化矢が三発まで発射できる。重ね掛けも可能なんだぞ? 元々二発分残っていて、シンイチロウの前で詠唱したときに三発追加。今さっき森の中で二発撃ったから、残りは三発だ」


 これはリゼリーだ。やはり昼過ぎの会話だろうか。見張り台の上で、随分と得意気な顔をしていた。

 彼女は今何をしているのだろう。あの今にも崩れ去ってしまいそうな家の中で、一人で食事をし、一人で眠っているのだろうか。どうにも庇護欲をくすぐる女だ。大人びた外貌をしているくせに、幼稚なことを好むが故だろうか。


 目眩が治まり、中空を漂っていた粒子もまた姿を消す。呼吸を整え、俺は少し笑った。

 ラボラトリー。取り逃したヒントを再取得する推理魔法。

 俺はこの魔法の効果を、少しばかり誤解していたようだ。


 周辺に存在していたにも拘わらず触れること叶わなかったヒントを詠唱者へ齎す。そういう魔法なのだと理解していた。だが違った。ラボラトリーは、手にしたにも拘わらず俺がヒントと認識しなかった重要な要素を、愚者を嘲笑うかのように示す魔法だ。


 情けない話だ。ヒントとして示された二つの台詞。後者は兎も角、前者は黛のものだ。それはここにいたのが俺でなく黛であったなら、当該のヒントを取り逃さなかったということでもある。


 二つの台詞の意味を考える。前者の台詞の中で目につくものがあるとすれば、ハイエナオークだろうか。リゼリーは事件現場となったあの草地を、ハイエナオークの生息地だと言っていた。黛の提案の通り、ハイエナオークの生態については確認すべきだろう。


 対して後者はどうか。弓に掛けたプロテクションの魔法。その効果がどの程度続くかリゼリーは説明していた。計算自体に間違いはないし、元々二発分残っていた、という言葉に関しては、正しいか否か確認のしようがない。そして確認のしようがないものは、ヒントともなり得ない。

 元々の残弾数に関して、リゼリーの認識が正しいと仮定しよう。リゼリーはここ数日、自身の弓に掛けたプロテクションの効果を切らせていない。ここに何か、重要な点があるような気がする。


 プロテクションの効果が続いているか否かは、目視で判別が可能だということだった。だが残弾数までは見た目には分からないのではないだろうか。

 仮に元々の二発という残弾数が正しく、にも拘わらず現時点での残弾数が彼女の認識と異なっていたとしたら。

 部屋を出て、階段を下りる。足音が響いたのか、タニアが食堂から顔を出した。


「シンイチロウ、どこへ行くのです?」

「リズの家だ。確認したいことがある」

「こんな夜中にですか……? 危険では?」

「村内を歩くだけだ。問題ないさ」


 告げ、タニアが何か言うより早く玄関扉を押し開く。

 呼び止める背後の声を無視し、村道を駆けた。

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