第3楽章 「モノフォニー~変わり果てた大浜大劇場に、人は絶え~」
第1話「大浜大劇場の死闘!倒せ、吸血チュパカブラ!」の第2章「大浜大劇場の死闘!守れ、歌姫の美声!」の英里奈ちゃんサイドです。
レーザーランスを株主優待券代わりに両手で携え、私は非常口から大浜大劇場に入場したのでした。
こう申しますのも、今回の作戦に従事されている特命遊撃士である、和歌浦マリナさんの御判断により、劇場と外部を繋ぐ自動ドアは一時的にロックされているからなのです。
吸血チュパカブラを劇場内に閉じ込める事で捜索範囲を絞り込み、その上で、更なる不特定多数の犠牲者の発生を防ぐ。
これらの効果を踏まえますと、マリナさんの取られた御判断は、初動段階においては最善に近い選択肢なのではないでしょうか。
その上、劇場内では特命機動隊や警官隊の方々が哨戒任務にあたっておられますし、残された手動式の扉の各所には、警官隊と特命機動隊の混成部隊が衛兵代わりに配置され、出入口に近づいたのが白鷺ヒナノさんならば保護を、吸血チュパカブラの場合は射殺駆除を行うよう通達されているのです。
いかに吸血チュパカブラが人間を捕食する危険な特定外来生物とは言え、その命運は決したも同然でしょう。
もっとも、それは吸血チュパカブラを倒す事のみに専念すればの話ですが。
もう既に吸血チュパカブラは、何の罪もないコンテナ貨物船の船員の方達を殺傷してしまっているのです。
これに加えて、大浜少女歌劇団北組の娘役トップスターの白鷺ヒナノさんを餌食にされてしまっては、大浜一帯を管轄地域として有する人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局の面目は丸潰れでしょう。
もし仮にそうなってしまいましたなら、有事の際に発令する戒厳令や徴発動員にしても、果たして市民の方々の協力を得られますかどうか…
それに、哨戒中の特命機動隊や警官隊が吸血チュパカブラと交戦するという事は、マリナさんと千里さんが討死されたという事に他なりません。
マリナさんと千里さんは、内気で気弱な未熟者である私を受け入れて下さった、かけがえのない御友達。
失う訳には参りません。
ここは1人の犠牲者を出す事なく、吸血チュパカブラの駆除と白鷺ヒナノさんの救助を成功させなければなりませんね。
そのように考えますと、こうしてレーザーランスを握る手にも、自ずと力が入るという物です。
それにしても、こうして1週間振りに御邪魔させて頂きました大浜大劇場のエントランスは、すっかり様変わりしてしまいました。
天井で目映く光輝く豪奢なシャンデリアに、真紅のカーペットが敷き詰められた広々とした床。
美しいカーブを描く手すりを設けられた大階段には、床と同様に真紅のカーペットが敷き詰められ、踊り場の壁面には油絵が、階段の小脇には自動演奏式の白いピアノがディスプレイされています。
それらの道具立ては、先週の休暇日に観客として来場させて頂きました時と、何も変わっておりません。
変わってしまったのは、このエントランスを行き来する人々の方でしょうね。
先週のあの日、このエントランスは、大浜歌劇団北組の公演を待ち望む紳士淑女の観客の皆様で溢れておりました。
歌劇団メンバーに純粋な憧れを抱く少女達に、歴代スターの移り変わりを見守って来られた、古参のファンと思わしき奥様方。
開場を今や遅しと御待ちになっている方々の、期待に満ちた笑顔は、正しく平和その物でした。
有事への備えとして、平常時でも遊撃服を身に付けている私などは、いささか剣呑で異質な雰囲気を出していたように思われました。
ところが、今はどうでしょうか。
私と時折行き違うのは、武装した警官隊と特命機動隊の方々ばかり。
真紅のカーペットの上に散乱しているパンフレットやペットボトルの類いは、避難時のパニックの名残でしょうか。
あの平和な幸福感に満たされた空間は、何処に消えてしまったのでしょうか。
あの日と何も変わらないのが、こうして遊撃服を身に纏った私だけと申しますのは、何とも皮肉な御話ですね。
その私におきましても、あの日はショルダーケースに納めておりましたレーザーランスを、今日はバトルモードに展開して抜き身で携行しておりますので、まるっきり同じという訳ではないのですが。