42.「次は殺す」
ギールは鍵を開け、エフォート達を牢の外へ出した。
「罰則は? 命令に反したことになるんじゃないのか?」
「俺が命じられたのは、あなた方を捕らえておくこと。それから〈魔王創造種の暴走〉の対策を取れということだ。あなた方を自由にしたつもりはないし、これは暴走対策の為に必要なことだ」
エフォートの問いにギールは淡々と答え、筋肉隆々な己の胸に刻まれた奴隷紋を指す。
「罰則術式と付き合いは長いのでな。どう解釈し行動すれば術式が発動しないか、心得ている」
「なるほどね」
「……エフォート殿」
ギールは深く頭を下げた。
「村門でのことは聞いた。ミカを庇ってくれて感謝する。そしてどうか、また力を貸して欲しい。あなた方も大変な時だと思うが」
「……俺は今、魔力が枯渇している。回復しても別の使い道があるしな。自分たちの村は自分たちで守れ。俺たちに何ができるかは、まず状況を把握してからだ」
「ああ、それで構わない」
冷静なエフォートの言葉に、ギールは頷いた。
その二人の間に、サフィーネがひょっこりと入る。
「ならまず、あのクズ団長のとこだよね。王都に私たちのことをどう報告したか、確かめないと」
サフィーネは腕組みをして、状況を整理する。
「ギールさん。勇者の仲間がこっちに向かってると聞いたって、昨日言ってましたよね?」
「バーブフ閣下が、その者に最大限の便宜を図るよう王都から指示されたそうだ。この地方だけに、というわけではないようだが」
「うん。ハーミットは、各地にシロウの仲間を分散派遣したんだと思う。私たちを発見したら足止めして、その間に戦力を集中させるつもりよ。シロウも含めてね」
サフィーネは兄の思考を読む。
あの男ならどう考え、どんな手を打ってくるかと。
「もしクズ団長が私たちのことを報告してなかったら、軍が動くのはシロウの仲間がこっちを確認してからってことになるね。ダメだ、それじゃ暴走発生に全然間に合わない……」
見た目は相当に幼いサフィーネがオーガ混じりのギールの前に立つと、大人と子ども以上に凄い身長差だ。
エフォートにはウンウン考え込んでいるサフィーネが普段よりさらに小さく可愛らしく見えて、無意識にポフポフと王女の頭を撫でた。
「ふえっぁ!?」
「ああ、すみません」
想い人の不意の行動に、奇声を上げて固まるサフィーネ。
エフォートは何事も無かったかのように手を引っ込めた。
「そうですね。逆に報告されてれば、ハーミットはもう戦力を差し向けてるかもしれない。俺たちが魔物の軍勢相手に疲弊するのを待つつもりでしょうが、うまく誘導して暴走にぶつけてみせます」
「待ってフォート今なんで頭撫でたん」
「すぐバーブフに確認しましょう。案内してくれ、ギール」
「分かった」
「ちょ、ま、待って」
ぎこちない歩みで後を追うサフィーネ。
その様子を後ろから見て、エリオットとミカはクスリと笑った。
「ミカちゃん。俺の妹、可愛いだろ?」
「めんけえお方だべ」
「待ってってばフォート! ああそうだ、エリオット兄貴も! 昨日みたいなことにならないように、団長に会う前に打ち合わせたいんだよっ!」
***
バーブフの執務室に、ノックの音が響いた。
「なんだっ! いや、ま、待て、まだ扉を開けるなよっ!」
行軍用のザックに、金庫に入れていた村の宝物や軍事費を詰め込めるだけ詰め込んでいたバーブフは、慌てて来訪者に叫ぶ。
それで奴隷兵も管理兵も入ってこないはずだったが、扉は構わずに蹴り開けられた。
「どうも、バーブフ団長っ!」
「お忙しいところ、失礼致しますわ」
「なっ……!?」
エリオットが蹴り開けた扉から、サフィーネが淑やかに入ってきた。
「あら? さっそく逃げ出すご準備をされてらしたのですね。それは本当に、お忙しいところ申し訳ございません」
古びた回復術師のローブからうって変わり、シックなクラシック・ドレスに身を包んだサフィーネは、スカートの裾を指先で摘んで、膝を曲げて一礼する。
それは完璧な、淑女の作法。
「……サフィーネ王女殿下!?」
「そうですわ、ご機嫌麗しゅう」
「団長さん、昨日はずいぶん無礼なこと言ってくれたね」
「え、エリオット王子……!」
「なんで俺だけ殿下つけない?」
エリオットの服装も、村に現れた際のくたびれた鎧兜から変わり、すっきりとした軽装甲冑だ。
腰にはシンプルながら美しい意匠の施された王家の剣を差している。
二人とも、バーブフが昨日会ったどこにでもいる冒険者の雰囲気から一転。
まごう事なき王族の風格が顕れていた。
「だ……騙したな、おのれっ!」
バーブフはデスクの上の警報装置に飛びつこうとする。
しかし、それより早くエリオットが動いた。
「がふっ!」
「大声出すなよ、動くんじゃないよ団長閣下。俺、馬鹿な放蕩王子だからうっかり力加減を間違えちゃうかもしれないよ?」
エリオットはバーブフの胸倉を掴み、ギリギリと壁に押しつけていた。
「王子、乱暴はやめましょう。俺たちは交渉しに来たんです」
エフォートが入室し、落ち着いた声でエリオットを制する。
だがその眼光は、バーブフには異様な鋭さに見えた。
「は、反射の魔術師……!!」
「そうです。王子と王女を誑かし、王を殺し勇者を抑え、魔王を倒す王国の秘宝を奪い取った極悪非道の魔術師エフォート・フィン・レオニングです。お見知り置きを、バーブフ閣下」
「ひいっ……!」
バーブフは腰を抜かし、手を放したエリオットの足元にへたり込んだ。
「さあ、王女殿下。立ったままではお話もできません。こちらへどうぞ」
エフォートは勝手に椅子を引き寄せ、サフィーネをエスコートした。
「ありがとう」
サフィーネは優雅な仕草で椅子に座り、その前に衛士のようにエリオットとエフォートは立った。
サフィーネは背筋を伸ばし、スッと脚を組む。
「ではお話しましょうか、バーブフ管理兵団長。どうか嘘偽りなく、お答え下さいませ。何しろ横の二人、特に悪い魔法使いの方はどんな邪悪な魔術を使うか分かりませんわ」
へたり込んでいるバーブフに冷たい笑みを浮かべ、見下ろすサフィーネ。
バーブフは昨日とは違う意味で、目の前の女が本当に王女だと信じられなかった。
(これがあの、見た目だけのお飾り王女だというのか……!?)
昨日の演技といい、王都で何度か謁見し、また伝え聞いていた人物像とのあまりの落差にバーブフは困惑する。
(だが……所詮は苦労知らずの、お姫様のはずだ……!)
どうやら一向の主導権は魔術師ではなく王女が持っているように見える。ならば対処のしようがあると考えた。
サフィーネがまず問い質す。
「まずは、私たちの事です。王都にはどのように報告しましたか?」
「……しておりません」
「はい?」
「しておらんと言ったのですよ、王女殿下。いやあ殿下もお人が悪い。初めからこうしてご相談頂けましたら、このバーブフ、ご協力を惜しみませんでしたものを」
「は?」
バーブフは立ち上がり、自信満々で両手を広げる。
「昨日の殿下の演技。ええ勿論、ワシには本物の王女殿下と分かっておりました。通達ではクーデターを起こされたとの事でしたが、何か深いご事情がお有りだったのでしょう? ご心配召されるな、殿下。このバーブフ、美しい姫君のお味方ですぞ!」
朗々と語り、バーブフはサフィーネに歩み寄り握手を求めようとする。
当然エリオットとエフォートが遮り、睨みつけた。
エリオットはカチャリ、と腰の剣を鳴らす。
「ほっ……本当に、王都には一切、伝えておりませぬ! そ、そうだ、通信魔晶を扱う奴隷がいる、その者に確認してもらえれば!」
「……ギールさん」
「はい、殿下」
サフィーネに呼ばれて、開いたままだった扉の向こうからギールが現れた。
「なっ、ギール、貴様そこにいたのだったら……」
「は。特に新たなご命令やお呼び出しが無かったので、この者達が逃げ出さぬよう、見張っておりました」
奴隷として命令違反をしていないと明言され、バーブフは舌打ちする。
「チッ……ガラフを呼んで来い」
「はっ」
すぐに呼び出されたのは、村の奴隷兵では数少ない魔術を扱える者だった。
珍しいグレムリン混じりだというその奴隷兵、ガラフはガリガリに痩せた少年だった。年の頃はミカと同じくらいだろう。
エフォートは少し驚き、目を見開く。
「……君が通信魔晶を?」
「はあ、そうっスよ。通信魔晶ってすげー魔力使うじゃないっすか。管理兵団の通信兵さん達、疲れるからっていっつもオイラにやらせるっす」
「一人で?」
エフォートは興味深そうに問う。
「まあねー。つーか人族ってみんな、魔力低いッスよね。あの程度の魔法に二、三人がかりなんでしょ?」
「……ああ、普通はな」
通信魔晶は、影写魔晶と同程度の魔力を消費する。いつものエフォートなら片手間で済むが、一般的な尺度ではガラフの言う通りだった。
思わぬところで逸材がいたと、エフォートは驚いていたのだ。
サフィーネが割って入る。
「それでガラフ君。バーブフ団長は王都との通信で、私たちの事を話していたかしら?」
「わ、綺麗なお姫様! オッパイでっけえ!」
「こら! ガラフ!」
ギールが少年の頭を割と強く小突いた。
サフィーネは思わず胸を隠し、エフォートは何故か視線を逸らした。
「わはは! 素直なガキだなあ、俺、嫌いじゃないぜ」
エリオットが笑うが、ガラフ少年は小突かれた頭を押さえてつまらなそうに横を向く。
「はんっ。男に好かれても嬉しかないね」
「はは、そりゃそうだ!」
それでもエリオットは少年を好ましく感じ、笑顔だった。
「ガラフ貴様ッ!」
「ッギャアアアアァアアッ!?」
そんな空気を読みもしないバーブフが、ガラフに罰則術式を発動させる。
グレムリン混じりの少年は、もんどうりを打って床に倒れた。
「なっ!?」
「ガラフ君っ!」
バーブフはニッと笑う。
「ガラフ! 雑種の分際で貴様、聞かれた事にも答えず両殿下に失礼なことを言うんじゃない! ……ああサフィーネ殿下、エリオット殿下、ウチの奴隷が大変失礼しました。今、罰しましたのでぇヘェィァッ!?」
次の瞬間、エリオットが閃光の如き速さで剣を抜き、バーブフの首筋に突きつけていた。
そしてエリオットの首にもまた、隷属魔法の基本命令に縛られたギールの剣が、突きつけられている。
「王子、どうかお許しを」
ギールの剣先がカタカタと震えている。
エリオットはまるで意に介さず、バーブフを睨みつけていた。
「このクソ野郎が。もう二度と罰則術式やるな」
「ひいっ……!」
バーブフにしてみれば、媚びを売るチャンスと思ってした事だった。
エリオットが何で怒っているのか、欠片も理解していない。
「兄貴、今は堪えて!」
「次にやったら……殺すぞ」
サフィーネの言葉を受けて、エリオットは剣を鞘に納めた。
ギールもホッと息を吐き、剣を納める。
(……ギール、エリオットの速さに追いついていたな)
エフォートは冷静に、ギールの巨軀に似合わぬ反応速度に感嘆していた。
五年前には、シロウに手も足も出なかったというギール。それから相当な訓練を積んだようだった。
「ごっ……ごめんなさいっ……」
ガラフ少年が、床に倒れたまま震え、怯えている。
「バーブフ閣下は……王都との通信で、お姫様たちのこと、言ってなかったっす……オイラ嘘はついてないっす……だから、罰則はもう許じで下ざいっ……!」
「ガラフ君、分かったわ、もういいの大丈夫。ギールさん、彼を連れていって休ませて下さい」
「は……」
ギールは頷きかけてから、バーブフを見る。
エリオットにもギンと睨まれ、管理兵団長は慌てて頷いた。
ガラフ少年を連れてギールが退出した後、コホンとサフィーネは咳払いする。
「さて……。バーブフ管理兵団長、貴方はご自分の立場を分かっておいででないですわね」
「はっ?」
「貴方はこのビスハ村の最高責任者です。村の者たちの生命を守る義務があります」
「はあ」
「〈魔王創造種の暴走〉をビスハ村だけで阻止せよという命令を受けて、軍の出動を要請しましたか?」
「いや……先に軍は動かないと言われたので」
「それは、私たちの捜索に軍を動かしているからです。何故、この村にそれらしい者がいると報告しなかったのですか? そうすれば兄は、軍を派遣してくれる可能性は高かった」
「……はあ、そうですか」
分かっていないぼんやりとしたバーブフの相槌に、サフィーネは苛つく。
「どうするつもりですか? 先程貴方は、逃げる準備をしていましたね。任務を放棄するつもりですか?」
「いやいや、ちゃんと命令は出しますよ。奴隷どもに暴走を止めるようにと」
「……だから、どう止めさせるつもりかと聞いているのです。先にも言いました。貴方は村の者たちの生命を守る責任が」
「ですから奴隷どもに時を稼がせているうちに、管理兵団は引き上げるのです! ご心配なく殿下、皆さんも一緒に引き上げましょう」
「亜人混じりの皆さんは全滅しますよ!」
「殿下……雑種ですよ? 何を言っておいでですか?」
そういう男と分かっていたが、自分は何も悪くないと心底思っている目の前の男に、サフィーネはため息しか出なかった。
エフォートが頭を押さえているサフィーネの肩に手を置いた。
「殿下、後は俺が。このような男と殿下が話す価値はありません。……バーブフ団長、取引だ」
エフォートが前に一歩出る。
「お前はどうせ、選定勇者の仲間に俺たちを捕らえさせ、それから王都に都合のいい報告して手柄とするつもりだったんだろう?」
「あ、いや、それは……」
あっさり言い当てられて、バーブフは慌てる。
「悪いが通信魔晶は壊させてもらう。これから軍が動いたところで、暴走には間に合わない。俺たちが逃げ難くなるだけだからな……その代わりお前には、違う手柄をくれてやる」
「は? 違う手柄?」
「僅かな手勢で〈魔王創造種の暴走〉を止めるという、名誉だ」
「…………え?」
バーブフの顔色がさらに青くなった。
「いやいやいや、無理です! ワシが、管理兵団が雑種どもと一緒に戦場に出たところで、何の役にも立ちませんぞ!」
「威張って言うことかよ」
エリオットは、首をブンブンと横に振って喚くバーブフに呆れる。
エフォートも冷笑した。
「誰もお前にそんな事を期待しちゃいない。……俺たちに、ビスハ村奴隷兵団の管理権限を寄こせ」
「えっ?」
エフォートは、一度サフィーネとエリオットをふり返ってから、続ける。
「暴走を放置したら、ビスハ村だけじゃない、マギルテ地方の領民が多く犠牲になる。国を捨てたくせに、その国の民は見捨てられない面倒な王族がいるんだよ。……ビスハ村の連中と一緒に、俺たちが〈魔王創造種の暴走〉を止めてやる。手柄はお前の物だ、悪い話じゃないだろう?」
面倒な王族呼ばわりされ、サフィーネとエリオットは苦笑する。
バーブフは、自分の価値観とあまりに異なるエフォートの言葉を理解するのに、相当の時間を要した。
***
広場にビスハ村の奴隷兵団全員が集められた。
総勢、三百余名。
既に〈魔王創造種の暴走〉の情報は知れ渡っており、皆一様に困惑の表情を浮かべ、これから一体どうなるのかと口々に不安を露わにしていた。
落ち着いている者たちもいたが、彼らは既に達観している。
「どうせ捨て駒にされるんだ」
「玉砕命令が出るだけだよ、管理兵だけ逃げてな」
そんな中、奴隷兵団のリーダーであるギールが、全員を見渡せる台上に立った。
「みんな、静かにしてくれ」
皆が静まった後、入れ替わりバーブフが台上に立つ。
やはり玉砕命令が下されるのか。一同は固唾を飲んだ。
「……ん?」
「誰だ?」
「管理兵団にいたか? あんな人族……」
続いて台上に上がった三人の男女に、奴隷兵たちは騒めいた。
「……隷属の主代行として、管理兵団長ドルベゼフ・フィン・バーブフが、ビスハ村全奴隷兵に命じる」
バーブフの甲高い耳障りな声が響き、再び奴隷たちは静まる。
その後に告げられた命令は、前半は予想通り、後半はまったく予想外のものだった。
「〈魔王創造種の暴走〉に対処せよ。それにあたり、貴様らの管理権限を全て、兵団からこの者たちに移譲する。サフィーネ・フィル・ラーゼリオン殿下、エリオット・フィル・ラーゼリオン殿下、そしてエフォート・フィン・レオニング殿だ」
三たび、騒めきが大きく広がった。
特に動揺したのは、王都からの通達を聞いていた一部の奴隷兵たちだ。
何故クーデター未遂を起こした逆賊に、自分たちの管理権限が譲られるのか。
そしてその逆賊が、〈魔王創造種の暴走〉対応の指揮を取るとはどういう事なのか。
「静かにしろ」
台上で魔術師姿の黒髪の男が、通る声で命令した。
一瞬で奴隷兵団は静まり返る。
「……命令には慣れているんだな、結構な事だ」
「ちょっと、フォート?」
皮肉めいた物言いを王女が諌めるが、魔術師は無視して続ける。
「俺がエフォート・フィン・レオニングだ。知っている者もいるだろうが、第二王子と王女を誑かし、王を殺し、勇者の手から魔王を倒す魔術の奥義を奪い取った」
静かにしろという命令で言葉を出せない奴隷兵団は、一様に青ざめる。
「その俺からの命令は、バーブフが出そうとしていた暴走に玉砕して時間稼げなんて甘いものじゃない。覚悟しろ」
そう言うと、極悪非道の魔術師はニィと笑った。
「〈魔王創造種の暴走〉を殲滅しろ。その上で全員生き残れ。死ぬ事は許さない、これは命令だ」
全員が内心で、そんな無茶苦茶な、と叫んだ。
というわけで、「次は殺す」はエリオットの台詞でした。
だいぶ魔物混じりの奴隷兵たちに肩入れしてます。
そしてまた、新キャラ登場。
グレムリン混じりのガラフ君です。
次回、「43.魔導書ガチャ」。
お楽しみに!




