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第4楽章 「我が友のために響け、英雄行進曲」

 若干、英里奈ちゃんが百合思考です。

 もっとも、クールな友達への憧れに由来するプラトニックな物ですが…

 重厚な赤い両開きの扉。この扉の先に広がるのが、大劇場の客席です。

「ここ…ですね…!」

 重厚な扉の隙間から漏れ聞こえる、馴染み深い2種類の激しい銃声と、まるで聞き覚えのない獣じみた凄絶な絶叫。

「この声は…!」

 この2種類の銃声が、マリナさんの大型拳銃と千里さんのレーザーライフルによる物だとは、すぐに分かりました。

 少なくとも、御2人は御無事のようです。

 すると、あの凄絶な絶叫は、吸血チュパカブラによる物でしょうか。

「マリナさん…!千里さん…!」

 扉を押し開けた(わたくし)が客席に飛び込んだ、まさにその時、2種類の銃声が一際大きく轟いたのでした。

 舞台の方に目を向けますと、ハリウッド産のSF映画に登場するエイリアンに瓜二つの怪物が、頭部と胸部から間欠泉のように鮮血を吹き出しながら、舞台の下手側に吹き飛んでいる姿を視界に収める事が出来ました。

 どうやら、あの醜悪な怪物こそが、一連の騒動を引き起こした吸血チュパカブラのようですね。

 汚らわしく湿った音を立てて下手側に墜落した吸血チュパカブラから溢れ出す鮮血は、血の海となって広がり、舞台の床を忌まわしく汚してゆきます。

 父から頂いた株主優待券を使い、幾度となく見つめてきた大浜大劇場の舞台ですが、ここまで醜く汚らわしい光景を目にするのは、これが初めてです。

 願わくは、これが最後であって頂きたい物ですが…

 このおぞましい光景から目を逸らすように上手側に視線を移しますと、下手側とは対照的に華やかな光景が展開されていました。

 ローファー型戦闘シューズで上手側の床をしっかり踏みしめ、私と同じ純白の遊撃服を身に纏った人影。

 両手で構えた大型拳銃の鈍く光る銃口からは、白い硝煙が細く微かに立ち上っているのでした。

 右サイドテールに結われた艶やかな黒髪の下では、染み1つない白い柔肌に包まれた幼い美貌と、些か釣り目の傾向を帯びた赤い瞳が、スポットライトの光に照らされていました。

 もっとも、赤い瞳の右側は、長く伸ばされた前髪で隠されていましたけれど。

「御無事でしたか、マリナさん…」

 親友のうち少なくとも1人の安全を確認出来た(わたくし)は、無作法にも思わず小声で呟いてしまうのでした。

 そう、その通りです。

 右サイドテールに結われた黒髪と釣り上がり気味の赤い瞳が見る者に鋭く冷たい印象を抱かせる、遊撃服姿のあの少女こそが、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士にして(わたくし)の大切な親友の1人でもある、和歌浦マリナ少佐その人なのでした。

 スポットライトで照らされる白い硝煙越しに、マリナさんが吸血チュパカブラの亡骸を見つめるその後ろでは、舞台に咲いた1輪の花を思わせる可憐なイブニングドレス姿のプリマドンナが、へたり込みながら震えていらっしゃいました。

 先週の公演はもちろん、パンフレットやポスターといった宣材で何度も御目にさせて頂いたその御姿、見紛うはずもございません。

 大浜少女歌劇団北組が誇る娘役トップスター、白鷺ヒナノ嬢。

 腰が抜けてしまわれたのか、或いは御御足に手傷を負われたのか。

 御立ちにならないその理由は定かでは御座いませんが、その可憐な美貌と掛け替えの無い御命が御無事でしたら何よりです。

 それにしても、イブニングドレス姿のヒナノさんを庇いながら、大型拳銃を構えるマリナさんの御姿は、中世の騎士か貴公子を彷彿とさせる、勇ましくて尚且つ気高い物でした。

 思い起こせば私も、3年前の「サイバー恐竜事件」の時には、あのようにしてマリナさんの大型拳銃に救われたものです。

 その勇ましさと頼もしさたるや…

 もしもマリナさんが殿方でしたら、(わたくし)は恋に落ちていたでしょうね。

「ふう…」

 客席の中程から上がる、小さな溜め息。

 そちらの方に目を向けますと、遊撃服姿をもう1人見つける事が出来ました。

 マリナさんと同じ黒髪をツインテールに結ばれた特命遊撃士は、座席の間から舞台に向けて突き出していたレーザーライフルの銃口を引き戻されると、セーフティーロックを作動させながら軽く額の汗を拭われるのでした。

 白い額の下では、やはりマリナさんと似通った、真紅に輝く瞳が美しく自己主張をしていました。

 しかし、マリナさんの鋭い釣り目とは違い、丸くてつぶらな垂れ目はあどけない印象を見る者に与えるでしょうね。

 無邪気であどけない表情に、いささか幼児体型の傾向がある体つき。

 そしてそれらの諸要素に駄目押しをするかのようなツインテールに結われた髪型のせいで、殊更に幼い雰囲気を醸し出している、何とも愛らしい少女。

 こちらの御方こそ、特命遊撃士養成コースに編入しました小学校6年生の時以来の親友である、吹田千里准佐なのでした。

(わたくし)の加勢は遅かったようですね…でも、御無事で本当に何より…」

 保護対象の民間人1名に、親友にして同僚の特命遊撃士2名。

 その全員の安全を、この目で(しか)と確認出来た事で、(わたくし)もまた、安堵の溜め息を漏らすのでした。

 こうなりますと、残る問題は吸血チュパカブラの殺処分だけなのですが…

「醜くて、そして汚いね…お似合いの死に様だけど、この舞台には相応しくない…」

 物憂げな表情を浮かべたマリナさんの呟きが、まるで(わたくし)の胸中を代弁するかのように、劇場内に静かに響きました。

 その声に促されるようにして舞台の下手に目を向けますと、全身の至る所を銃弾とレーザー光線で穿たれた吸血チュパカブラが、グロテスクな残骸と化して横たわっているのが視界に留まりました。

 さながら、潰れたホールケーキのように爆ぜた頭部と、レーザー光線で滑らかに穿たれた胸部の穴。

 この2箇所が致命傷のようですが、カリフラワー状に()ぜた右腕の傷も、それらに負けず劣らずグロテスクでした。

 (わたくし)の立つこの位置から確認しましても、とても生きているとは思えません。

 マリナさんも、(わたくし)と同じように判断されたのでしょう。

 踵を返して上手側に歩みを進めると、白鷺ヒナノさんの傍らで片膝立ちの姿勢を取り、静かに右手を差し伸べるのでした。

「もう大丈夫です。立てますか?」

「あっ…ああっ…」

 吸血チュパカブラによって植え付けられた恐怖心は、白鷺ヒナノさんにとっては予想以上に深刻なようでした。

 救い主であるマリナさんに応じようと、整った唇を懸命に動かそうとするのですが、客席を埋め尽くす北組ファンを魅了した美声の代わりに出て来るのは、意味を成さない喘ぎ声ばかり。

 それはさながら、デンマークが誇る文豪のハンス・クリスチャン・アンデルセンによって記された童話に登場した、人間の身体を得るために美声を犠牲にした人魚姫を彷彿とさせる、何とも胸を打つ悲痛な有り様でした。

 未だ平常心を取り戻せていない娘役トップスターに微笑を向けたマリナさんは、内ポケットから取り出した遊撃士手帳を開き、身分証明欄を示すのでした。

「私は人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士、和歌浦マリナ少佐です。ご心配いりません。私は…いいえ!私達は、貴女の味方です。」

 アルトに分類されるマリナさんの、その深みのある声には、恐怖に打ちのめされた少女達の心に直接届くような、暖かい響きが含まれている。

 (わたくし)には、そのように感じられるのです。

 恐慌状態にあった白鷺ヒナノさんの震えが治まった事から察するに、その効果は今回も遺憾無く発揮されたようですね。

 そうして白鷺ヒナノさんの背中と膝下に手を差し入れると、マリナさんは再び静かに囁くのです。

「私の首に手を回して、後は楽な体勢にして下さい。捻った足に障ります。」

 小さく頷いた白鷺ヒナノさんが、言われた通りの体勢を取るのを確認したマリナさんは、スポットライトの当たる舞台上にすっくと立ち上がるのでした。

「マリナさん…ああ、これは…!」

 その立ち姿たるや、大浜少女歌劇団の男役トップスター達に勝るとも劣らない、何とも気品ある美しさなのでした。

 その気品と美しさは、「邪悪な怪物から姫君を救い出した貴公子のような。」などという陳腐化した形容詞如きでは、表現しきれるはずもありません。

 何故ならば、もはやそれは比喩ではなく、事実その物だからです。

 強いて言うなれば、私もマリナさんに身を委ねさせて頂きたい…

 出来る事なら、その場所を白鷺ヒナノさんに譲って頂きたい…

 浅ましくも、そのような淡い嫉妬心を抱いてしまう程に、それは美しくて様になる立ち姿なのでした。

 そして、このような不健全な思いに耽っていた(わたくし)の意識を現実に引き戻して下さったのもまた、マリナさんなのでした。

 客席の階段に佇む(わたくし)に、何時からお気付きだったのでしょうか。

「ま…マリナさん…」

 その真っ直ぐな視線に射すくめられたように思えた(わたくし)は、恥じ入るように頭を垂れるのでした。

 (わたくし)の胸に秘めたる慕情に、マリナさんが御気付きになっていない御様子なのは、(わたくし)にとっては勿怪の幸いでした。

 恐らくマリナさんは、先刻の(わたくし)が取った頭を垂れる仕草を、合流の合図と解釈して下さったのでしょう。

 白鷺ヒナノさんを抱えて大劇場の通路へと踏み出す間際、(わたくし)へと頷き返されたマリナさんの御顔には、一切の不信もなければ、嫌悪の情もなかったのです。

 ただ、いつもと変わらぬ涼しげな微笑があるだけでした。

-英里、後は頼むよ。

 目礼に込められた言外の意図を受け止めた(わたくし)は、改めてマリナさんに敬礼の姿勢を取るのでした。

 (わたくし)の敬礼に再び目礼で応じられたマリナさんは、白鷺ヒナノさんの痛ましく挫かれた御御足を庇われながら、大浜大劇場客席の中央通路を静かに、そして悠然と突き進まれるのです。

 このままマリナさんの堂々たる御姿に見とれてしまっていては、先程の不健全な慕情が、今一度ぶり返してしまう。

 その事に気付いた(わたくし)は、何とも後ろ髪引かれる思いで、視線を舞台の下手側に逸らせるのでした。

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[一言] 誰だって惚れちまうってその勇姿には( ´∀` )
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