48.ルースVS
「させないっ!」
戦斧を振りかぶり、エフォートに斬りかかったルースの前に、エリオットが立ち塞がった。
再びルースの重量級の一撃を受け流す。
ギィン! ドォン!!
「闘竜返しぃ!」
「うわっとっ!」
そしてカウンターでの応じ技を放つエリオット。
ルースは斧を起点に身体を回転させ、神速の剣撃を回避した。
「危なっ……そうかお兄さん、リリンの技を使えるんだっ……た!」
そのまま回転の力を利用し、斧を振り回すルース。技を放った直後のエリオットは連続でのカウンターは取れず、後方に飛び下がって間合いを切った。
「ちぇっ……女の子と戦うのは好きじゃないんだ。話を聞いてくれないかなあ? えっと……ルースちゃん」
「ルースちゃん!?」
エリオットは軽口を叩きながらも、油断なく剣を構える。
戦闘において、特に魔法が相手ではない純然たる近接戦闘では、彼は無能ではない。既に一度剣を交えたことのあるルースの力量を正確に把握し、油断することはなかった。
「エフォートもサフィーネも、魔力がもうギリギリなんだ。相手は俺がするからさ」
「ちょ、兄貴!」
「バカなのか!? ……そうだバカだった……」
しかしそれ以外ではかなり足りないエリオットは、あっさりとこちらの実情をバラしてしまう。サフィーネとエフォートは呆れ返った。
「……そんな嘘で、アタシは騙されないよ、お兄さん」
だがルースは、戦斧を振りかぶった上段で、腰を落とし隙なく構える。
「そうやって油断させて、また陰険な魔法を使おうってんだろうけど……これならどう!?」
立ち塞がるエリオットに特攻するルース。
ギィン!
かすりでもすれば大ダメージの一撃をエリオットは三たび受け流した。
正面から受け止めては、いかにラーゼリオン王家の宝剣でも容易く折られてしまうからだ。
「そうだよねぇっ!」
「く!?」
ルースは流されることで止まらない斧のスピードを、回転により倍加させ連撃に繋げる。
「わ、ちょ、すげっ……!」
さながら、破壊の旋風。
一見隙だらけの大技に見えるが、その超加速された旋風に踏み込むことは不可能だ。
「く、このっ……っ!」
ギン、ギン、ギィン!!
重い斬撃を受け流すことで体勢を崩さざるをえないエリオットとの間合いを、ルースは巧みに詰めて続け連撃を途切れさせない。
仮にエフォートが魔法を放ったとしても、エリオットを巻き込んでしまう形だ。
「やっ……やめるべ、ルース! 王子はオラたちの味方……あうう!?」
ルースを制止しようとしてしまったミカを、罰則術式の痛みが襲う。
「ミカちゃん!」
蹲るミカにサフィーネが駆け寄ろうとしたその時、王女に覆い被さってくる人影があった。
「捕ぁまえたぁっ! ブハハハハッ!」
「きゃあっ!」
サフィーネに襲いかかったのは、ルースが爆散させた地面の土埃に埋もれていた、バーブフ。
サフィーネの細い首に腕を回し、左腕を背中に捻り上げて抑え込む。
「ううっ!」
「バーブフ、貴様ッ!!」
エフォートが叫び手のひらを向ける。
だが魔法が放たれるより早く、サフィーネが苦痛に顔を歪めながら強い意志のこもった瞳で、エフォートを見つめた。
「……っ!」
エフォートは腕を下ろし、その間にバーブフはニヤリと笑って喚く。
「お前ら何をしている、今のうちに反射の魔術師を殺せぇ! 魔力切れしておるのだ、姫を捕らえたワシに魔法を撃たんのがその証拠だ! 反射はできん!」
バーブフの命令に、ビスハ兵達が改めてエフォートに向けて武器を構える。
「……これが最後だ、選べ!!」
エフォートの鋭い声が響いた。
「俺を殺し、サフィーネ殿下がその下種の慰みものになれば! お前達はこれから永遠に下種に使われる奴隷、雑種のままだ! 今を逃して、お前達が誇りを取り戻すチャンスはないんだぞ!」
ビスハ兵たちは動揺する。
しかし早く斬りかからなければ、ミカのように罰則術式が発動してしまう。
エフォートはなおも叫んだ。
「抗え! そこで戦っている勇者の仲間、ルースにもできたことが、お前たちにできない訳がない!」
エフォートの強い言葉が、戦闘中のルースの耳にも飛び込んでくる。
「な、何を言って……」
「今だ! 裂空斬!」
「ちぃっ!」
ギィン!
隙を見せたルースに、エリオットの剣閃が走る。
ルースは咄嗟に斧で受け止め、飛び下がり追撃に備えた。
「裂空斬を止めた!? 何だその斧!?」
「やるね、お兄さん……!」
二人はともに構え、睨み合う。
「ル、ルース……やめてけれ……」
「ミカ!?」
ようやくミカが苦しんでいることにルースは気付くと、エフォートに向かって叫んだ。
「お前たち、ミカに何をした!?」
「見てわからないのか!」
エリオットは剣先を突きつけ、叫び返す。
「罰則ってやつだろ!? 命令に逆らってるんだ、ミカちゃんは! あんたを俺たちと戦わせない為に!」
「ミカ……?」
構えこそ解かないが、ルースはミカを見て動揺が隠せない。
業を煮やしたバーブフは、甲高い叫び声を上げた。
「何ぅをしておるぅ! これはラーゼリオン王国よりビスハ村管理兵団長を任命された、ドルベゼフ・フィン・バーブフによる軍令であるぞぉ! すべての雑種ども、今すぐ反射の魔術師を殺せぇっ!!」
それは、シロウから「ビスハ村の軍人に逆らうな」と命令されたルースを含む、すべてのビスハ兵たちが抗うことができない絶対遵守の強制。
三百余名の奴隷兵達が、エフォートへと殺意を弾けさせた。
「死ねっ! レオニング!」
まず最初にルースが特攻してくる。
「クソッ! エフォート下がれっ!」
エリオットはルースを抑えるだけで精一杯だ。
その隙に、ビスハ兵達がエフォートに襲いかかる。
「……ここまでかっ!」
エフォートが隷属解放を諦め、残された魔力を反射に使おうとしたその瞬間。
「やめるべ!! みんなぁぁっ!!」
ミカがエフォートの前に、立ち塞がった。当然の如く、さらなる罰則術式がミカを襲う。
「うわあああアァアああぁっ!!」
だがコボルト混じりの少女ミカは、屈しなかった。魂に直接与えられる痛みに、その誇りを折られない。
膝をつくことなく、エフォートの前に立ち続ける。
壮絶なその姿に、エフォートの背後のビスハ兵もまた動きを止められてしまっていた。
「ミカ!?」
「ミカ! どけ、どくんだッ!!」
ルースが、ギールが驚愕し叫ぶが、ミカは首を横に振る。
「嫌だべ!! オラは……オラはもう、好きな人を見捨てることは、したくないだっ……! ルースッ……!」
黒い雷に身を撃たれるような激痛に耐えながら、ミカは叫び続ける。
「オラはもう、ルースの背中は見ないべッ……前に立ってっ……正面から、向きあってみせるべッ……それがオラの、オラの誇りだッ……!!」
「ミカ!!」
ルースが少女の名を呼んだその時。
「よく言った、ミカ」
反射の魔術師が微笑んで、ミカの身体を支えた。
「それだけの覚悟があれば充分だ。……あるべき姿に帰れ、魂よ、忌まわしき呪縛よ、消え去るがいい!〈魂魄快癒〉!!」
蒼の光が屹立した。
ミカの身体を優しく包み込み、魂は悪しき戒めから解放されていく。
「えっ……?」
「もう大丈夫だ、ミカ。もう君は誰の物でもない」
嘘のように痛みが消え去ったミカは、己の胸をはだけさせる。
物心ついた時にはすでに刻まれていた奴隷紋が、痕跡も残さずに綺麗に消えさっていた。
「フォートさん、オラ……」
「よく頑張ったな、ミカ。お前の力だ」
エフォートは優しく犬耳少女の頭に手を乗せた。
「ば、馬鹿な……絶対解除不可能な、隷属魔法が……!」
バーブフが呆然としたその隙に、サフィーネはスカートをたくし上げ、それを抜いた。
パァン!
「ぐああっ!」
バーブフは右足に焼けつくような痛みを覚え、サフィーネから手を離し地面を転げ回る。
王女の手には、道具創造で作られた拳銃、グロックが握られていた。
「閣下!」
王国兵を守れという基本命令に縛られたビスハ兵が、サフィーネを取り抑えようと動く。
しかしサフィーネは、蹲るバーブフに拳銃を突きつけ、兵を制した。そして叫ぶ。
「さあ、どうするのです! 皆さん!」
幼女にしか見えない小さな身体の何処にそんな力があるのかと、思わざるをえないほどの気迫でサフィーネは問う。
「ミカさんは、誇りを示しました! 皆さんはどうするのですか! この好機をむざむざと捨て、またこの下種の道具に成り下がるのですか!?」
拳を高く掲げ、サフィーネは吠える。
「魔王創造種の暴走も阻止した、ビスハの勇兵達よ! 誇りを取り戻すのです! そして、このサフィーネ・フィル・ラーゼリオンとともに、その先にある本当の自由を勝ち取りましょう!!」
まず叫んだのは、グレムリン混じりの少年だった。
「オイラは……オイラは負けないッ! お姫様に、ニイちゃん達について行くんだっ!! うわあああアァア!!」
罰則の痛みに誰より弱く、泣き叫んでいたガラフの咆哮に応えるように。
「女、子どもにっ……負けていられるか! 我らは、誇り高きビスハの勇兵だ! ウオォオオオおおおっ!」
ギールが吠える。そして。
「俺だって!」
「ああ、負けるもんか!」
「あんなクズのデブに!」
「いつまでも従ってたまるか!」
罰則の痛みに耐え、雄々しく吠えるビスハ兵たちの声が平原に響き渡った。
「……見事な覚悟だ、みんな。あるべき姿へ帰れ! 勇兵たちの魂たちよ!!」
エフォートの詠唱とともに、次々と蒼い光の柱が屹立していく。
王国の奴隷たちの魂が、解放されていく。
(魔力消費は僅かだ……これなら、全員解放できる!)
エフォートは魂魄快癒の効果範囲を広げていった。
「お、お前ら、待て!」
「サフィーネ王女は逆賊だ!」
「ついて行ったところで、王国軍に討伐されるだけだぞ!」
バーブフについてきていた数人の管理兵たちが喚くが、もはや誰も耳を貸そうとしない。
「か、管理兵の皆さんっ!」
否、一人だけ管理兵たちにすり寄ってきたビスハ兵がいた。オーク混じりのの大男だ。
「ブルゴー?」
「お、オレは裏切りませんっ! 王国に逆らうなんて、とんでもない! だ、だから命令を下さいっ」
「なんだと?」
「この場は撤退しましょう! この状況では、皆さんが多勢に無勢です!」
「しかし、バーブフ閣下が……」
足を撃ち抜かれたバーブフは、いまだ倒れてサフィーネに銃口を向けられている。救い出すのは困難に思われた。
ブルゴーは必死で管理兵たちに言い募る。
「王都からの命令は、王女一党の捕縛なんですよね? このままではバーブフ閣下もろとも、管理兵の皆さんはあいつらに殺されてしまいます! この場は一度撤退し、王都に状況を報告するべきでは? それが軍の命令に従うことに繋がるかと!」
「……なるほど、それもそうだな」
管理兵の一人が言うと、全員が頷いた。ブルゴーは得意げに笑う。
「オレはマギルテ渓谷を抜けて、王都への街道に出る裏道を知っています!」
「よし、案内しろ」
そして混乱の中で、一人のビスハ兵とバーブフを除く管理兵団が、状況から離脱していった。
「……!? あいつら、まさかワシを置いて!?」
バーブフが気づいた頃には、部下たちはその姿を消していた。
「……馬鹿な……こんなはずでは……ワシは暴走阻止に逆賊の捕縛、未知の軍事兵器獲得を手柄に……王都に復帰するはずで……」
どんどん増えていく蒼い柱たちを見て、バーブフは忌々しげに呟く。
サフィーネは蔑んだ目で、銃口を向けながらバーブフを見下ろす。
「残念でしたわね。ビスハの皆さんの誇りを侮った、貴方の負けです」
「雑種風情が誇りなど……! ん? あれは……」
バーブフは、次々と奴隷から解放されていくビスハ兵達を見て困惑している、オーガ混じりの女戦士を見つけた。
(あれは確か、五年前に村を出た……勇者の仲間ルースとは、あいつだったのか!)
そしてバーブフは、エフォート抹殺をビスハ兵達に命じた際、ルースも応じた事を思い出す。
五年前、金髪の少年に(今にして思えばそれが勇者だったのだが)管理権限わ奪われたはずの奴隷。軍令最優先の基本命令は組み込まれていないはずだが、何故かバーブフの命令に従った。バーブフは自分がまだ運命に見放されていないことを確信する。
「……おい! そこの勇者の仲間、ルースよ!」
バーブフが大声で呼びかける。
「!? あなた何を!?」
「……マズい!」
その意図を瞬時に察したエフォートが、詠唱を中断しサフィーネに向かって叫んだ。
「サフィ、バーブフを撃て! 命令させるな!」
「えっ?」
しかし、間に合わない。
「ワシを命に代えても守れ! 邪魔する者は皆殺しにしろ!」
ルースが弾けるように駆け出した。
「しまった!」
エリオットは、ルースが仕掛けてくるならエフォートだと思っていた為、サフィーネの守りに間に合わない。
「閣下から離れろぉっ!」
ルースはバーブフに銃を向けていたサフィーネに向かって、斧を振りかぶった。
「……ごめんなさい!」
サフィーネはルースの足を狙いグロックを構える。
バン! バン!
だがルースは俊敏な動きで射線から回避し、至近に迫った。
「王国に仇なす者は、死ね!」
「……!!」
「サフィ!!」
降り下ろされる巨大な戦斧。
その前に、サフィーネを守るように反射壁が展開した。
ギャギャギャギャギャギャギャギャ!
金属が擦れ合うような音が鳴り響く。
「反射できない!?」
反射魔法を使ったエフォートが困惑する。
「ダメだエフォート! あれはシロウの使ってた技だ!」
ルースの後を追って駆けながら、エリオットが叫んだ。
「……〈魔旋〉!?」
バリィィィン!!
反射壁が砕け散る。
「サフィ!!」
「サフィーネ!!」
ルースの斧が、そのままの勢いでサフィーネに迫る。
もう、守るものは何もない。
(……こんなところで!)
絶対的な死がサフィーネを斬り裂く、その直前。
「お姫様!!」
ドンッと横から衝撃を受けて、サフィーネはかろうじて死を回避する。
その代わりに、絶望の刃をその身に受けたものは。
「えっ……」
返り血を浴びたルースは、自分が誰の命を叩き潰したのか、一瞬理解できない。
「ど……どうして……?」
「離れろお前ぇぇっ!」
背後から斬りかかったエリオットの斬撃を、ルースは戦士の本能で飛び下がって回避する。
「……や……やめてけれ、エリオット……王子……ルースを……許して、けれ……」
誰より速く動いたコボルト混じりの少女は、血を吐きながら懇願した。
「……ミカちゃぁぁん!!」
「どうして!! ミカァァァ!!」
女たちの悲鳴が響く。
ミカの身体は半身が切り裂かれ、命は風前の灯火だった。
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