第2楽章 「転調~今が友情を示す時…装甲人員輸送車を飛び出して~」
私のスマホが緊急連絡メールを受信したのは、まさにそんな時でした。
「あっ、千里さん…」
液晶画面に表示されたアドレスから、メールの送信者が養成コース時代からの親友にして、現在同じ任務に従事されている特命遊撃士の吹田千里さんだと気付いた私は、思わず声を張り上げてしまいました。
「吹田千里准佐からですか?」
江坂芳乃准尉の問い掛けに、私は軽く頷いて応じました。
私と千里さんとは、特命遊撃士養成コースの同期生にして、堺県立御子柴高等学校1年A組に在籍するクラスメイトでもあるのですが、故あって現在では、私の方が1階級上官になってしまいました。
それでも、この私にとって千里さんが大切なお友達である事実に、何一つ変わりはございません。
「これが千里さんからの緊急連絡メールです。御覧下さい、江坂芳乃准尉。」
私は千里さんからのメールを読み終えると、メール本文を表示したスマホを江坂芳乃准尉に御見せ致しました。
-大劇場の舞台上で、吸血チュパカブラと白鷺ヒナノさんを見つけたから、救助活動と駆除を同時に決行する事になったの。
-今、マリナちゃんが吸血チュパカブラと交戦中。私も大浜大劇場の客席に潜んで、レーザーライフルでマリナちゃんの後方支援をしているんだ。
-観客の人達と大浜少女歌劇団の残りのメンバーの安全が確保出来次第、英里奈ちゃんも援護に来て欲しいな。
-避難民の護衛や誘導は、江坂准尉か天王寺上級曹長にバトンタッチしてね。
-ヒナノさんの命に別状はないよ。
千里さんからのメールを読み終えられた江坂芳乃准尉は、私に軽く目礼なさると、大浜少女歌劇団の方々に向き直りました。
そして、「コホン!」と軽く咳払いをされるのです。
「大浜少女歌劇団の皆様、御安心下さい!白鷺ヒナノさんの命に別状はございません!現在、特命遊撃士の和歌浦マリナ少佐と吹田千里准佐が保護にあたっております!今しばらくの御辛抱を御願いします!」
江坂准尉が話終えられるや、装甲人員輸送車内のあちらこちらから、安堵の声や溜め息が上がるのが聞こえてきます。
大浜少女歌劇団北組の皆様が、いかほどに白鷺ヒナノさんの安否を気遣われ、心を痛めていらっしゃったか。
部外者である私にも、ひしひしと伝わって参ります。
「それは本当ですか!ヒナノは生きているんですね!?」
「はい!仰せの通りです、東雲オリエさん。」
私は江坂芳乃准尉の後を受けると、思わず立ち上がられてしまった東雲オリエさんを、そっと制させて頂きました。
北組の中心人物である男役トップスターさえ平静を取り戻して頂けたら、他の団員の方々は、自ずと落ち着いて下さりますからね。
「私は堺県第2支局配属の特命遊撃士、生駒英里奈少佐と申します。大浜歌劇団北組の皆様の安全が確保出来ましたので、これより私は、白鷺ヒナノさんの救助作戦に参入致します。」
落ち着きを取り戻された東雲オリエさんが着席されるのを見届けた私は、大浜少女歌劇団北組の皆様に、諭すように語りかけるのでした。
これが功を奏して、北組の皆様が落ち着いて下されば良いのですが…
「皆様の大切な御友人である白鷺ヒナノさんは、私達特命遊撃士が必ずお救い致しますので、御安心頂けましたら幸いです。プライベートな話で恐縮ですが、現在作戦に参加している特命遊撃士は、私の大切な親友でもあります。友を案じる皆様の御気持ちは、私にとっては決して他人事ではございません!」
大浜歌劇団北組の皆様は、誰1人余分な口を挟まずに、私の言葉に静かに耳を傾けて下さっています。
リーダー格である東雲オリエさんの意向に従われているのか。
或いは私の誠意が伝わったのか。
理由はどうであれ、目的は達成出来たようですね。
「それでは、後の指揮は御願いしますよ、江坂芳乃准尉。」
「承知しました、生駒英里奈少佐!御武運を!」
江坂芳乃准尉の敬礼と、大浜少女歌劇団北組の期待の込められた眼差しに見送られて装甲人員輸送車を飛び出した私は、レーザーランスを構え直すと、柄に仕込まれたスイッチに指を軽く添えました。
ランスが小さな唸りを上げると、たちまち柄が前後に長く展開し、先端に付けられた深紅の球体「エネルギースフィア」からは、「エネルギーエッジ」と呼称される、4本の鋭利な穂が生成されました。
私が個人兵装に選ばせて頂いたレーザーランスには、展開時には柄の銅金に該当する部分に組み込まれたスイッチを切り替える事で、普段の持ち運びに便利なスティックモードから、戦闘に特化したバトルモードに変形するシステムが組み込まれているのです。
まあ、持ち運びに便利と申しましても、ようやく黒革製のショルダーケースに納まるサイズでして、一般的なゴルフクラブや釣竿と同等の長さと考えて頂ければよろしいかと存じます。
「お疲れ様です、生駒英里奈少佐!」
乗降口から飛び出し、バトルモードに展開したレーザーランスを構えた私を出迎えて下さったのは、歩哨代わりに装甲人員輸送車の周囲を固めていらっしゃった特命機動隊曹士の方々でした。
23式アサルトライフルを用いた彼女達の銃礼に、右拳を胸元に押し当てるという人類防衛機構式の敬礼で、私も応じさせて頂きました。
「お疲れ様です!この生駒英里奈少佐、これより民間人の救助活動及び敵性生命体掃討作戦に従事すべく、和歌浦マリナ少佐並びに吹田千里准佐との合流ポイントに向かわせて頂きます!」
「承知しました、生駒英里奈少佐!大浜歌劇団北組の方々の護衛は、我々にお任せ下さい!大丈夫!御自分の御力を信頼されれば、少佐は無敵ですよ!」
栗色のポニーテールに爽やかな細面が御美しい天王寺ハルカ上級曹長は、伝達事項を聞き終えられるや否や、励ますように私に笑いかけて下さいました。
思い起こしてみれば、特命機動隊の方々には、研修生時代から随分と御心配と御迷惑を御掛けした物でした。
だからこそ、このような御心遣いが胸に深く染み渡りますね。
「それでは生駒少佐!御武運を!」
「御武運を!」
直ちに真顔に戻られた天王寺ハルカ上級曹長を筆頭にして、改めて取られた、美しく精悍な銃礼の姿勢。
それと同時に唱和された激励の御言葉に、改めて答礼させて頂きました私は、バトルモードに展開したレーザーランスを両手で持ち直すや、大浜大劇場を目指して足早に駆け出すのでした。