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41.「やるしかない」

「ルースが勇者の仲間!? あの金髪の人が、異世界人……!?」


 サフィーネはできるだけ簡潔に分かりやすく説明したが、それでもミカの頭の中は?だらけだった。


「確かにこんな話、いきなり理解しろって言われても難しいよね。……けど」


 サフィーネは格子の間にから手を伸ばし、ミカの頭を撫でる。


「ルースさんは、少なくとも楽しそうにやってたよ。酷い目にあわされたりとかは、ないみたい」

「……よかっただ」


 本心から安堵している様子のミカに、この子は本当にいい子だとサフィーネは笑った。


「うん、あの斧の戦士は強かった。俺もう少しで剣を折られるかと思ったもん」


 エリオットがルースと戦ったのは一瞬だったが、それでも卓越した技量を理解するのに充分だったようだ。

 そこでミカは、ハッとして三人を見る。


「……てことは、管理兵からの通達が正しかったら、あんたがた、ルースの敵……?」

「え? えーと……うーん……」


 今さら自分たちの正体を偽っても意味はないし、無理がある。

 サフィーネは頷いた。


「転生勇者とは敵だね。私たちはシロウに魔王を倒させたくないの」

「なして……?」

「この世界のことは、この世界の住人が解決するべきじゃない? 魔王は私たちが倒す」


 女神のゲームのことを話しても、少女には信じられないだろうし、ますます混乱させるだろう。サフィーネは端折って答えてから、続ける。


「だから、ルースさんとは敵のつもりないよ」

「……本当に、王女様たちなんだな」


 呟くと、ミカは跪いた。


「お、オラ、形式とか分かんねども、王女様と王子様にいっぱい失礼を……」

「止めてよミカちゃん! どちらにしても、今は兄貴も私も追われる身だよ? そんなことする必要ないから!」

「……間違ってるべ」

「えっ?」


 顔を上げてミカは、はっきりと言った。


「あんたがた、悪い人たちじゃねえべ。あの通達はきっと、間違ってるべ」

「ミカちゃん……」

「ミカちゃん、いい子だなあ!」


 サフィーネに続いてエリオットが、格子の間から手を伸ばして「いい子いい子」とワシワシ頭を撫でた。


「……俺たちは悪い人だよ、ミカさん」


 自分に言い聞かせるような、エフォートの呟き。それは小さく、サフィーネの耳にしか届かなかった。

 困ったような口調に、王女は苦笑する。


「ああもうこの鉄格子、邪魔! なあエフォート、いつまで俺たち牢屋にいんの?」


 なんとなく身を引いたミカの頭をうまく撫でられず、エリオットが文句を言う。

 サフィーネがハッとした。


「そうだミカちゃん、結構長く話し込んじゃったけど、ずっとここにいて大丈夫なの?」

「ああ、それは平気だべ。ギールに言われて来てるだ」


 管理兵団は絶対に裏切らない奴隷兵に多くの任務を丸投げしており、ギールもそれなりの裁量を持たされていた。


「……そうですね。そのギールさんも、すぐそこに居ますし」

「えっ?」

「はっ?」

「嘘っ?」


 エフォートの指摘に、ミカとエリオット、サフィーネも驚く。

 階段の影、地下の暗がりから褐色の肌のオーガ混じりの大男が、姿を現した。

 腰には片手剣を下げているが、彼が装備しているから片手剣であり、通常の基準では大剣と呼べるサイズだ。


「失礼しました、王女殿下、王子殿下。それにエフォート殿。恐れながら、お話は一緒に聞かせて頂きました」


 落ち着いた渋いトーンで話すギールは、一礼する。


「い、いつから……」

「ミカさんが昔語りをしている途中からですよ」


 ギールより先にエフォートが答えた。


「というか、殿下も気づいてなかったんですか? てっきり説明の手間が省けると思ってらしたと」


 やや嫌味混じりの言葉に、サフィーネは頬を膨らませる。


「魔力を感じれるフォートと一緒にしないで」

「いやあ、ギール? すごい隠行だよ、俺も全然気づかなかったもん」


 エリオットも感嘆したが、エフォートは冷笑した。


「王子もこと戦闘に関してなら、難しい言葉も知っているんですね」

「え、ひど」

「フォート、機嫌悪い? なんか感じ悪いけど……」


 慇懃無礼は彼の常だが、いつもとは少し違うようにサフィーネには感じられた。


「……すみません。どうにも外堀が埋まってしまったと気づきまして」


 淡々と答えると、エフォートはギールの方を向いた。


「ギールさん」

「ギールで結構です。人族に敬語を使われると、どうにも落ち着きません」

「ではギール、そちらも言葉遣いは気にせずに。……単刀直入に話そう。〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉、だな?」


 その言葉に、場の空気が変わる。

 ギールは静かに頷いた。


「話が早くて助かる。……確定だ。昨夜の内から、マギルテ平原に魔物の軍勢が形成され始めた。数日中に暴走スタンピードが始まるだろう」


 ミカの喉が、ゴクリと鳴る。


「バーブフ閣下が王都に報告したところ、ハーミット新国王の名ですぐに命令がきた。……王国軍は動かん」


 サフィーネの予感は的中する。


「ビスハ村は全戦力をもって、〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉を阻止しろ、だそうだ」


 それは、マギルテ平原に程近いこの村ごと壊滅しろ、という命令と同義だった。


「あんのっ……クソ兄貴っ!」


 サフィーネが思わず感情を露わにする。


「ギールさんっ! 私たちの情報は!? 王女一行の疑いがある者が村にいると、王都に伝わってる!?」

「この状況だ、報告はされただろう。だがどう伝わったかは分からない。閣下は頭脳明晰な方だ、己の立場を考慮したご報告をしている可能性がある」


 もって回った言い方だが、つまりバーブフが保身や名誉欲で、ストレートな報告を入れてない可能性があるということだ。

 サフィーネ達が本物と確証を得てから、派遣されているという勇者の仲間の力で捕縛し、自分一人の手柄にしようと。この後に及んでそんな事を考えている可能性は大いにある。


「あの、ブタクズ……!」

「さ、サフィーネ? さすがに口が悪すぎ」

「兄貴は黙ってて!」

「すみませんっ!」


 何故か妹に敬礼するエリオット。


「っていうか、エリオットの兄貴は腹が立たないの!? あいつ、ハーミットは承継図書の確保を優先して、この辺の国民全員を見殺しにしようとしてんのよ!」

「というか、ビスハ村に至っては国民という認識すらないでしょうね」


 エフォートの冷静な突っ込みは腹が立つほど事実だろう。サフィーネは歯噛みする。


「うーん……俺には、あの兄ちゃんがそんな真似するとは思えないんだ。何か皆んなを救う、考えがあるんじゃないかなあ」

「何かって、何?」


 平和ボケな発言をするエリオットに苛立ちながら、サフィーネは反問する。


「そ、そんなの俺には分かんないけど……た、例えばほら、軍の他に、別の戦力があるとか」

「シロウでも派遣するって? あの転生勇者様が、憎んでるフォートを逃すリスクを負ってまでこの村を助けるわけがないっ」

「そ、そうなの?」


 サフィーネの剣幕にタジタジになるエリオット。


「そうでしょう! 他にはもう、暴走スタンピードを止める力なんてどこにも……!?」


 突然サフィーネは息を飲み、それからガックリと肩を落とした。


「どうしたの、サフィーネ!?」

「あった……やられた……」


 呟いてから、王女はエフォートを見る。


「外堀が埋まったって、こういう事ね」

「ええ。俺的にはたとえ王国軍が来なくても、村を見捨て殿下を引きずって逃げるという選択肢が充分あったんですが」

「あったんだ」


 エフォートは、得体の知れない恐怖に震えているミカを見た。


「この子の話を聞いて、その選択肢が消えてしまいました」


(助けるなら、半端な真似をするんじゃない)


 自分の無意識の呟きが、頭の中で反芻される。


「何? 何? 俺は全然わかんないよ!」


 事態を飲み込めていないエリオットに、サフィーネは説明する。


暴走スタンピードを止める力は、他でもない承継図書、そしてエフォートと私たちよ。今のタイミングであの兄貴が軍を動かす筈がない。暴走スタンピードを私たちに止めさせて、疲弊したところ狙うに決まってる」

「……あ」


 エリオットにも理解ができた。最初に民を守るのは王族の務めだと宣言したのは、他ならないエリオットだ。


「……それでも」

「うん。それでも」

「はい。殿下、王子」


 エリオットは、サフィーネは、そしてエフォートは頷く。


「やるしかないんだ、俺たちは」


 エフォートの言葉に、エリオットは無言で拳を突き出す。

 サフィーネとエフォートは照れながら、コツンと拳を合わせた。

次回、「42.次は殺す」。

誰の台詞でしょう?

お楽しみに!

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