最終楽章 「終幕~槍よ舞え!我が個人兵装はレーザーランス~」
開け放たれた大扉の奥から、軍靴の足音がバタバタと響いてきました。
正しく、待ち人来たりですね。
「お疲れ様です、生駒英里奈少佐!」
そうして駆け込んで来られたのは、担架を担いだ警官隊と、アサルトライフルを装備した特命機動隊の方々でした。
マリナさんからチュパカブラ駆除完了の報告を受けて合流したのでしょう。
特命機動隊を率いているのは、装甲人員輸送車で私を励まして下さった、天王寺ハルカ上級曹長でした。
恐らく今頃は江坂芳乃准尉によって、大浜歌劇団北組の皆様に事情の説明がなされているのでしょうね。
特命機動隊曹士が手にしているアサルトライフルのアドオングレネードを注視致しますと、液体窒素入りの凍結弾が装填されているのに気付かされるでしょう。
遠からず吸血チュパカブラの死体が凍結処理され、この悪臭とも御別れ出来ると思いますと、ホッと致しますね。
「お疲れ様です。吸血チュパカブラは和歌浦マリナ少佐と吹田千里准佐の攻撃により、生命活動を停止しておりますが、細心の注意を払って、凍結処理と搬出にあたって下さいね。」
「はっ!承知致しました、生駒英里奈少佐!」
私の前に整列した特命機動隊と警官隊の混成部隊は、一斉に敬礼の姿勢を取ると直ちに、各々の職務に取り掛かりました。
「凍結弾、撃ち方始め!」
特命機動隊曹士の方々が吸血チュパカブラの醜悪な亡骸を包囲するや否や、直ちに引き金が引かれ、アサルトライフルに付けられたアドオングレネードから、数発の凍結弾が発射されました。
こうして命中した部位から瞬く間に、悍ましき吸血チュパカブラの細胞が凍り付いていくのです。
舞台の床に溢れた鮮血も、振りかけられた液体窒素によって、パキパキと音を立てて凍り付いていき、簡単に引き剥がされていきます。
吸血チュパカブラの血液に含まれているかもしれない病原菌も、こうして凍り付いてしまえば物の数ではありません。
凍結した吸血チュパカブラの血液を、武器としても運用可能なシャベルで劇物用容器にすくい上げ、血液の飛び散った箇所を噴霧薬と特殊紫外線ライトで殺菌すれば、後は市販の消毒アルコール液を用いた普通の清掃で事足ります。
こうして液体窒素による白い冷気が立ち込める様子は、さながらスモークによる舞台演出のようですね。
それにしても、大浜歌劇団北組の春公演が無事に再開出来るのは、果たして何時になるのでしょうか。
精神的ショックを受けた団員の方々のケアは勿論ですが、吸血チュパカブラが破壊したセットや小道具の修復も、重要な問題です。
このドラキュラ城玉座の間にしても、吸血チュパカブラが白鷺ヒナノさんを追い回した時の混乱で破壊され、それは無残極まる有り様です。
肖像画は大きく裂け、石膏像やテーブルは粉々に砕け散り、倒れた柱からはベニヤ板の地肌が覗いています。
城壁の至る所に付着した吸血チュパカブラの返り血は、ドラキュラの居城という設定に不気味なまでに調和していましたが、衛生面と安全面を考慮すると、このまま使う訳にはいきません。
今後、大浜少女歌劇団美術スタッフの方々に待ち受ける苦労を考えますと、頭が下がる思いです。
このような思いを巡らせながら、吸血チュパカブラの死体の搬出作業を見守る私に、危機が静かに迫っていたのでした。
液体窒素による白いもやの向こうから、私を目掛けて一直線に飛んでくる、凝縮した邪悪な殺意。
「むっ…!」
私は振り向きざまにレーザーランスを振るい、石突を用いて、飛来した殺意を床面に叩き落としました。
「はあっ!」
続いて、深紅に輝くエネルギーエッジで止めの一突き。
体組織の焼ける異臭を伴って、細い白煙が立ち上りましたが、スモークのように立ち込める液体窒素の冷気と混ざりあい、もう区別がつかなくなりました。
「いかがなされましたか、生駒少佐!」
御手透きの特命機動隊曹士と警官隊が数名、私の方に駆け寄って下さいます。
私が右手を掲げて無事を伝えると、彼女達の視線は私から、レーザーランスのエネルギーエッジが突き刺している代物へと注ぎ直されるのでした。
「なかなかに油断のならない相手ですね、吸血チュパカブラは…」
苦笑混じりの私の呟きに、曹士と警官隊の皆様も無言で頷かれるのでした。
腐肉と見紛うような汚ならしい緑色の肉塊は棒状をしていて、その先端は5本に分かれていました。
それは人間の腕にも似ていましたが、5本の指に生えた鋭利な鉤爪は、コンテナ貨物船の船員達を引き裂いた凶器であると、一目で知れました。
掌にエネルギーエッジを突き刺されて床に縫い留められている緑色の右腕は、肘の辺りにも傷を負っていました。
こちらの傷は、爆ぜたような歪な形をしています。
この時の負傷が原因で、右腕が本体から断裂したのだと知れました。
「ダムダム弾を御使いになったのですね、マリナさん…」
そう静かに呟いた私の目前で、吸血チュパカブラの右腕への凍結処理は、滞りなく成されました。
「御無事で何よりです、生駒英里奈少佐。これで断裂した吸血チュパカブラの死体の回収作業は全て完了致しました。後は床面の除菌処理を残すのみであります。」
天王寺ハルカ上級曹長の報告を受けた私は、今回の「吸血チュパカブラ駆除作戦」が成功を修め、後処理の段階にまで達した事を改めて実感致しました。
ここまでこぎ着けたのなら、特命機動隊と警官隊に一任しても事足りる。
むしろ、上級将校である私達が留まっていては、「見張られている。」という感覚が生じてしまい、特命機動隊や警官隊の皆様もやりにくいでしょう。
それに、特命遊撃士である私達には、作戦終了後の報告書の提出義務もまた、課せられているのでした。
私もそろそろ、身の引き際でしょうか。
「御言葉に甘えまして、御先に失礼させて頂きます。後はよろしくお願い致しますよ、天王寺ハルカ上級曹長。」
「はっ!お任せ下さい、生駒英里奈少佐!」
天王寺ハルカ上級曹長に答礼した私は、未だエネルギーエッジに余熱の残るレーザーランスを肩掛けして、大劇場客席を後にするのでした。
「いかがお過ごしでしょうか、マリナさんに千里さん…」
エントランスにいらっしゃるであろう親友2人に思いを馳せながら、私は開け放しの大扉をくぐり抜け、深紅のカーペットを踏み締めるのです。
まさかあの後、あのように素晴らしい光景を目の当たりにする事が出来るとは、この時は夢にも思いませんでした…