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87.譲れない戦い(1)

「実はダグラス・レイの方こそ、今の会議は無理ゲーだったと思うよ」

「ラノベ言葉はやめてくれ、サフィ。……どういうこと?」


 魔術実験場の準備ができるまで待機するようにと、サフィーネ達には控室が与えられた。

 エフォートは反射壁を内向きに張り巡らせ、音が外部に漏れない状態にしている。

 ギールはドアの前で警戒し、エリオットは用意された茶菓子を貪り食べていた。


「これは、議長が承継図書の力を正確に把握してるって前提だけど」


 そう前置きをしてから、サフィーネは説明する。


「レイ議長から見たら、私たちはとてつもない力を持って国を内側から乗っ取りにきた侵略者だよ。奴隷解放を謳うこの国にとって、〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉の外交的価値は計り知れない。その他にも戦略級大魔法から、あらゆるものを跳ね返す反射魔法まで一人で使いこなす魔術師が、これからラーゼリオンと魔王軍の二正面作戦を余儀なくされるこの国にやってきた。私がレイ議長の立場で、こいつらに実権を握らせるなって言われたら、そんなの無理って逃げ出すね」

「……戦略級については、聖霊獣エル・グローリアの角のおかげでしかないんだがな」

「それをこんな短期間で使いこなすエフォートが、はたから見たら異常なんだからね……?」


 自分を客観視できていないエフォートに、王女は告げた。


「ともかく、そんな私たちに都市連合の中枢に入られないようにする為には、レイ議長は無理をしてでもその価値を低く見せるしかない。だから初対面で反射を破るなんてパフォーマンスをしたし、こんな決闘まがいの真似もするしかない」


 サフィーネは憐れむような顔で続ける。


「レイ議長が一発逆転をするとしたら、この模擬戦で勝って私たちを服従させるしかないんだ。あっちはあんな顔して、最初っからギリギリの戦いのつもりだったと思うよ」

「……転生勇者がやってきた時の、俺たちみたいにか」

「そうだね。ちょうど逆の立場だ」

「そう思うと、憎みきれないな」

「憎む必要ないよ、味方に取り込まなきゃいけない人たちなんだから。まあ、今は既得権益を守ろうと必死みたいだけど」

「サフィを傷つけた男だ。俺は簡単には許せない」

「……気持ちはすごく嬉しい。けど間違えないでね、フォート」


 想い人の言葉を深く噛み締めてから、サフィーネは口を開く。


「私たちの敵は奴隷制で、魔王で、世界を簒奪しようとする転生勇者。そして私たちをゲームの駒にして愉しんでる、女神だよ」

「分かっている。だがその為には、まず目の前の敵に勝たないとな」


 エフォートは会議中にほとんど話を聞かずに内職していた、計算で真っ黒になった手帳を開く。


「……問題は、魔術実験場に間違いなく仕掛けられている罠の存在だ」

「因果応報って、こういう事を言うのかもね」


 サフィーネが自嘲気味に笑った。

 ラーゼリオンではエフォートと二人で共謀し、転生勇者に対抗する為に罠を仕掛けまくったのだ。

 逆のことをされても当然だろう。


「けどフォート、都市連合は私たちの時よりは時間はなかったはずだよね? こっちがルトリアに着いたのは今日だから」

「それでも油断はできない。少なくとも反射に対してはこの二年、研究を重ねてきたわけだ。それにこの国には魔術ギルドの本部がある。吸魔錠なんて物まで生み出していたんだ、例えばそれを実験場に仕掛けられていたら」

「私の魔力なんてすぐ干からびちゃうよ!」

「だから、いくつか対策を考えた」


 こうしてエフォートとサフィーネが予測される罠への対抗策を考え、エリオットが茶菓子のお代わりを要求しようとした時だった。


「姫様、誰か来ます」


 ギールが告げた後、ドアがノックされる。

 開かれた扉の向こうに姿を見せたのは。


「……ジニアス議員ではないですか」

「模擬戦の準備で忙しいところを、すまぬな。そなたらに会わせたい者がいるのだ」


 第二都市ラーマ代表ジニアスの後ろから姿を現したのは、サフィーネも予測していなかった人物だった。


 ***


「じゃあ、これから模擬戦を開始するよっ! とは言っても、キャロはともかく王女殿下は戦闘の本職じゃないからね。その辺はちゃんと考慮するから、安心してねっ」

「不安しか感じませんが、まずは分かりましたと言っておきます」


 魔術実験場は、評議会議場のすぐ裏に建てられた魔術ギルド本部の敷地内にあった。

 深夜のこんな時刻に、なんの事前連絡もなく評議会の要請でギルドの施設を借りることができるあたり、連合とギルドの根深い関係が現れている。


「……作りはどこの国でも、似たようなものか」


 エフォートが呟いた通り、魔術ギルドの魔術実験場はラーゼリオン魔術研究院にあった物とほぼ同一だった。

 円形実験場の周りを堅牢な結界で覆えるよう、魔術構築式を内蔵した魔晶が配置されている。その外側を囲む形で、四階建ての観測所が建てられていた。

 評議会議員たちと連合の魔術士たちは、その観測所から大量の篝火と魔法灯で照らされた実験場を見下ろしている。

 今、円形実験場の傍らに立っているのはダグラスと、サフィーネとエフォート。そして防護結界を起動する十数人の魔法士だけだ。


「あら? 私の相手になるキャロライン嬢は、まだいらっしゃらないんですか?」

「キャロなら、もういるよっ!」


 観測所からどよめきがあがる。

 まるで空間から沸き出すように、金髪ツインテールの女魔法士が円形実験場の上に現れたのだ。


「……っ!?」


 〈インビジブル〉だとしても、エフォートなら魔力の気配を感じられるはずだった。

 だが、そんな気配は一切なかった。

 目を見開いている反射の魔法士を見て、ダグラスはニイッと笑う。


「驚かせちゃった? キャロの能力のひとつ、〈空間転移〉だよ。彼女はまだまだこんなもんじゃないからねっ」

「……」


 エフォートは黙したまま。

 だが観測所の魔法士たちの方が騒がしかった。


「信じられん!」

「転移魔法をあんなに容易く!?」

「『つがいの石』を使ったのか!? いや、それにしては魔力のオーバーフローがまったく……!?」


 「番の石」を使った転移は、エフォート達もラーゼリオン王城から脱出する際に経験している。

 派手に発光する半透明の球体に包まれ、こんな静かな転移を可能にするものではなかった。


「……番の石、ね」


 エフォートがポツリと呟いたところに、覚えのある声が聞こえてきた。


「お姫様ーっ! お父さーん!」

「ミンちゃん!?」


 連合兵に連れられてきたミンミンが、サフィーネとエフォートの姿を認めて駆け寄ってきた。

 サフィーネが慌てる。


「どうしてここに!?」

「えっ? お姫様たちが呼んだんでしょ? こっちの力を証明する為に模擬戦することになったから、怪我した時の為に回復術士に来てくれって。だからボクたちのキャンプの場所を教えたって」


 サフィーネはハッとして、ダグラスを睨む。

 議長はニヤリと笑って口を開いた。


「余計なお世話だったかなぁ? ウチの回復術士だけじゃ信用できないだろうなって思ってさっ。探し出して、声かけさせちゃった」


 こちらの予備戦力は把握しているぞという、脅しでしかない。


「……ご心配賜り、恐縮ですが」

「サフィにこれ以上、傷をつけさせるつもりはない。仲間達にも手出しをしたら、ただでは済まさないぞ」


 エフォートの威圧に、ダグラスはニヤけ顔のまま「誤解だよぉ」と両手を上げた。


「え、えっ……ボク、お父さん達の足を引っ張っちゃった?」


 困惑するミンミンの頭に、エフォートは手を置いた。


「大丈夫だ。……エリオット王子、ギール」

「分かってるよ、ミンミンちゃんは俺が守る」

「あちらの心配も必要ないでしょう。ルースにガラフもいます。軍を相手に勝てないまでも、負けはしません」


 エリオットとギールは頷いた。


「じゃ、もういいかな。模擬戦について説明するから、登っておいでっ」


 ダグラスは告げると、自分も円形実験場の石畳に飛び乗った。

 エフォートも登り、サフィーネを引っ張り上げる。

 向かい合う、二人と二人。


「相手を殺すのは禁止ね。さっき話した通り、そっちは攻撃するのはサフィーネ殿下だけ。レオニング君は、反射魔法の使用のみを許可するよ。言っておくけど、連合の魔法士たちを見くびらないほうがいい。隠れて他の魔法を使ったら、絶対に見破るからね」


 実験場を囲んで防護結界を起動した魔法士たちは、ダグラスの言葉に自信を持って頷いた。

 防護結界の規模と強度は、ラーゼリオンでエフォートが起動したものと比べて遜色ない。かなりの実力を持つ魔法士たちだと思われた。


「それで王女殿下。僕は模擬戦の間もここに立ってるから、その僕に傷をつけられたら、そっちの勝ちにしよう」

「……レイ議長に?」


 想定外の条件に面食らうサフィーネ。

てっきりふざけた女魔法士(キディング・ウィッチ)一人に戦わせると思っていたのだ。


「そうだよ。王女様は自分で戦うのに、都市連合がトップが引っ込んでるんじゃ、公平じゃないからねぇ」


 ダグラスは皮肉げに笑う。


「ま、たとえラーゼリオンの神にも届く叡智が相手でも、キャロが僕を守れないなんて事はありえないけどねっ!」

「もちろんだよっ、ダグラス! キャロってば無敵だから!」


 キャロはダグラスの腕にしがみついて、鋭い歯を見せて笑った。


「で、そっちもまた(・・)反射魔法を破られて、サフィーネ殿下が傷ついたら負けだよ」


 また、と強調してダグラスは続ける。


「それからお互いに、回復不能な傷を負わせちゃっても負けにしよう。それならお姫様が大好きな虐殺の反射魔法士キリング・リフレクターも、文句ないでしょ?」

「ええっ!? キャロ、こいつらやっちゃダメなの!?」


 エフォートが答える前に、キャロルが喚いた。

 ダグラスは苦笑する。


「攻撃するのは構わないよぉ、でも殺したらダメ」

「えー! つまんなーい!」

「そんなことないよぉ? 手加減された上に手も足も出ないなんてなったら、王女殿下も反射魔法士もそれはそれは屈辱だろうねぇ?」

「……ふふっ、そっか。それも楽しそう!」


 ケラケラと笑い合う二人。

 エフォートとサフィーネは。


「ずいぶん舐められたものだな」

「ずいぶん舐められたものですね」


 口を揃えて睨み返した。

 そして、サフィーネが一歩前に出る。


「条件は受諾しますわ。では……始めましょうか」

「お姫様っ!」


 ミンミンは不安そうに叫んだ。

 ダグラスが右手を高く上げる。


「じゃあ……模擬戦、開始っ!」


 そして勢いよく、振り下ろした。


 ***


「こちらからいきますっ!」


 サフィーネは右掌を天に向かって掲げた。


「開け! 我が秘せし扉!!」


 王女得意の空間魔法、アイテム・ボックス。

 詠唱に応えて、その異空間の扉が開く……


「えっ?」


はずだった。

だが、サフィーネの魔法は起動しない。


「なっ、なんで!?」

「ん? ねね、どしたのー? お姫様ぁ?」


 キャロルが嗤う。


「神に届く叡智は? キャロ楽しみにしてるんだから、早くしてよっ」

「く……開け、我が秘せし扉っ!!」


 再びの詠唱にも、まるで反応がない。

 観測所がどよめく。

 ダグラスはからかうように、口を開いた。


「どしたの殿下っ。もう始まってるよ、遠慮は不要だよっ」

「……吸魔錠ね。同じ効果の魔道具を下に埋めてるんでしょう?」


 サフィーネの詰問に、ダグラスは笑って首を横に振る。


「とんでもない。あれは魔法士の魔力を吸い取る道具だよぉ。どう殿下、魔力枯渇マインド・エンプティになりそうな感じしてる?」

「そんなものはいくらでも調整可能だろう」


 エフォートが口を出す。


「放出された魔力だけ吸い取るようにすれば、いいだけだ」

「そんな応用できるかなぁ。でも仮にそうだとして、こんな簡単に封じられちゃうもんなの? 承継魔法って。それじゃ大して価値がないなあ」

「くっ……こんなの、卑怯です!」


 悔しそうにサフィーネは叫んだ。

 その肩に、ポンと手を置くエフォート。


「殿下。演技それはもう癖ですか?」

「……ちょっと盛り上げようと思っただけなのに」


 恥ずかしそうに呟いたサフィーネは、すっと真顔に戻った。

 そして。


「んん?」

「なに?」


 スカートをたくし上げると、サフィーネはホルスターからそれ(・・)を抜き、ダグラスに向けて構えた。


「ルトリアに着くまでの道中、かなり練習したからね。間違って急所に当たるようなことはないと思うよ」

「キャロ!!」


 ダグラスが叫んだ次の瞬間、王女が手にした拳銃グロックが火を噴いた。


 ダァン!

 ギィン!


「あっ……ぶないなあ」


 ダグラスは呟く。

 無傷だ。

 その前に立つふざけた女魔術師(キディング・ウィッチ)

 彼女の突き出した掌の先には、サフィーネがアイテム・ボックスを使う時のような空間の穴が、開いていた。

 そして。


「……本当にふざけた魔術師だな。この速さで転移魔法を使うか」


 サフィーネの背後に立って、エフォートが反射壁を展開していた。

 その視線の先には、もう一つの空間の穴が開いている。

 そしてひとつの銃痕が、離れた石畳の上に穿たれていた。


「な……なに? 何が起きたの?」


 状況が理解できないミンミン。


「サフィーネが撃った銃弾が……あの女が空中に開けた穴を通って、後ろから出てきたよ……?」


 驚異的な動体視力を持つエリオットは、かろうじて理解できていた。

 それを聞いていたダグラスは、パチパチパチと拍手する。


「ご名答だよっ、ラーゼリオンの王子様。さしずめ、疑似反射魔法とでも言ったところかなあ?」

「へへ。キャロすごい? すごい?」


 空間の穴を閉じて、ダグラスに頭を差し出すキャロル。

 ダグラスはそのツインテールの頭をワシワシと撫でた。


虐殺の反射魔法士キリング・リフレクターを攻略する為に、まずはその反射のメカニズムを再現しようとしたってわけ。たぶんレオニング君の魔法とは全然違うだろうけど、ねえ、どんな気持ち? 逆に魔法を反射された感想は?」

「……そっちの反射の方がレベルは上、とでも言いたそうだな」

「そりゃそうだろ! こっちはまったく違う場所から撃ち返せるんだから! あーあ、残念! レオニング君の反射魔法は、株価だだ下がりだねっ!」


 嘲笑するダグラスに、エフォートは表情を変えない。

 もっと悔しがると思ったダグラスは、肩透かしを食らったように吐き捨てた。


「ふん……それにしても殿下、それが承継魔法?」


 ダグラスは、サフィーネの手にした拳銃を見る。


「魔力を必要としないのはすごいけど、それって魔法って言える? 威力も大したことないし、ちょっと便利になっただけの弓矢みたいなもんじゃないの?」

「……殺すなって言うから、威力の小さい物を選んだだけよ」

「へええ!」


 サフィーネの反論に、議長は愉快そうな声を上げた。


「じゃあさ、もっとすごいヤツ出していいよ! キャロが全部反射するから! ほら早く! 早く出してよ! そのスカートの中から、ラーゼリオン王家の魔導の叡智をさあ!」

「キャロも楽しみ! なにが出るかな? なにが出るかなぁ? 全部撃ち返すよっ!」


 挑発してくるダグラスとキャロル。

 サフィーネの拳銃が道具である以上、火力はサイズに比例すると、ダグラスは見切ったのだ。


「……必死だね、ダグラス・レイ」


 そんな挑発にまるで乗らずに。

 極めて冷静に、サフィーネは呟いた。


「それだけ懸命に、守ろうとしているんだね」

「……何?」


 ダグラスがピタリと、騒ぐのを止める。

 軽薄の仮面が、揺らいだ。


「……どういう意味かな?」

「そのままの意味よ。だけど、ごめんね。こっちも譲れないの」


 サフィーネはスカートの裾を両手で持って、グッと持ち上げた。

 複数の拳大の塊が、バラバラッと固い音を立てて石畳の地面に落ち、ダグラスたちの足元まで転がる。


「……なんだ、これは?」

「一個一個が〈エクスプロージョン〉の魔法だと思って、身を守ってね。でないと死ぬから」


 カッと閃光が、実験場の夜空を切り裂く。


「キャロ!!」


 ドォオオオオン!!


 複数の手榴弾による爆発が、防護結界で閉鎖された空間内で炸裂した。

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