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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 15

 陽光の降り注ぐシェルフウッドの村。行き交う村人等の好奇の視線を身に浴びながら、俺は石造りの家屋に臨む。

 隣には宿の女主人。同行させるつもりはなかったが、本人の申し出で随伴を許すことと相成った。

 タニアの宿と同程度の大きさを誇る眼前の建物は村長の居宅。村の東端に割拠し、後方には森へと続く木々の群れを背負っている。


「村長の名は? できればどんな人物かも教えて欲しい」


 右手の甲で瞼を軽くこすりながら、俺は尋ねる。周囲を睥睨するようにしながら、欠伸をかみ殺した。


 宿へと運び込まれたエニトなる男に対して、タニアは火行の魔法を以て対処してみせた。

 対象者の興奮を煽り凶暴性を上昇させるという炎の魔法には、どうやらアドレナリンの投与に似た効果があるらしく、男は呼吸を荒らげ痙攣していた男は、しばらくして落ち着きを取り戻した。

 中断していた魔法学講義は、男を客室のベッドへと寝かせた後に再開。俺が魔法についていつまでも質問を重ね続けたこともあり、一時間以上も続くことと相成った。


 七曜に分される計一〇種の魔法。俺はその大半を知識として理解した。

 魔法はどれもが、特定状況下に於いては奇蹟のごとく有用で、特定状況下に於いては無用の長物となる、そんな存在であった。

 そして結論を述べれば、プロテクション以外にダルク殺害事件と関わりの深そうな魔法は存在しなかった。


 部屋の扉を対象とすることで条件を満たさぬ者の出入りを禁じる魔法。風を操ることで遙か遠方へと布きれを飛ばす魔法。複数の刃物を中空に出現させ、目標に向けて勢いよく飛ばす魔法。いずれもが、今回の事件とは無関係に思えた。

 勿論タニアが俺の眼前で使ってみせたように、つまりは興奮を煽る魔法がアナフィラキシーショックの治療に役立ったように、シンプルな魔法に存外の使い道があるというケースもあるだろう。だがこればかりは、実施にその魔法をこの目で見ないことには、想像がつかないように感じられた。


 やや緊張した面持ちのタニアに笑いかけ、俺は小さく息を吐く。村人の一人が遺体で見つかった直後であるためか、村内は僅かながら慌ただしくも見える。


「モーガナ・ガナ・ガラン様です。村内では最もお年を召されていますが、それでも、しっかりした方です」

「前村長は少し前に亡くなったんだったか?」

「ええ。二年前に森で魔物に襲われて。山菜採りの最中だったそうですが……。その話はリズから?」

「ああ。良い人だったと言っていた」


 答え、視線で以てタニアを促す。茶髪のエルフは頷くと、一歩進み出、家屋の入り口と思われる木戸を右手の甲で軽く叩いた。

 少しして、室内で人の動く気配が漂う。俺とタニアとは、戸が開かれるのを黙って待った。


 ここへやってくる前、例の草地を覗き込んでみた。血溜まりこそそのままであったが、既に遺体はそこになく、草原は不可思議に陰鬱な雰囲気を纏っていた。どうやら村長等がどこかへと遺体を動かしたらしい。捜査機関の存在しない世界ならではの、雑な対応であるとそう感じた。


 タニアの言によれば、エスメラルダに於いて国内各地での事件捜査を請け負うのは、王都に在居する女王国騎士団。要請に応じる形で現場へと赴き、事件解決を図る。

 だがどうも、騎士団によって捜査らしい捜査が行われることは希であるらしい。最低限の聞き込みのような行動はとるそうだが、逆に言えばそこまで。犯罪行為が確認された場合に於いても、最も怪しい者が問答無用でしょっ引かれることが多いようで、つまり大抵の場合、犯人は近隣住民等の噂話や、あるいは話し合いによる結論で決定されてしまうらしい。


「危なそうだな」


 俺の曖昧な発言を正しく理解した賢明なタニアは、悲痛な表情で先ほど答えた。リゼリーが危険だと。


 シャドウエルフの忌み子。嫌われ者のリゼリー・リム・リーグウェン。このまま騎士団が村に召喚されれば、リゼリーが容疑者として連行される可能性は十分にあるらしかった。


「リズが人殺しなんて、あり得ないと思います」


 これはタニアの言。言葉には応えず、俺は足を進めた。俺の回答は、恐らくタニアを不快にさせるそれであったろうためだった。


 リゼリーは人の良い女だ。凜々しく美しく、しかし年齢相応の幼さも備えている。二度ほど肩を持ってやったのが原因なのか俺を慕ってくれているし、助手になりたいなどと言い出すあたりも好ましく思う。数年前の黛を思い起こさせ、懐かしい心持ちに誘われる。


 だが全ての結論は、論理の積み重ねの果てにあるべきという考えは変わらない。

 俺はこれから、可能な限りの事件捜査を行う。論理を展開し、推理魔法を詠唱し、犯人の名を必ず探り当てる。そしてもしも、その犯人の名がリゼリーのそれに一致したならば、彼女を糾弾する。

 罪を犯した者が、刑罰から逃れることは許されない。許してはならない。たとえその人物が、どれほどに優しく美しくあろうともだ。


「ところで、リズは……?」

「恐らく森だ。ひとつ頼み事をしていてな。勇んで出て行ったよ」


 宿でタニアと話している間に戻ってくる可能性も考えていたが、どうやら多少時間を要しているらしい。今のところ、彼女が帰還した様子はない。


「そういえばシンイチロウ、リズと随分仲良くなったのですね」

「助手になりたいらしい。王都での働き口を探しているようだ」


 眼前の戸が一向に開かれないため、タニアと言葉を交わし続ける。

 リゼリーの俺に対する認識を、タニアと共有しておくのも必要なことだった。


「シンイチロウ、それは彼女を騙していることになるのでは? 貴方はアトリア使節団の保護下に入るのでしょう? 今どれだけ貴方に尽くしたところで、リズは探偵の助手にはなれません……」

「その通りだ。だが彼女の目的は王都での生活手段を確立することであって、俺の助手を務めることではない」

「ですからそれができないと……」

「たたき込む。事件はすぐに解決してみせる。解決したら、リズには探偵術を仕込んでやるつもりだ。俺の助けなどなくとも、王都で探偵業をやれるようにな」


 数日でどうにかなるものではない。本来ならば。

 だがここはアーガント。現代日本と異なり、専門の捜査機関ではない騎士団が事件捜査を行うような場所だ。探偵職自体も、存在しない可能性が高いだろう。日本で初めて探偵が姿を現したのは一九〇〇年頃。電力よりもその出現は遅かった。

 つまりアーガントでは、探偵業を生業とするためのハードルが低い。つたない探偵術であっても、それは立派な技術と称されるだろう。他の誰も、その技を持ってはいないのだから。


「……タニアか」


 家屋の戸が開き、壮年の男性が姿を現した。先刻の事件現場では見なかった。口ひげを蓄えた、精悍な顔つきのエルフだった。事故にでもあったのか、どうやら右手をなくしているようだ。某童話の船長のそれに似た、フック状の義手が右手に取り付けられている。


「失礼します。村長殿はいらっしゃいますか」

「その男は?」


 タニアの問いには答えず、口ひげのエルフは言う。タニアが口を開くより早く、俺は一歩前へと進み出た。


「シンイチロウ・トキと申します。王都で事件調査を専門に請け負う店を開いています。ご覧の通り人間ですが、お役に立てるかと思い立ちお伺いしました」


 名を逆にし、事務所は店と言い換える。リゼリーとの会話で学んだ通り、俺は名乗り頭を下げた。


「信頼できる人物です。ダルクさんの件で、わたしが協力を依頼しました。それで、村長殿は……?」


 やや思案するような様を見せた後、男は家屋の奥へと引っ込んだ。少し待ってくれと告げ、姿を消す。俺達を招き入れて良いか否か、村長に伺いを立てに行ったのだろう。


「村長の息子さんで、キカさんです。右手は魔物に。二年ほど前のことです」


 男が消えてすぐ、タニアが素早く囁いてくれた。頷き、男の帰りを待つ。だがしばらくして戻ってきたのは男ではなく、事件現場で膝をついていた老人だった。村長だろう。


「入りなさい」


 手招かれ、礼を述べて室内へと足を踏み入れる。

 玄関から流れるやや冷えた空気が、頬をくすぐって心地よかった。

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