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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 16

「調査の専門業を営んでおられるとか?」


 村長宅。食卓と思しき大きめのテーブルを挟み、俺は老エルフと言葉を交わしていた。

 上座にあたる位置に村の長を務める老エルフ。向かいに俺。俺の左隣にタニアが腰掛けている。先ほどの息子殿は、どうやら同席しないようだ。


「ええ、王都にて。私のような者を探偵と呼びまして、王都では年々数を増やしています。探偵術と呼ばれる特殊な技術を用いて、ことの真相を解き明かし、調査依頼者から報酬を受け取っています」

「そうですか。この村にはいませんな、そうした方は。それで、ご用件は?」


 本題だ。やや背筋を伸ばし、俺は答える。


「ダルク氏の殺害事件に関して、村内で調査を行う許可をいただきたいのです。彼を殺した人物が何者であるのか、解き明かしたいと思っているのです」

「ダルクが、人の手によって命を奪われたと?」

「違うのですか……?」


 想定外の反応だった。そこに関しては、俺は村長と共通の認識を有していると考えていた。だがどうも違うらしい。

 遺体の発見後、俺はリゼリーと幾らかの意見交換を行っていた。ダルクが人の手によって殺害されたことに関しては、リゼリーもやはり同意見であった。


「遺体をご覧になりましたか? 頭部と胸部に外傷がありました。頭部の陥没痕は兎も角、胸部の貫通孔は極めて特殊なそれです。誰かが意図的に攻撃を加えなければ、ああいった傷は残らないでしょう。……今遺体はどちらに?」

「裏の倉庫に。息子が見ています」


 得心がいった。この村長は、遺体を禄に見ていないのだ。一見した状況からそれが他殺死体であることは理解できても、殺害をなしたのが人なのか魔物なのかについては、判断がついていないのだ。


「親父殿」


 部屋の奥。家屋の裏口と思われる戸が開き、先ほどの男が室内へと入ってきた。キカ。村長の息子だ。


「その男の言うとおりだ。遺体の胸に不自然な穴が空いている。あんなことが出来る魔物は、少なくともこの付近には生息していない」


 キカが言い、村長がため息を漏らす。理解が得られて何よりだ。


「騎士団への連絡は?」


 リゼリーは言っていた。有事の際騎士団に連絡を取るか否かは、村長が決めると。


「まだですな。魔物によって殺された可能性もありましたからな」

「なるほど。では早急に連絡すべきでしょう。殺人者は外部の者とも、内部の者ともしれません。前者であった場合既に村からは消えているでしょうが、後者であった場合は、騎士団の到着が続く犯行の歯止めになる可能性も高い」

「ふむ。そうですな……」


 やや細い顎に手を遣り、村長が思案する様を見せる。俺は安堵し、緊張をほぐすように軽く首を回した。


 正直なところ、ここが勝負所だと思っていた。

 殺害が人の手により行われたことは明らか。だが犯行者が村内部の者か外部の者かはまだ分からない。この現状を権力者である村長が理解するか否か、そこが肝だったのだ。

 頭の固い部族長であれば、村人が殺人行為に手を染めたことを不名誉に感じ、かたくなに外部犯説を主張する可能性もあった。そしてその場合恐らく、村内の調査は許可されない。


「お尋ねしてもよろしいですかな?」

「何なりと」

「トキ殿と仰いましたか。何故村内の調査を? そんなことをして、貴方に何の得が?」


 当然の疑問だろう。ここへ来る前、実はタニアにも同じことを言われた。

 犯人捜しなどすべきでない。アトリアの使節団が来るまで、目立たず大人しくしているべきだ。

 正しく、賢明な意見だろう。

 だが分かっていない。俺は探偵。鴇慎一郎は探偵なのだ。眼前に謎があれば挑む。進む道に謎があれば解き明かす。探偵とは、そういう生き物なのだ。


「何、ちょっとした宣伝ですよ。私の店は王都でこそ有名ですが、ルイ・グウェン以南の街や村ではほとんど名が知れていない。故に力量を証明したいのです。不謹慎とお思いでしょうが、これは双方にメリットのある話。使命感や正義感を持ち出されるよりも、よほど信用できるでしょう?」


 タニアが微かに吐息を漏らし、村長が唸る。隣に立つ息子に目配せし、それからゆっくりとした口調で俺に告げた。


「まあ、いいでしょう」


 またタニアのため息。やはり彼女は、俺が悪目立ちすることを懸念しているようだ。


「積極的な協力はしかねます。しかし調査自体を止めはしません。もしも貴方がダルクを殺した者を捕らえたのなら、幾らかの謝礼も支払いましょう。それでよろしいか?」


 願ってもない。俺は深く頭を下げ、村長に礼を述べる。タニアがそれに倣い、やはり隣で頭を下げた。席を立ち、キカなる男に見送られ村長宅を辞す。

 戸口から屋外へと足を踏み出せば、隣からは三度目のため息。村長はやはりそれなりの権力者であるらしく、村民であるタニアは随分と緊張していたようだった。


 村道を北へと向かって歩きながら、タニアとぽつぽつと言葉を交わす。このまま北東方向へ向かえばリゼリーの家がある。宿へと戻るのならば村長宅から真西へ向かうのが正しいが、俺の提案で村北部を大回りすることとなった。森へ向かったリゼリーが戻ってきているかどうか、確認するのが目的であった。


「あれは?」


 リゼリーの自宅付近へと辿りついたときのことだった。シャドウエルフの居宅前に広がる小さな草地。一人の男が、瓶に詰めた濃色の液体を地面へと撒いていた。


「グリシュさんですね。狩りの途中のようですが……」


 タニアが答え、俺は男の顔を注視する。思い出した。リゼリー宅へ押しかけていた三名のうちの一名だ。遺体発見時にも現場に来ていたが、特に言葉は交わさなかった。


「こんなところで狩りを? 村内だぞ?」


 厳密には、村と森との境目あたりだ。男は液体を草地に撒いては、しゃがみ込んで何かを確認するを繰り返している。


「手傷を負った魔物の逃げた先を確認しているのだと思います。狩人の方がときどきやっているのを見掛けますよ」

「確認? 具体的にはどうやるんだ?」

「えっと、クポの実の果汁を撒くんです。クポの実の果汁には、血液に反応して一定時間発光する特性があるんです」

「何……?」


 クポの実の果汁。その発光特性。ダルクの前面胸部には、クポの実の果汁が多量に付着していた。つまり矢で胸を射貫かれた際、噴出した血液にクポの実の果汁は反応した可能性がある。


「一定時間とは、どのくらいだ?」

「そうですね……。わたしはあまり詳しくありませんが、多分一時間程度かと。いつまでも光り続けたりはしないはずです」

「そうか……」


 事件解決のヒントになり得る、貴重な情報だ。村を大回りしようとしたのは、どうも正解だったらしい。タニアが自分からその情報を提供してくれたならなおありがたかったが、まあ贅沢は言えまい。


「行こう」


 タニアに声を掛け、その場を離れる。

 リゼリーはまだ、戻ってきてはいないようだった。

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