43.魔導書ガチャ
時はやや遡り、広場で奴隷兵団の集会を開く少し前。
エフォート達は、権限移譲を約束させたバーブフを、他の管理兵たちと一緒に地下牢に拘束した。
バーブフはエフォートとエリオットに怯えきっており、暴走対応が始まる前に解放するという条件で、拘束におとなしく従った。
そしてエフォートたち三人とギールは、通信室に入る。
ギールには先行してバーブフに王女たちに従えと命令を出させた為、行動に支障は無かった。
バキィン!
ギールの剣により、通信魔晶が破壊される。
「これでハーミットに、俺たちの動きが伝わることは無いはずです」
「でも暴走が止められたら、間違いなく私たちの関与が疑われるわ」
「そうですね。それにシロウの仲間が、村に向かっている。着く前にケリをつけて、離脱したいところです」
エフォートとサフィーネの会話、「シロウの仲間」という言葉に、ギールが反応した。地下牢でミカとエフォート達の話を聞いていたので、事情は把握している。
「エフォート殿。こちらに向かっている勇者の仲間というのは」
「普通に考えたら土地勘がある者だ。ルースで間違いないだろう」
「……」
ギールにとって、ルースは歳の離れた妹のような存在だった。複雑な思いは当然だろう。
「今は考えても仕方がない。暴走に集中しろ」
「はっ」
「あの……それでオイラ、何をしたらいいんすか?」
通信室の簡易ベッドに寝かされていたガラフ少年が、声を上げる。罰則術式の痛みからは回復していた。
「ガラフ君。君は〈マジック・パサー〉を使えるんじゃないか?」
エフォートの質問にガラフは頷く。
「うす。最初のうちは管理兵の通信係も真面目にやってたんで、よく魔力切れ起こして、パサーさせられてたッス」
「やっぱりね。魔力総量を測ったことは?」
「奴隷兵はみんなステータス測られるんで、あるっすよ」
そしてガラフが告げた魔力総量は、エフォートは納得の、サフィーネやエリオットにとっては驚愕のレベルだった。
「本当に……?」
「すっげー。あれ? エフォートはどんくらいなの?」
エリオットの問いに、エフォートは少し考えてから答える。
「そうですね。ガラフ君の倍くらいでしょうか」
「マジか」
「うっそでー。ニイちゃん、通信兵の連中と同じくらいの魔力しか感じねえッスよ? 可愛いお姫様の前だからって、見栄張んなって、な!」
ガラフはバカにしたように言い放って、エフォートの背中をバンバンと叩いた。
「ガラフ! お前はまた!」
「いっけね! ご、ごめんなさいッス! 罰則は止めて……!?」
ギールに小突かれまたガラフは頭を抱えるが、エフォートは嬉しそうに笑っている。
「本当に面白いな君は。俺の今の魔力量を感じられるのか」
「え? ああ、そうっすけど……」
「じゃあ、試してみるか?」
エフォートは膝をつき、ガラフと目線の高さを合わせて握手をした。
「は? 試す?」
「俺にパサーしてみるといい。君の言う通り俺が見栄を張ってるなら、あっという間に俺はパンクするはずだ」
エフォートの提案に、ガラフは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いいぜ。後悔すんなよ? 魔力のオーバーフローってすげえ頭痛くなるらしいかんな?」
ガラフは繋がれた手に魔力を集中し、〈マジックパサー〉を開始する。
「行くぜおらぁ! パンクしろ!」
「無詠唱か。やるじゃないか」
「強がんなってニイちゃん、早速限界だろ? ……って、あれ……?」
ガラフの顔色が変わる。
「え……え? ちょ、ちょっと待っ……どこまでっ……待った待った待った!」
「ごめん、待たない」
「嘘だろ!? ヤバいってこれ……放せって!」
「うん。放さない」
「ニイちゃん〈マジック・ドレイン〉してんだろぉぉ!?」
「気のせい気のせい」
「干からびるっつーの! あああああ!?」
ジタバタと暴れるガラフ少年の手を、決して放さないエフォートは正に悪魔の笑み。
「むごい……」
途中から半ば予測していた成り行きに、サフィーネはボソリと呟く。
やがてグレムリン混じりの少年はグッタリとし、逆にエフォートは生き生きと立ち上がった。
「いやー、ありがとうガラフ君。ようやく落ち着いたよ」
自分の手を見つめて、回復した魔力量を確かめる。
「うん。四~五割ってとこかな」
「……オイラの倍の……魔力総量とか……マジかよ……」
疲労の色を隠せないガラフは、肩で息をしていた。
エリオットが心配して少年に声をかける。
「おい大丈夫か、ガラフ……おいエフォート、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
「心配ありません王子。十分の一は残しましたし、さすがはグレムリンの血です。一晩も経てばガラフ君は全快しそうですよ。回復率でいったら俺以上です」
エフォートはガラフを見て答える。パサーを受けながら、少年の魔力を通じて彼の特性を理解していた。
「ガラフ君」
「な、なんスか……」
「君、女神教の禁忌を犯したね?」
この世界において、生を受けてより五年を過ぎる前に魔法を行使した場合。
魔法適正が大きく上がる分、女神の恩恵を受けられずに回復魔法を使えなくなる。
グレムリン混じりの珍しい雑種であるガラフは、幼少期から軍に意図的に魔法を覚えさせられ、禁忌を犯し魔力を高めていたのだ。
「……まあね。つーか、ニイちゃんだって同じだろ!? それで禁忌破りじゃねえとか、ありえないかんな!」
「そうだよ。ガラフ君、俺と君は同類だ」
あっさり認め、エフォートは微笑む。
「同類……? 人族のニイちゃんと、雑種のオイラが?」
「仲良くしよう。〈魔王創造種の暴走〉を止める為には、君の力が必要だ」
改めて手を差し伸べ、握手を求めるエフォート。
「……おう! 任しとけって!」
グレムリン混じりの少年は、嬉しそうにその手を握り返した。
「……共犯とか同類とか、この天然タラし男……」
「お、おう……? サフィーネ?」
エリオットは、隣で妹が何か呟いたのを聞かなかったことにした。
「……ガラフくーん、また魔力を吸い取られるよ?」
「あっ!」
王女に声をかけられ、ガラフは慌てて手を引っ込めた。
「そんなことしませんよ……殿下、何か怒ってらっしゃいます?」
「べつにー。で、次はどうするの?」
「はい。くじ引きの時間です」
***
別室の会議室に移動したエフォート、サフィーネ、エリオット、ギール、ガラフ。
ガラフは好奇心でついて来たがり、ギールが許可しなかったがエフォートが認めたのだ。
なお、牢を出た後ずっといないミカについては、この後の集会に向けてギールの指示を皆に伝えるべく、村を駆けまわっている。
長机を囲んだ五人。
最初にエフォートが口を開いた。
「さて、ギール。〈魔王創造種の暴走〉の開始はおおよそ二日後、でいいのか?」
「村に残っていた文献を見る限りは。過去の例では軍勢の形成は二~三日で終わっていたようだ」
淡々と答えるギール。
無能な管理兵団長に暴走対策を丸投げされ、独自で調べていたのだ。
腕が立ち、頭も切れ、行動力もあるギール。かなりの部分を任せられそうだとエフォートは判断する。
「わかった。……王都からルースが到着するのは、早く見積もってあと三日程だろう。計画には入れない方が無難だな。というか、俺たちが自由に行動できるリミットと考えた方がいい」
「えっ? ルース姉ちゃん、帰ってくんの?」
ルースが村を出た時は相当に幼かったであろう、ガラフ少年が反応した。
「その話はまた後でな」
しかし今はギールが押さえる。
エフォートは続けた。
「とにかく時間がない。魔王創造種の暴走は万を越える軍勢だ、三百の手勢で対抗するには綿密な作戦と、魔法の力が必要になる」
「エフォート、魔力は戻ったんだろ? 王城の時みたいに戦略級魔法ぶっ放せば一撃じゃないか」
エリオットの問いに、エフォートは首を横に振る。
「ウロボロスの魔石による増幅無しでは、たとえ全快状態でも俺に戦略級は厳しい。それに王城の時はあらかじめ、一週間かけて構築式を描いていたんだ。天体条件も整っていない。無理ですね」
「……そっか、そうだよな。王国最強の魔術師だって、神様じゃない。転生勇者を出し抜いた時は、影ですっげえ準備して頑張ってたんだな……簡単に言って悪かった」
律儀に頭を下げるエリオットを、エフォートとサフィーネはマジマジと見る。
「な、なんだよ二人とも」
「いや、その……」
「兄貴、王都を出てから感じが変わった」
「そう? まあ城にいた時は、色々隠さなきゃいけなかったから……っと!」
慌てて口を両手で塞ぐエリオット。
そっぽを向いて口笛を吹き、バレバレの誤魔化しに興じる。
サフィーネとエフォートは顔を見合わせてから、溜息を吐いた。
「フォート、今は」
「ええ。……エリオット王子、暴走の件が済んだら、怒涛の追求を覚悟しておいて下さい」
「ええー」
「話を先に進めます。確かに今の俺たちに戦略級魔法は無理ですが、それくらい巨大な力を、俺たちはもう持っています」
「わかった! 俺の剣術だ!」
「王子、もう馬鹿なフリはしなくていいんです」
「マジで言ったのに……」
割と本気で凹むエリオットに、ガラフがノリでまあまあと背中を叩いた。
「王家承継魔導図書群……でもフォート、魂魄快癒は覚えなくていいの?」
サフィーネは複雑な思いで、その魔術の名を口にする。
「承継図書の魔法は、覚えるだけでかなり魔力を消費するんでしょ? 新しい魔法を覚えちゃったら」
「この際、魂魄快癒は後回しです。暴走対策には役に立たない」
そこまで言ってエフォートは、ちらりと黙っているギールやガラフを見る。
魂魄快癒がどんな魔法か知らない彼にらは、何を話しているか分からないだろう。
「……すまない。事が終われば、必ず」
「えっ?」
脈絡のない急な謝罪に不審な顔をするギール。
「でも、別の承継図書の魔法を覚えるっていったって、開いてみるまで中身は分からないんだよね?」
「だから、くじ引きと言ったんです」
だがサフィーネが話を先に進めたので、追求は出来なかった。
エフォートは続ける。
「運良く、例えば魔石なしで魔力増幅できる〈双蛇の環〉でも引ければ」
「そんな賭けみたいな真似、なんだかフォートらしくない」
「他に方法がありません。ですが、そこまで分の悪い賭けではありませんよ? 相手は魔王ではなく、所詮は魔物の軍勢。魔王を倒す為の魔導図書群なら、どれを引いても有利になるのは間違いないはずです」
エフォートの話を聞いていて、エリオットが顔を上げた。
「ガチャ……だな!」
「は?」
「たしか、黒い女の子が言ってただろ? ガチャで一発Sレア引くとかなんとか」
「……意味が分かって言ってますか?」
「分かってないくけど?」
エフォートのツッコミにあっけらかんと返すエリオット。
サフィーネはまたため息を吐いた。
「でもまあ、兄貴の言う通りだね。ガチャって、異世界の魔導書に出てきたゲームのくじ引きのことだから」
「そうですね。……では、魔導書ガチャを引きましょうか。サフィーネ殿下、お願いします」
エフォートに促されるが、サフィーネは表情を曇らせる。
「私、クジ運あんまり良くないんだよね」
「あ! なら良く分かんないけど、オイラやるよ! クジ運いいッスよ!」
ガラフが細い腕を上げて立候補した。サフィーネが向けた視線に、エリオットは頷く。
「ん。じゃあガラフ君、ちょっと待ってね」
サフィーネはスッと腕を伸ばし、短く呪文を詠唱した。
「開け、我が秘せし扉」
「わっ、何これ!?」
アイテム・ボックスの魔法を初めて見たガラフは、サフィーネの前の空間が歪み、穴が開いていることに驚く。
「ガラフ君、その穴に手を入れて最初に掴んだ本を取り出して」
「本だね、分かった!」
ガラフは躊躇いなくその細い腕を突っ込み、そして引き抜いた。
一冊の承継魔導図書を手にしている。
「すげえや! 何これどんな本?」
「! バカ止めろ!」
エフォートが慌てて叫んだ時にはもう遅い。
好奇心で気安く魔導書を開いた、ガラフ少年。
もともと十分の一になっていた魔力を一瞬で食い尽くされ、鼻血を噴いて昏倒した。
「ガラフ君ッ! ……あっ!?」
投げ出された魔導書が、開いた状態で床に転がった。
禁断の魔術構築式が、ガラフを支えようとしたサフィーネの視界に飛び込んでくる。
「見るなっサフィ!」
サフィーネは動けない。
脳内に流れ込む膨大な情報量が、頭脳と身体を遮断していた。
「くっ!」
エフォートは王女に飛びつき抱き抱え、自分の魔力を〈マジック・パサー〉で送り込む。
「サフィーネ! エフォート!」
「エフォート殿!」
エリオットとギールも駆け寄ろうとするが、エフォートは大声を張り上げて制する。
「来るな! 二人とも魔導書を絶対に見るんじゃないぞ!」
ここで全員が魔力枯渇で昏倒するわけにはいかない。
サフィーネを守る為、自らは魔導書から視線を逸らしたままエフォートは、魔力をパサーし続ける。
後は開かれた魔導書に必要な魔力が、先の魂魄快癒よりも大幅に少なく済むことを祈るしかなかった。
残りの魔力が一割程を切ったところで。
「……ごめん。もう大丈夫だよ、フォート」
サフィーネが意識を取り戻し、ポンポンとエフォートの腕を叩いた。
またも多くの魔力を失い、エフォートはその場にへたり込む。
「だ……大丈夫か……サフィ……」
「うん。ありがとう、また助けられたね」
肩で息をしているエフォートに、サフィーネは申し訳なさそうに詫びた。
そして、開いたままだった魔導書をパタンと閉じてから。
「……当たりを引いたよ、フォート」
「えっ?」
「ライトノベルで読んでから、ずっと試して失敗してきたアレが、この魔法でようやくできる。私たちの努力は無駄じゃなかった!」
「アレって……まさか!」
勢いよく立ち上がったエフォートは、グラリとバランスを崩してよろめく。
咄嗟に支えるサフィーネ。
顔を近づけて、ニコリと笑った。
「私も戦う力を得た。もうフォートだけに戦わせない。……さあ、異世界知識でオレ強え、始めよう!」
***
そして、現在。
村の広場に集められた奴隷兵団は、エフォートに〈魔王創造種の暴走〉の殲滅とその上での生存を命じられ、動揺が広がっていた。
「……皆さん、恐れることはありません! 私たちには魔物を容易く倒すことができる、神の雷があります!」
サフィーネが掌を天に掲げ、高らかに宣言する。
「今より、それをお見せします! 開け、我が秘せし扉っ!!」
掲げた手の上にアイテム・ボックスの扉が開き、ソレはガチャンとサフィーネの両手に収まった。
「なんだ、空中から……?」
「……なんだ、アレ……」
「……槍? ……杖?」
静かにしろという命令のせいで大きな声ではないものの、ざわめきは広がる。
「ミカさんっ!」
「はい、だべっ!」
奴隷兵団の後方から、コボルト混じりの犬耳少女の声が響いた。
手には昨日までエリオットが着ていた、古い鎧兜。古いとはいえ鋳鉄製で、かなりの重量がある代物だ。
ミカはそれをドスンと置いて、その場から離れる。
「皆さんも、離れて下さいっ! ……エリオット兄様!」
「あ、その呼ばれかた懐かしい」
エリオットはサフィーネの背後に回り、手にしていたソレを妹の手の上から掴み、支えた。
サフィーネは練習通りに構えるが、実際は人差し指を動かすだけの動作で、ほぼ扱うのはエリオットである。
「いきます! 神の雷、その名はっ」
現代知識で異世界無双が、本領を発揮する。
「バレットM99……アンチ・マテリアル・ライフル!!」
ガォォン!!
轟音が轟き、目標の鎧兜は衆目の前で粉々に破壊された。
次回、「44.ガン&マジック」
お楽しみに!




