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優遇城
今日も一匹も釣れなかった。
ボウズ--いわゆる釣果ゼロって奴だ。
俺は布衣集。
周りからはフィッシュ君と呼ばれている。
そう、何を隠そう大の釣り好きだ。
俺は釣り好き。そして魚好き。
だが、どうやら俺は下手なようで、これまでほとんど釣ったことがない。魚を。だから愛されていないんだろう。魚に。
「今日も釣れなかったのかよ! お前本当面白いな! ははははは!」
「お前のそんなとこ好きだなあ! 今日も楽しいぜ!」
「お前はいつも話のネタをくれるな! まあネタになる魚は釣れないんだけどよ!」
釣れないと仲間たちにこんな風にバカにされる。バカにしてきやがる。その度に思う、俺は嫌われているんだと。
どうして奴らは釣り方を俺に教えてくれないんだ?
俺が釣れないのを見て愉悦に浸っていたいからか?
自慢したいからか?
くそ。お前らを海の藻屑にしてやろうか。
「ちっ」
腹が立つ。
何が釣りだ。
俺が釣りするんじゃなくて魚のほうから俺の釣り針に熱く飛び込んで来いよ!
ダメだ、腹が立ちすぎている。
立ちすぎて煮えくり返っている。
俺は仲間たちの元から遠ざかり、
「くそっ!」
イライラを抑えきれず、地面に転がっていた石ころを蹴飛ばした。
すると、
「いてっ!」
と、誰かに当たったらしく、声が聞こえた。
「誰だ?」
声をかけるも返事がない。
見えるのはゴツゴツとした岩場だけだ。
俺は声が聞こえた方へ近づいてみた。
しかし岩以外は何もない。
「一体なんなんだよ……?」
ぼそりと独り言を呟き、その場にあった岩にどかっと腰を降ろした。
その途端、
「重い!」
ガタンッ!!
なんと!
俺が腰掛けた岩が動いたのだ!
そして岩が立ち上がったのだ!
それと岩からなんか聞こえたのだ!
「な、なんだこりゃあ!?」
「それはこっちのセリフですよ! どうして石を蹴って当てたり上に座ったりしたんですか!? 酷いじゃないですか!?」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
なぜ岩が動き回る!?
なぜ岩が立ち上がれる!?
なぜ岩が喋れる!?
「あ、申し遅れました。ワタクシ、優遇城からやって来ました、カメと申します」
「カメ〜!? はっはっは! バカめ! 俺がそんな子供だましに引っかかるわけがないだろう! クソが!」
「子供だましなんかじゃありません! 本当です! それにボクは大人です! 大人のカメです! このクソッタレめが!」
「見た目は小さい子供じゃねーか! あとバカめの部分をツッコめよこのカメが!」
「カッチーン! もう頭にきました! お前は優遇城へ最優遇連行します!」
あれよあれよと話は進み、俺は出会ったカメに連れられて海中にある優遇城へと行くことになった。なお、カメがなんか優遇して術をかけやがったせいで水中でも息はできる。
そしてあっという間に着いた。
「ここは優遇城。なんでもかんでも優遇される優遇の聖地」
「その説明はいらねえんだよ! 早く俺を元の場所へ返しやがれ!」
「うるさい人間ですね! せっかくボクが優遇して連れてきてやったっていうのにさ!」
カメはスネた。
ひたすらスネた。
だが俺がひたすら無視したところ心が折れたようで、
「ボクのメンタルをここまでボロボロにしたのはアナタが初めてです! ですので優遇して乙姫様に会わせてあげます!」
とかなんとか言って乙姫の間へと連れて来られた。
乙姫の間に入ると、タイやヒラメが舞いや踊りを優先的に俺に教えてこようとした。
だが、「うっとおしいんだよ!!」の一喝とともに乙姫の間は葬式会場のように沈黙した。
その様子を見た後で乙姫が口を開いた。
「久しぶりの人間ね。実に100年振りかしら。しかも活きがいい」
「お前らの100年振りはたったの10秒で終わらせる。だからさっさと優遇して俺を元の場所へ返しやがれ」
「まあまあ、では最後にこの玉手箱を--」
「なんだよ優遇して俺にそれをくれんのか?」
「いいえ、優遇してここで開けます」
乙姫はそう言うと、思いっきりパカッと玉手箱を開けた!
「な、なんだあ!?」
玉手箱からいかにも怪しげな紫色の煙が出てきて--
そして、俺はカメに変身していた。
「おや、お前の適性はカメでしたか。ずいぶんと優遇されましたね。まあいいでしょう。さあ、元人間。アナタはこれからさらなる海中界の発展のために、優遇して人々をこの優遇城へ連れてくるのですよ」
乙姫のニタリと含んだ笑い顔が目に入った。
俺はカメとなり、優遇された。
それから俺は、来る日も来る日も人々を優遇しては優遇城へ連れ込んでいる。
そして分かったことがある。
俺は人を釣るのは得意だったということに。
「さっさと優遇されて乙姫に会いやがれ!」
俺の声とともに今日も一人の人間が釣れた。今日もボウズではない。俺は人間に愛されていたんだ。