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推理は魔導に相似する  作者: 伊吹契
第1章 エルフの村の殺人
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出題編 9

 リゼリーを伴い村を回る。時刻は恐らく午前一〇時頃。手元に時計がないため、正確なところは把握できない。


 周囲に視線を遣りながら、二人並んで村の外周部を歩く。俺の右手には大きな麻袋。中には獣脂の詰まった瓶が三つ収められている。リゼリーの居宅を訪れた本来の目的は獣脂の受け取り。村を回るついでに、タニアの宿へと立ち寄り獣脂を届けることにした訳だ。


 時折茂みの中や家屋裏に積まれた木箱の陰などを覗き込みながら、俺とリゼリーは足を進める。そんな場所にダルクなる人物が潜んでいるとは到底思えないが、シェルフウッドの村はさほど広くない。慎重に調べながら進まなければ、あっという間に回り終えてしまうのだ。


 リゼリーは自身が疑いの目を向けられている状況をさして深刻に捉えていないのか、終始上機嫌。探索が楽しいようで、シンイチロウシンイチロウと時折名を呼んでは、拾った木の実などを見せようとしてくる。

 子供のようにはしゃぐシャドウエルフに適当に相槌を打ちながら、俺は自身の呪印について考えを巡らせていた。


 俺が現在幾つか所有し、またリゼリーの革袋にも数個収められている魔行石。リゼリーやタニアの行動を考えると、魔法の行使には魔行石を手折ることが必要であると想像できる。

 魔行石を折ることで中空に飛散する青い粒子。あれが魔素だろうか。

 リゼリーはプロテクションなる魔法を詠唱する際、魔素が無駄になるなどと口にしていた。俺がその直前に折ってしまった魔行石から飛び出した魔素。あれはしばらく放置することで恐らく霧散してしまうのだろう。故に、リゼリーは折角出現した魔素を有効活用しようと魔法の行使に踏み切った。そう考えるとつじつまが合う。


 問題は、魔行石から魔素を取り出した際に俺の頭に浮かんだ五つの魔法だ。

 タニアによれば、魔法は呪印をその身体に持つ者だけが顕現することのできる奇蹟。リゼリーの居宅で俺の頭に浮かんだ五つの魔法は、胸にある白行の呪印とやらの影響で行使可能となる魔法群と考えるのが正しいだろう。


 顎に手を当て、足を進めながら考えを纏める。

 魔法という不可思議。脳内に流れ込んできた五つのイメージ。祝詞のような詠唱文までは記憶しきれなかったが、白行の呪印が行使させる魔法が如何なるものであるのかは、概ね理解することが出来た。いずれもが、詠唱者の真実への到達を後押しする類のものだ。

 医療魔法の使い手は大陸を疫病から救った。研磨魔法の使い手は鈍色の雨から、調練魔法の使い手は半人半馬の魔物から、それぞれに大陸を救った。

 ならば推理魔法の使い手は、一体何から大陸を救うのだ。


 過去に倣うならば、恐らくやって来るのだろう。推理魔法が顕現する奇蹟を用い、何かに抗さなければならない瞬間が。そのために俺は、この世界へと呼ばれたのだろう。


「シンイチロウ」


 近い距離から名を呼ばれ、とっさに振り向く。眼前にカブトムシにも似た妙な昆虫の六本足が蠢き、驚いて飛び退いた。けらけらと声を響かせ、昆虫の腹あたりを指でつまんでいたリゼリーが破顔する。どうやらつまらないいたずらに付き合わされたようだ。

 少し気が抜けたような思いがし、思わず俺も笑みを浮かべる。


 運命の押しつけ。身勝手な召喚。

 己の置かれた状況に、俺は怒りのようなものを覚えていた。だが考えてみれば、悪いことばかりでもない。


 森で目覚めて最初に出会ったエルフの娘は、親切心に手足が生えたような人物だった。

 その森で俺と娘とを救ったシャドウエルフの娘は、獣脂臭いながらも、俺を慕い共に行動することを喜んでくれるような気の良い人物だった。

 彼等の有する価値観に、現代日本に生きる俺との致命的な乖離がないのも考えてみれば幸運なことと言えるし、シェルフウッドの景色はただひたすらに美しい。


 そして何よりも。


「なあ、探偵ってのは、普段何をしているんだ?」

「つまらない調査ばかりだよ。夫婦の一方からの依頼でもう一方の後をつけ、浮気の証拠を握ったりな」

「う、浮気……? な、何だか大変だな……」

「そうでもないさ。つまらないのは認めるが……」


 事件が俺を待っている。


 探偵として、魔法の力を頼ってでも解決しなければならない事件が、進む道で俺を待っているのだ。

 不謹慎なのは十二分に承知している。だが俺は探偵だ。待ち受けるそれが難事件であるならば、挑まされる運命に、どうして喜びを感じずにいられようか。


「なあシンイチロウ。その、シンイチロウの店は、繁盛しているんだろう?」

「店……? ああ、事務所のことか。そうだが、それがどうかしたか?」


 そういえば、そういうことになっているのだった。

 実際のところ、御徒町の事務所は閉鎖寸前だ。閑古鳥が部屋中を飛び回り、僅かな収入すらも食い尽くしてくれる。先月には一度ガスが止まったし、家賃の支払いは数日遅れるのが常態化している。


「人手は、その、足りているか……? わたしはさっき見せた通り、木行の魔法が使えるぞ? 弓の腕には自信があるし……見ただろう? わたしの弓なら、浮気者だって一撃で仕留められるぞ」

「いや、仕留められても困るが……」


 どうも王都に移住したいというリゼリーの思いは本物らしい。俺の事務所で雇われることを望んでいるようだが、まあ、この村での立場を考えればそれも当然かも知れない。

 俺と親しくなった今は、シャドウエルフの娘にとって王都での仕事を得る絶好の機会であるわけだ。


 言葉を交わしながら歩く俺達は、気付けば村はずれまでやって来ている。シェルフウッドを長方形とするならば、北東にあるリゼリーの居宅のちょうど対角。南西のあたりだ。

 眼前にはちろちろと水音を響かせる小川。橋の向こうに細い獣道があり、森の中へと続いている。獣道の向こうに多少開けた草原があるのが、木々の様子から見て取れる。

 獣道から少し北にずれた場所、タニアの宿から南に幾らか下った場所には、木材で組まれた見張り台のようなものが立っている。梯子を使って登るらしく、梯子の周りを数名の男が取り囲み、村の警備に関する打ち合わせか何かだろうか、言葉を交わし合っている。


「仮の話だが、リズ」


 隣で自身の有用性を必死に主張するリゼリーの顔を見、やや真剣な調子で俺は告げる。

 鼻孔をくすぐる刺激臭。そしてその中に微かに感じる鉄の匂い。


「村で人死にが出た場合、通常どういった処置をとる?」

「人死に……?」

「ああ。村長に伝えるのか? それとも、女王国騎士団とやらに早馬でも出すのか?」


 全身に走る緊張感。それがやや迂闊な台詞を口にさせる。

 女王国騎士団とやら、はよろしくない。俺はリゼリーにとって、王都の人間なのだ。恐らく王都は、女王国騎士団のお膝元だろう。

 俺の緊張感を理解したのか、リゼリーはやや声を低くし、真剣な面持ちで答える。


「まずは村長に連絡することになっている。騎士団へ連絡するか否かは、村長が決める。騎士団への連絡に馬は使わない。木行の魔法で文を飛ばす」

「そうか……」


 橋を越え、獣道へと身を滑り込ませる。怪訝な表情で、リゼリーが俺の後に続く。


「待ってくれシンイチロウ。この先に進むならわたしが前だ。草原があるが、ハイエナオークの巣窟になっている。夜行性だから、今はいないかもしれないが……」

「ハイエナオークね……。だが気付かないか? 酷い匂いだ」

「匂い……? 言われてみれば、確かに臭いような気もするな……」


 驚いてリゼリーの顔を見る。隙とばかりに、シャドウエルフの娘は俺を追い抜かし前へと進み出た。


「リズ、もしかしてだが、鼻が悪いのか?」


「獣脂まみれの生活を送っているからな。嗅覚は随分前から麻痺気味だ。ここは、そんなに臭いのか?」

「獣脂に似た刺激臭と、血の匂いが漂っている。なかなか強烈だよ」


 二人前後に並び、獣道を通り抜ける。ややあって、開けた場所へ出た。


「っ……」


 リゼリーが息をのむ。華奢な両肩がひくりと震え、長い足は動きを止める。娘の尻を押しのけるようにして、俺は再び前へ進み出た。


「リズ」


 直径にして二〇メートルほどの円形の草原。周囲を囲む背の高い木々が日差しを遮るのか、やや冷えた空気が漂っている。


「俺の事務所で雇われたいと言っていたな。ならば、まずは役立つところを見せてくれ」


 血溜まり。血溜まり。血溜まり。

 草原の中央に割拠する圧倒的な赤と、その中央に倒れ伏す一人の男。漂う刺激臭と、強烈な血の匂い。ダルクなる狩人と見て、まず間違いはないだろう。


「村長を呼んでこい。今すぐにだ」


 低く響いた自身の声が、中空を走り冷気を震わせる。

 事件は随分と早く、俺を見つけたようだった。

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