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秋の桜子の物語集

お人形の夢と目覚め

作者: 秋の桜子

 人の世を、その都度姿を変え、自身に宿りし魔力を使い、ぬらりくらりと生き延びている、独りの魔法使いがいた。


 ある時は魔法使いとして、その名を世界に轟かせ好きに生き、そして、受け入れられぬ世界になると、


 姿をぬるりと変え、一国の権力者として秘められた力を使い、富と名声を一手に集め、放埒に生きてきた。


 やがて人の世の枷を感じると、くらりと姿を再び変え、全てを放り投げ棄て、その場から姿を消す……仕えて、称えてくれし者達の訪れるであろう、困窮等気にもせずに……


 そして新たな姿で何事もなく、何処かにひゅるりと、現れる。人の世を嘲笑う様に現れる。


 退屈凌ぎに、世界をかき回し、人心をみだし、荒らすだけ、荒らすと不意に姿を消す魔法使い。


 そして、ひゅるりと、風を吹かして現れる。


 ぬらりくらりと、それを繰り返し、世を流れていた。過ごす時を享楽のために道を創り、嗤いながら過ごす独りの魔法使い。


 ×××××…


 魔法使いには、一人の娘がいた。果たして『娘』と言えるのか……それは、彼の『作品』だったからだ。


 彼は長く生きている間に、色々なモノと交わり、人として妻を得たことも数限りない。しかし、しょせんは相手は限りある泡沫の者。


 愛でる美しさも若さも、彼の時にはただの一夜。なので、彼はある時より、一つひとつ集めて行った。


 その『彼の目的のモノ』を持つ人間に、願いを叶える変わりに『それ』を寄越せと甘く囁き、集めて行った。


 美しく有れば男女問わない。理想とする『モノ』を丹念に選び、ゆるりと時をかけ揃えて行く。


 人が美しいと称える、肌を髪を、瞳を唇を……声を身体の部位を、暇に任せて集める。


 しかしそれだけでは、動かぬ『人形』なので、より大いなる望みと引き換えにして、強欲な両親から、産まれて間もない彼等の赤子の『無垢な魂』を


 戦乱に、嘆き悲しむ篤実な神父からは、例え欺瞞で有ろうとも、彼の目の前だけに広がる、平和な世の中を創る事と、引き換えに『思慮深き英知』を


 人の持ち得るモノを、一つ一つ収集して行ったのだ。そして造り上げた『作品』彼の『娘』『息子』でも良かったのだが、娘となった。


 彼はそれを、ゆるりとゆるりと組み立て、名を与えた。


 ×××××


「お父様、お帰りなさいませ」


 美しい娘『ガラテア』が、外出から戻りし魔法使いを迎える。


 たおやかで、善良で、利発、従順、そして清らかなる魂の持ち主、それが彼女、魔法使いの娘。


 元人間だった事など、とうに忘れてしまっている魔法使いだが、人が『美』と言うものを、つらつらと、暇に任せて、集めに集めた集大成である。


「うむ、変わりはなかったか」


 はいと答える彼女。そしてわざに、彼女が作った夕食を共に取る魔法使い。


 身の回りの事は全てを、使役する者達に任せているのだが、屋敷内で退屈しているガラテアが、たっての願いでそれに関わっている。


「今日は、豆の煮込みをお作りしましたの」


 と嬉しそうに話す娘。二人共に食事はあまり意味の無い行為、あってもなくても良いのだが、


 退屈凌ぎの『親子ごっこ』をしている為に、とりあえず食事の時間、お茶の時間、というものが存在している。


 仕えるメイド姿を与えている『モノ』達が、給仕の中を、優雅にゆるりと『食事ごっこ』をする二人。


 今は魔法使いの趣味で屋敷内は『中世ヨーロッパ時代』風な時の流れを作っている。


 白いクロス、揺らめく銀の燭台の灯り、飾られた深紅の薔薇の花……


 お互い席に着き、彼女の手作りの豆の煮込みを口に運ぶ一時(ひととき)


「お父様、お口にあいまして?」


 娘の無邪気な問いかけに、笑顔で頷く魔法使い。そして娘は、最近デザートにも興味を持ったのか、今日はプラムプディングをお作りしましたの、と嬉しそうに話す。


 そして、席を立つと食堂へと運んできたメイドから、それが乗せられたトレーを自ら受けとり食卓へと並べる。


 東洋から手に入れた、美しい模様が描かれている皿に乗せられた、プディングはブランデーでフランベしてあるのか、良い香りが漂う。


「お飲み物は、マルドワインをお作りしましたの」


 温めた赤ワインに、シナモン、グローブ、オレンジに、シュガーも入れてますのよ、寒い時には良いと思いますの。


 暑さ寒さ等、関係無い二人なのだが、そこは退屈凌ぎ、そして彼女はそうそう、仕上げにとクリスタルの瓶を取り出すと、一、二滴透明な液体をそれに入れる。


「レモンのエッセンスですのよ、仕上げに少し入れると、良い香りがしますの」


 いそいそと、飲み物の器に添えてある、シナモンスティックで軽く混ぜると、魔法使いに手に取るよう勧める。


「良い香りがするね、そうか、今日は聖夜だったね」


「ええ、一応人間の真似事ぐらい、しなくてはと思いましたの」


 笑顔で頷き、グラスをあわせる偽りの親子。


 先ずは娘が一口それを飲む。そして、満足そうな彼女の様子を目にすると、魔法使いも一口飲む……


 ×××××


「お父様、プディングを、召し上がって下さいませ」


 娘が魔法使いに、勧めている。ああ、と答えるが、彼はどういう訳が何故なのか『睡魔』が訪れていた。


 あり得ない事なのだが、それはとても魅惑な感覚……ゆるやかに身体に染み渡る、トロリとしたモノ。


 それに身を任せる。何が起きているのかは、分からないが、危うい気配は感じられない。なので、


 漂うそれに自然と飲み込まれるように、ひとときの時を止めた魔法使い。


 それを静かに、しかしその綺羅な両の瞳に燭台の妖しく揺らめく灯りを写しつつ、ひとときを待つ、娘ガラテア。


 そして、お父様と声をかける……返事が無いのを確認する。そして音なく席を立つと、愉快そうに笑いながら、父から目を離さず、密やかに言葉を放つ。


「ふふ、他愛の無いこと、日々お食事に忍ばせて来た『聖水』そして今日は聖夜、上手くいきましたわ、皆は動かないで」


 ガラテアは、マルドワインを手に取ると、一息に飲み干す。その様子を伺うメイド達、


 お嬢様、どうされます?と声をかける、


 主から彼女に逆らう事は、許さぬと命を受けているモノ達は、主の危機にも動く事はない。


「ひとときお眠りになられてるだけ、直ぐに起きられてよ。でも、そのひとときで私は充分」


 ガラテアは妖艶に微笑むと、食卓の上に並べてある、銀のナイフを燭台の揺らめきにかざす。


 そして椅子に座る魔法使いの背後に回ると、その耳元へ、深紅の唇を寄せて甘く囁く。


「ねぇ。お父様、私にクリスマスプレゼントを下さいませね……」


 お人形さんは、飽きましたの、夢を見てきましたわ、私は今のままでは、このお屋敷から出れませんもの、ですから、そろそろ目を覚ましたいのです。


 とそう告げると、ナイフを振り上げ、魔法使いの首元のへと突き立てる。


 それを伝い彼女に流れ込む『魔力』そしてある程度すると、ナイフを引き抜き、なに食わぬ顔で治癒をかけるガラテア。


 そして、席に着く。素知らぬ顔をして、やがて目を覚ます魔法使いを眺める。


 目を覚ましても、自身の力がおちていても、何も分からぬ様に、術をかけれる様に、


 思慮深き英知を秘めた娘は、先程自身に取り込んだモノの量を、彼より上にしているのは、言うまでもない。


「私の術者ですもの、全てを奪うと、なかなか厄介ですからね。先ずはお父様に習い、外を知らなくては」


 ガラテアがそう呟く。その時魔法使いが、ひとときの夢から覚める。何とも言えない爽快感が彼を包んでいた。


「何だ。ひととき何とも言えない、気持ち良さが訪れていたような……」


「あら?気がつきませんでしたわ、お休みになられてましたの?」


 頭に手を当て、ふると振るう魔法使い。そして、そんな訳は無いだろう、と娘のあどけない言葉に笑う。


 そしてああ、そういえば人間達は、聖夜には家族に、贈り物をする。何がいいかと、娘に問いかける。


「美味しい飲み物のお礼だ」


 そう言いながらグラスを手に取ると、冷めてますから、およしになって、と止めるガラテア。


「新しいのを運ばせますわ、今日は聖夜、ゆるりと温まりましょう、お父様、そして贈り物ですけど……」


 何がいいか、と笑顔を向ける父親に、そうですわね……自分で『選んで』みたいですわ、


「なので、夜が明けたら、私もお父様と『街』へと出てみたいですわ」


 と無邪気に答える娘。それに対して、魔法使いは何の不審もなく了承をする。


 娘は偽りの存在、魔力を持たない限り『外』へと出たら、その存在が『霧』となり消え去る。


 その事を、忘れ去れたか、術をかけられたか……


 何もおもわず、他愛の無い願いだと笑う、魔法使い、それに、満足そうな笑顔を向ける、娘ガラテア。


 二人は、再びメイドが運んできた、温かく香り高いマルドワインのグラスを、カチンと合わせた。



 笑顔で視線を交わす、父親と娘。



 何事もない、静かな清らな時が、深紅の薔薇の香りと共に、部屋にみちている。



 銀の燭台の灯りが、ゆらゆらと妖しく揺らめく。



 それを眺めるガラテア、父の笑顔が正面にある。彼ににこりと微笑む。そして想う。




 ――そして時がたち、いつか訪れる…聖夜には、取って置きのプレゼントを私に下さいませね、お父様。

































































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