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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 17

「おい。本当に大丈夫なんだろうな?」


 シェルフウッド西部。タニアの宿からやや南に割拠する見張り台の上に、俺とリゼリーとは立っていた。リゼリーは己の力を示したいのか、鼻歌交じりに上半身を捻っている。準備運動のつもりだろう。


「任せておけ。わたしの腕はシンイチロウも知っているだろう? 百発百中だ」

「確かにあのときは見事だったが……」


 森の中。俺とタニアとがブラックオークなる魔物に襲われたときの話だ。

 俺達に向かい飛びかかった魔物の眼球を、リゼリーは一〇メートル以上離れた場所から見事に射貫いて見せた。だが今は、あのときとは状況が大きく異なる。


 村長の家を出た俺とタニアとは、一時宿に戻ることを検討していた。俺としては早急に事件に関する聞き込みを開始したいところであったが、タニアがまずは昼食を取るべきだと主張したためだ。

 どうも彼女には心配性の気があるらしく、きちんと食べないと体力がつかないだとか、アトリア使節団に保護された後はどの程度食事が提供されるか分からないだとか、そんなことを口にしていた。


 そのタニアは今、例の草原の中央で、顔面蒼白の体で屹立している。真横に向かいまっすぐに伸ばされた右手の先には灰色の獣。リゼリーが森の中で仕留めてきた、ハーバルキャットの死骸がある。

 リゼリーが日銭を稼ぐために狩っているというハーバルキャットは、魔物としてはかなり小型のそれに分類されるらしく、長い尾まで入れても、全長は一メートルと少し程度。タニアに首根っこを掴まれるようにして、だらりと中空に垂れている。


「プロテクションの魔法は?」

「あと三発分ある。森の中で二発使ったが、今回は一発で良いんだろう? 足りるさ」

「ん? そんな風に数えられるものなのか?」

「わたしの家で詠唱してみせただろう? あれ一回で、強化矢が三発まで発射できる。重ね掛けも可能なんだぞ? 元々二発分残っていて、シンイチロウの前で詠唱したときに三発追加。今さっき森の中で二発撃ったから、残りは三発だ」


 弓に矢をつがえながらリゼリーは言う。得意げな物言いは、恐らく賞賛の言葉を期待してのものだろう。褒めて欲しいのは狩人の知恵か、あるいは正確に残弾数を把握している事実か。


「何度も言うが、間違ってもタニアに当てるなよ? 二人目の被害者はごめんだ」


 ダルクの遺体を発見した折、俺はリゼリーに依頼した。矢で射ることが許される生物の死体を用意して欲しいと。遺体の胴体にあった貫通孔が、プロテクションの魔法を付与した矢によるものではないかと疑っていたがためだった。

 リゼリーは俺の頼みに応じ、そのまま森の中へと踏み入っていった。


「もう少し上だ、タニア」


 声を張り上げ、草原に立つタニアへと指示を出す。同時に両手を上に向かって押し上げるように動かした。

 声は恐らく届いていないだろう。だが俺の動作から察したのか、タニアは右手の位置を少し上げる。これで良い。見張り台の上から、ハーバルキャットの胸のあたりが狙える。


「いけるか? リズ」


 タニアの宿の前でリゼリーに出会った。ハーバルキャットの死骸を二匹重ねて肩に抱えたシャドウエルフは、俺に褒められると考えたのか控えめに笑んで駆け寄ってきた。要は正しくお使いを終えた訳だ。恐らくダルクの死がなければ、満面の笑みを浮かべていたのだろう。

 だが俺としてはありがたい。おかげで昼食のため宿へ戻ることなく、事件捜査を再開できた。


「任せろ。行くぞ」


 リゼリーが草原へ、正確にはタニアの手で中空に吊り下げられた魔物へと狙いをつける。

 見張り台の高さは五メートルほど。背の高い建造物が他にないため、概ね村全域が見渡せる。草原との間には何本かの木が立つが、それでもその中心部に人が立てば、上半身がかろうじて見える。もう少し北側に寄られてしまったり、あるいは中心部にあっても寝そべられたりしてしまうと、見張り台から矢で狙うのは難しくなる。木が邪魔になり、目標物が視認できない。


「……ん?」


 リゼリーの右手が弦から離れる。ひゅおりと音を立て、矢が草原に向かい中空を滑降する。そびえ立つ木々の最上部をかすめるようにして、魔物の死骸へと迫る矢。

 見張り台の上まで、微かではあるが音が響く。女の手によって宙にぶら下がる形となった魔物の遺体が痙攣するように震え、細かな塵のようなものが多量に舞った。ハーバルキャットの体毛だろうか。

 草地の中央で、タニアが小さく身をすくませた。


「さすがだ、リズ。狩人を名乗るだけはあるな」


 矢は見事にハーバルキャットの胸部を射貫いていた。見張り台の上からでも分かる巨大な貫通孔。近くで確認する必要があるが、ダルクの胸部にあったものに近い形をしているように思える。


「そ、そうか? ま、まあわたしは助手だからな。お前のためにならいくらでも射るぞ」


 タニアへと合図を出し、魔物の死骸を草地に置かせる。疲れからか緊張からか、タニアがしゃがみ込むのが見えた。早速草地へと向かうべく、梯子へと手を掛け見張り台を下りる。


「もういいのか? プロテクションはあと二発分残っているぞ?」


 活躍したりないのか、リゼリーが言う。ふと気になり、問い掛けた。


「風の防御魔法が掛かっているか否か、要は掛けた魔法の効果が続いているかは、見た目に判断できるものなのか?」


 一度の詠唱で、強化矢を三発。リゼリーはそう言っていた。


「そりゃ見れば分かる。ほら、僅かに光っているように見えないか?」

「確かにそうだな……。そうか。見た目で判別ができるものなのか……」


 リゼリーによって眼前に突き出された弓をよく観察する。確かにその全身が、僅かに緑色の光を帯びているように見える。陽光の下であるためわかりにくい。暗い場所であれば、より簡単に判断がつくことだろう。

 見張り台を下り、小川を渡る。短い獣道を抜け、草原へと足を踏み入れた。多量に血痕の残る草の上にはタニアがしゃがみ込み、恨みがましい視線をこちらへと向けている。


「すまなかったな。君には怖い思いをさせた」


 言って、タニアへと手を差し伸べる。少し迷うような仕草を見せた後、エルフの娘は俺の手を握った。立ち上がらせ、小さな背へとそっと手を遣る。


「ありがとう。おかげで助かった」


 大仰に息を吐くタニア。昼食の提案を却下されたうえに訳の分からない実験に付き合わされた。考えていることが露骨に表情に表れている。

 不満そうな表情のリゼリーが、俺を見つめる。


「どうした?」

「……別に。何だか態度が違うと思ってな」

「態度? 俺のか?」


 変わりやしない。そんなことはないと否定し、草地に寝かせられたハーバルキャットの死骸へと近づく。悪臭を放つ肉体の中央、胸部の貫通孔へと視線を遣った。


「間違いなさそうだな」


 穴の直径は一〇センチ程度。腹から背に掛けて、斜めに下るように肉体を貫通している。


「だから言ったろう。プロテクションを掛けた矢で射貫いたに違いない」


 実を言うと、リゼリーは最初から主張していた。ダルクの胸の貫通孔は、風の防御を得た矢で射貫かれたそれに似ていると。彼女は普段からこの貫通孔を見ているのだから、当然と言えば当然だ。


「体毛が舞ったようだな。こういうものなのか?」


 タニアの白い頬に付着した灰色の毛。見張り台の上から見た際にも、ハーバルキャットの遺体は矢にて射貫かれる瞬間、痙攣していたように見えた。


「まあな。プロテクションで保護された矢は、何かにぶつかると周囲に衝撃波のようなものを発するんだ。それほど強いものでもないが」

「なるほどな……ん?」


 俺が確認したかったのは、つまるところ角度だった。見張り台の上から撃ったとき、ダルクの肉体のそれと同じような角度が、貫通孔につくか否かだ。

 だが結果として、想定外の情報も得ることができた。矢の着弾と同時に周辺へと走る衝撃波。被害者のシャツのポケットに収められていたクポの実は、この衝撃波によって割れた可能性もゼロではないということだ。


「プロテクションは、弓以外にも掛けられるのか? 例えば槍などにも」

「他の武器が用いられた可能性を疑っているのか? 多分それはないぞ」

「何故?」

「回転しないからだ。矢は射出されると羽によって中空を回転しながら進む。プロテクションによる風の保護膜が、矢に合わせて回転することで、貫通力を高めるんだ」

「つまり、人が握った状態では効果が出ないと?」

「そうだ。投擲武器でも、回転しないものなら同じさ。一般的な武器の中では、矢以外考えられない」


 リゼリーの言葉に頷き、俺は草地を後にしようとする。タニアと、それからハーバルキャットの死骸を担ぎ上げたリゼリーが後ろに続いた。恐らく皮を剥ぎ、獣脂を得るのだろう。


「弓の扱いに長ける者は多いのか?」


 歩きながら、リゼリーには視線を遣らず問い掛ける。


「まあ、比較的な。二〇人くらいはいるんじゃないか? わたしはあまり村人と交流を持っていないから、正確なところは分からないが……」


 答えたリゼリーは、でも一番上手いのはきっとわたしだぞと、得意げに付け足す。頭を振り、俺は足を進める。

 風の魔法を扱うための木行の呪印を持ち、かつ弓の扱いに長けた人物。自身が重要な容疑者の一人であることに、どうやらこのシャドウエルフは気付いていないらしい。


「タニア」


 今度は振り返り、背後で疲れ果てている宿の主人へと顔を向ける。


「悪いがもう一つだけ、確認しておきたいことがある。君の協力が必要だが、何、今度は危険はないさ」


 娘の漏らすため息が、小さな音を立て耳朶を撫でた。

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