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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 14

 数百年前のこと。

 大陸アーガントには、全土に広がる巨大な魔法文明が存在していた。大気中には豊穣な魔素が漂い、それらを用いることで、人々は魔法を自在に使用した。

 灯りも乗り物も、国家間の戦いにて行使される軍事兵器も、全ては魔法によって形を成していた。動作していた。

 日々多くの新たな魔法が生み出され、人々はその恩恵に預かった。今とは構成を異にする大陸の国々は、魔法によって発展し、魔法によって運営されていた。


 百年以上に亘り繁栄し続けた魔法文明は、やがて円熟期を迎えた。開発しつくされた魔法は進化の歩みを止め、より平易な、より簡素なそれへと変わっていった。


 幼児ですらも魔法を行使する大陸の在り方は、まさに魔法に依存したそれだった。魔法は当たり前に存在するものであり、永劫大陸を支えるものであるはずだった。


 為政者達は、あるいは研究者達は、しかし気づき始めていた。魔法の行使が容易になればなるほど、魔法を使う者が多くなればなるほど、大気中の魔素は激しく消費されていくことに。


 魔素が枯渇し始めたのは、文明が円熟しやはり百年ほどが経った後だった。木々から草花から生成され続ける魔素は、徐々に徐々に減少の途を辿った。ひとえに消費量が、その生成量を上回ったがためだった。


 魔素が枯渇し始めてからの、文明の衰退は早かった。魔法に全てを委ねていた国々は歩む道を失い、力と民とを減らしていった。


 数多の灯りが煌めいた夜の街は、漆黒の闇に沈んだ。

 無限に発射され戦場を赤く染めた火球弾は、投石機と無骨な岩へと変わった。

 失われた魔素は容易には戻らず、文明は文字通り瓦解していった。魔素なしには存在することすら許されないほど、国々は魔法に依存していた。


 魔法文明の崩壊からさらに数百年が経った。

 エスメラルダ女王国が建立されたことを切っ掛けに、大陸は徐々に活気を取り戻した。長らく消費されることのなかった魔素は再び大気に溢れ、文明は再び文明らしく形を成した。


 だが新たなる文明には、魔法が存在しなかった。かつて人々の生活を彩った数多の魔法群は、その詠唱技術は、既に失われて久しかった。


「大陸各国は、かつての詠唱技術を取り戻そうと、競うように研究を進めています。失われた詠唱文を復元し、かつて存在した魔法を、再び行使できるようにする。そのために、多額の研究費を投じているんです」

「つまり日行や月行の魔法は、今のところ一つも復元に成功していないということか」

「そうです。詠唱文……我々は呪詞(じゅと)と呼んでいますが、呪詞の復元が進まず、未だ不明なのです。だから詠唱できません」


 タニアは言い、話疲れたのか少し俯く。紅茶の淹れられたカップを手に取り、軽く舌先を湿らせるようにした。


「他の行はどうなんだ? 復元はどの程度進んでいる? 現在行使可能な魔法は、全部でいくつ存在している?」


 肝心なのはそこだ。その知識を得て初めて、俺は事件捜査の土俵に立つことができる。


「最新の研究進捗を確認できる立場にはないので、王都でどうかは分かりませんが……」


 そう前置き、タニアは続ける。


「全部で一〇種類のはずです。火行の魔法が三種。水行の魔法が二種。木行の魔法が二種。金行が一種に、土行が二種です。シンイチロウの白行の魔法を除けば、ですが」

「全一〇種。そうか……」


 思った以上に少ない。火行と木行の魔法については既に一つずつ見ているため、新しく内容を確認しなければならないそれは僅か八種だ。事件捜査を目的とするならば、これは良い傾向と言えるだろう。


「一〇種全ての魔法について、君は把握しているか? タニア」

「ええ。一応……」


 ついている。この場でタニアに話が聞ければ、すぐにでも事件に関する聞き込みに移ることができる。殺人者の目的は不明だが、いや、不明だからこそ、行動は早いほうが良い。まごまごしているうちに、次の被害者が出ないとも言い切れない。


 狩人ダルクがどのように殺害されたのか。突発的な犯行であったのか、あるいは計画的な犯行であったのか。まだ何一つ分かってはいないのだ。

 仮に件の事件が計画殺人であった場合、二人目、三人目の被害者が出現する可能性も否定しきれない。


「炎の魔法は、全部で三種です。シンイチロウにも見せたファイアボール。他に、もう少し広範囲に火を放つ魔法と、人に対し用いることで、興奮を煽り、凶暴性を上昇させる魔法が存在します」


 タニアの言葉を頭の中でイメージに変換しながら、思考する。凶暴性の上昇と広範囲の延焼。今回の事件には、少なくとも後者は無関係だろう。

 前者に関しては、用いられた可能性もゼロとは言えない。凶暴性の上昇とやらがどの程度のものかは不明だが、その魔法を用いることで、例えば小柄な女性が男性である被害者と取っ組み合いを演じることも可能になるかもしれない。


 だがこれは、あくまでも可能性の話だ。ダルクが誰かと争った痕跡は今のところ見当たらない。少なくとも、事件解決のための重要なヒントにはならなさそうだ。


「水の魔法は二種類。人の頭部ほどの大きさの球形の水を出現させる魔法がひとつ。それから傷を癒やす魔法がひとつです」

「球形の水は何に使う? 魔物にぶつけて追い払うのか?」

「いえ。球形のまま投擲することもできますが、威力はさしてありません。誰かを害する目的では使えないかと。火を消したり、そのまま飲み水にしたり、使い方はいろいろとありますが……」

「なるほどな」


 事件と何か関係があるようには思えない。使えるとしたら傷を癒やす魔法だろうか。仮に殺人者が犯行時や工作時にどこか負傷したとしても、水行の呪印の持ち主であれば、その痕跡を消すことができる。


「治療できる範囲は? 大怪我をしたとしても、治すことができるのか?」

「いえ、そう大したことはできません。ちょっとした切り傷や擦り傷であれば、ですが綺麗に消せますよ」


 外れと考えていいだろう。容疑者を増やす理由にはなっても、絞り込む理由にはならなさそうだ。やはり事件と関係がありそうなのは、例のプロテクションとやらだろうか。


「次を……」


 続く木行の呪印について解説を頼むべく、俺が口を開いたそのときだった。

 玄関口付近からどたどたと木を打つような音が聞こえ、俺とタニアは同時に動きを止めた。

 靴音を響かせながら食堂入り口へと姿を現したのは一人の男。随分と焦った様子で周囲を見回すようにし、やがてタニアへと視線を固定する。


「エニトが倒れたっ。急いで見てくれっ」


 中空へ多量のつばを飛ばしながら叫ぶのはまだ若い男。そのエニトとやらをどうやら連れてきているらしく、食堂内からは壁に阻まれ視認できない玄関口を、しきりに指さしている。タニアが椅子から立ち上がり、男のもとへと駆けた。


 タニアに続いて受付カウンターの前へと出る。しゃがみ込むタニアの前には、男が二人。一人は立ち、もう一人は寝そべり目を見開いている。いずれも記憶にない男だった。


「ティティパの果肉だ。すまねえ、うちで食わせちまった。うっかりしてて……」


 額から玉のような汗を垂らしながら、立っている方の男が言う。エニトなる男はしゅるしゅるとノイズ混じりの呼吸音を響かせながら、やや小柄なその身体を、時折ひくひくと痙攣させている。


「アナフィラキシーショックだ。対処できるのなら、急いだ方が良い」


 ティティパの果肉とやらについても、エニトなる男についても俺は知識を有してはいない。だが症状から、これがアレルギー反応であることは推察できる。どうもそのあたりの身体構造は、人間もエルフも似たようなものらしい。

 タニアは俺の言葉には応えず、立ち上がりカウンターの裏へと回ると、床に置かれた籠の中をまさぐり始める。どうやら彼女は、何か対処法を有しているようであった。

 多少安堵し、俺は自身の額へとそっと手を遣る。


 事件の捜査には、まだまだ移れそうもない。

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