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40.「半端な真似をするんじゃない」

 コボルト混じりの少女、ミカの話は続く。ずっと抱え込んできて、誰かに話したかった出来事なのだろう。エフォート達は牢の格子越しに、聞き続けていた。


「金髪の男の人……たぶん、ルースと同じ歳くらいだったと思うべさ。それにやたらと美人な黒マントのお姉さんと、猫の獣人さんが一緒だったべ」


 シルヴィアとニャリスだろう。ふとエフォートが問いを挟む。


「それは、どれくらい前のことだ?」

「五年前だべ」


 ちょうど、リリンがシロウに連れていかれた年だ。


「その男の連れに、人族の若い女剣士はいなかったか? 栗色の髪の」

「いや……いなかったと思うべ」

「……そうか。すまない、続けてくれ」


 先を促すエフォート。サフィーネは口黙っていた。

 ミカは続ける。


「金髪の男の人は、ルースに話しかけてきたべ。オラは罰則が痛くて、あんまし覚えてないんだども……」


 シロウは無遠慮に、ミカを抱え困惑していたルースに問いかけてきたという。


『どっか怪我して……無えよな。どうした?』

『坊や、この者たちは魔物混じりの奴隷じゃ』

『魔物混じり? ニャリスみたいなもんか』

『微妙に違うニャ。ウチらはもともと、獣と人の両方の特徴がある種族ニャ。けどこの子たちは、人族と魔物の混血。何世代か前ニャと思うけど』

『ふぅん。ま、どっちでもいいや』


 軽く流したシロウ。

 その違いに長く苦しめられてきたミカとルースにとっては、信じられない言葉だった。


『なあ、何か困ってんだろ?』


 シロウの問いに、ルースは頷いた。


『……困ってる。アタシたちは、バーブフ閣下に命令されて』

『閣下ぁ? なんだそれ、どこぞの将軍か?』

『いや……村の奴隷の、管理兵団の団長』

『はっ! こんな辺境の部隊長ごときが閣下気取りとか、笑えるなおい』


「私、あの男と同じこと言ったのね……凹むなあ」


 サフィーネがボソッと呟いた。


 ***


 エフォート達がミカの話を聞いていた、ちょうど同じ頃。

 ルースは仲間たちと同様、王国軍から馬を借り、王都から一路ビスハ村へと一人駆けていた。

 早馬で五日はかかる距離だ。

 ルースは背に、シロウから渡された〈魔旋〉の力を秘めた戦斧を背負っている。

 実は貸し出された軍馬は故障馬で、ルース自身より斧の重みですぐに倒れてしまった。ルースは一度引き返して馬を交換。一日ロスしている。


「嫌がらせかな、くっだんね」


 何故、雑種モングレルの奴隷ごときが勇者の仲間ヅラをして、自分達が協力しなくてはならないのか。

 軍馬を貸した王国兵の顔には、そんな感情がありありと浮かんでいた。


「へへっ。懐かしいな、この感じ」


 シロウ達と共にいる時は、女パーティの一人として時には好意的にすら見られた。だが一人になると、途端に雑種モングレル扱いだ。

 長く仲間たちと一緒にいた為、忘れていた。


「アタシ自身はあの日から、なんも変わってないのにな」


 ルースは遥か行く先の空を眺め、シロウと初めて出会った日のことを思い出していた。


 ***


 ミカを抱えながらルースは、村に突然現れた金髪の少年に聞き返した。


『あなた達、王国兵じゃないの……? 冒険者? こんな村になんで』

『ああ、この村が複数の奴隷を、特殊な隷属魔法で一括管理してるって聞いてな。参考にちょっと魔術構築式スクリプトを見せてもらいに来たんだ』

『は?』


 ルースにもミカにも、シロウが何を言っているか分からなかった。

 魔術構築式スクリプトを見るといっても、隷属魔法を記した魔導書は奴隷商人と王国軍が独占している技術だ。

 フラリと来た冒険者が見られるはずもない。


『話の途中じゃが坊や、そちらのコボルト混じりの子がまずい。罰則術式が発動しそうじゃ、何か命令されておったのか?』


 シルヴィアの問いにルースは頷いた。


『アタシを、バーブフ閣下の部屋に連れて行けって』

『行ったらどうなるんだ?』


 シロウの不躾な問いに、ルースは視線を逸らした。


『アタシはいつも……あいつらを拒否してんだ。罰則くらっても、ずっと』

『ニャ? 奴隷が命令を拒否!?』


 信じられないと、ニャリスが目を丸くする。ルースは俯いたまま続ける。


『そしたら、あのヤロ……閣下は、ミカをダシにしやがって……』


 それで察したシロウは、ルースの背中を軽く叩いた。


『オッケ、じゃあオレに任しとけ。犬耳ちゃん、その子とオレ達を閣下様んとこ連れてきな』

『で、でも』

『だーいじょうぶだって。いざとなりゃ……ほれ』


 シロウは天に掌を掲げた。

 次の瞬間、轟音とともに雷光が空を突き刺し、曇天を散らした。


『なっ……!?』

『なんだべ!?』


 無詠唱での戦術級魔法。ルースとミカにはそれと理解も出来なかったが、この金髪の少年がただならぬ実力の持ち主であることは理解できた。

 もとより、選択の余地もない。


『……行こう、ミカ』

『ルース……すまねえだ』

『謝んないで。お願いだから』


 ミカとルースの手を繋いで歩き出し、まだ二人には名乗ってもいない金髪の少年は、口笛でも吹きかねない軽い足取りでその後に続いた。

 さらにその後ろで深いため息をついた吸血鬼と獣人がいたことは、二人には知る由もないことである。


『ちょ、待っ……』

『はあーい閣下! ご機嫌いかが~?』

『なっ、なんだ貴様は!?』


 ドカンと扉を蹴り開けたシロウの目に飛び込んできたのは、極薄のローブに脂肪で膨らんだ身を包んだ、バーブフの姿だった。


『オエェッ! おま、ふざけんな!』


 無詠唱の風魔法が問答無用で炸裂した。


『ガブホゥッ!?』


 さすがに手加減はされた突風は、バーブフを壁に叩きつける程度で済んだ。有り余る脂肪に包まれたバーブフに大したダメージはない。


『ヤる気満々かよクソッたれ。視覚だけで精神破壊とか、流石だな閣下さんよぉ』

『ご……ごふっ……なんなんだ、お前は? さっきの不審な雷も、まさかお前らか!? 何者だっ!』


 甲高い声で喚くバーブフ。先のシロウの魔法が窓から見えていたようだ。


『あん? ブタ閣下に名乗る名前はねえよ。人間様にタメ口聞いてんじゃねえ。殺すぞ』

『ふん……殺されるのはお前だ』


 ふいにシロウの体が横に動いた。

 後ろからミカが突き出した短剣を躱したのだ。


『っと』

『すまねえだっ! 王国兵の命を狙う者を、オラたちは倒さねばなんねえっ!』


 先程まで罰則術式に苦しんでいた者とは思えない俊敏な動きで、ミカは短剣による連続攻撃を繰り出す。


『坊や?』

『ご主人様?』

『あー、お前ら。もちろん手出し無用だ』


 子どもの遊びに付き合うような気軽さで、シロウはミカの刺突を避け続けた。


『なるほどな、基本命令ベーシックオーダーみたいなもんが、構築式スクリプトに組み込まれてんのか』


 シロウは女神から授かったチート能力で、隷属魔法を解析する。


『あううっ……アアアアッ!!』


 一方ルースは蹲り、自らに発動した罰則の痛みに苦しんでいた。


『む? オーガ混じりよ、そなたも同じ命令を受けておるのじゃな?』

『信じられニャい……本当に命令に逆らってるニャ!?』


 シルヴィアとニャリスは、ルースの信じがたい精神力に驚愕する。


『オーガは痛みに鈍感と聞いたが、隷属魔法の罰則には関係ないはずじゃ』

『耐えられるはずニャいのに……〈治癒ヒール〉!』


 ニャリスが、ルースの前に屈んで、回復魔法を施した。


『ウチの回復はレベルも低いし、気休めにもならニャいけど……』


 それでもルースは、なんとか顔を上げることができた。

 視界に入ったのは、屈んだニャリスの胸元に刻まれた奴隷紋。


『……あんたらも……奴隷……』

『そうじゃ。金髪坊やのな』


 罰則術式の痛みを和らげるため〈治癒ヒール〉を続けるニャリスに代わって、シルヴィアが答える。


『そなた、幸運じゃぞ』

『えっ?』

『坊やに目をつけられた。その精神こころの強さは見事じゃ。そなたは妾たちの仲間になるのじゃ』

『はぁっ?』


 シロウはミカの攻撃を避け続けていたが、魔術構築式スクリプトは充分に観察できたようだ。


『オッケ、もういいよ犬耳ちゃん』

『あうっ!』


 先程と同じ風魔法が、ミカを跳ね飛ばした。


『ミカッ!』

『大丈夫じゃ、加減しておる』


 その間にバーブフが動いた。

 デスクの上の警報装置を押す。


『……ギール! お前ら! 何をしておる、ワシを助けんか!』


 部屋に雑種モングレルの奴隷兵達が、なだれ込んできた。


『……ルース』

『兄ちゃん』


 バーブフとシロウの間に立つギールが、顔を歪ませる。

 自分の立つべき場所はここじゃない。

 それなのに、妹を汚す者を守らなければならない屈辱を強いる、隷属の魔法。

 彼にはどうすることも出来ない。


『……へえ、みんな隷属対象は同じか。でもブタ閣下が魔法の主ってわけじゃねえのな』


 集まってきた兵たちの奴隷紋を視て、シロウは呑気に解析を続けた。

 バーブフが叫ぶ。


『……殺せえっ!!』


 ゴオン!


 轟音が響いた。

 バーブフの私室の壁が破壊され、管理兵団の宿舎二階から脂肪の固まりが落ちる。

 風魔法でまたも吹き飛ばされたバーブフだ。


『が、がほっ……いい、一体、何が』

『タフだなぁ、その脂肪アーマー。死んでもいらねえけどな』


 その前に、ふわりとシロウが重力を無視する緩さで降り立つ。


『あそこじゃ狭えからな。もうちっと構築式スクリプト視せろや?』


 破れた宿舎の壁から奴隷兵達が次々と追って道に飛び出し、シロウに襲いかかってきた。


『ほーんなるほど。集団隷属魔法の主人は、別んとこにいるのな。管理権限を組織としての兵団に預けてる形か。もともとの主人がいねえのは、殺されて解除されるのを防ぐ為ね』


 魔物混じりの奴隷兵たちによる怒涛の連続攻撃を、ついでのように悉く回避するシロウ。


『火球よ、我が敵を撃て! 〈ファイヤー・ボール〉!』

『氷槍よ、我が敵を貫け! 〈アイシクル・ランス〉!』


 放たれた戦闘級魔法も、シロウに触れることなく消失する。


『無詠唱でレジスト!?』


 非常識なシロウの実力に、奴隷兵たちに動揺が走った。

 当のシロウは落胆した顔をしている。


『ん~、あんまし参考にならねえな。もういいや、お前らお疲れっ!』


 ダンッと足を踏み込むと、周囲に衝撃波が発生し、囲んだ兵達を跳ね飛ばした。


『……すごい』


 シルヴィアとニャリスに連れられ、降りてきたルース。

 先の天に放たれた雷撃魔法で雲が散らされ、陽の光がシロウを照らしている。


 圧倒的で、何者にも縛られない力。

 意思と自由を顕現したような存在。

 ルースには目の前の金髪の少年が、光輝いて見えた。


『さてと。おいブタ閣下、テメエはここの奴隷どもと、なんか魔術的な契約をしてんのか?』

『ひっ……』


 腰を抜かして動けずにいるバーブフを、シロウは睨みつけ凄む。


『しっ……しておらん! こやつらは、我ら管理兵団を守り従えと、主人に命じられておるだけだ! 主人は王都にいる、ワシにはどうにもできんのだ!』

『嘘は言っておらぬようじゃ、坊や』


 離れた場所に立つシルヴィアが、魔眼の力で真偽を読み取り、シロウに伝えた。

 バーブフは、その横で惚けたようにシロウを見ているルースを見つける。


『……貴様ッ! ルースといったな、強いんだろっ? コイツを殺せッ!!』

『!!』


 その言葉に、ルースの顔色が変わる。

 直後、命令を拒否したルースをまたも罰則術式が襲った。


『あああアアアッ……!?』

『ニャっ……あのデブ!』


 反射的にバーブフに襲いかかろうとしたニャリスを、シルヴィアが止めた。

 なんで、と顔を上げたニャリスに、美しい吸血鬼は顎でシロウを指し示す。

 シロウはルースを見て、笑っていた。


『……いいぜ、来いよ』

『グゥゥッ……!?』

『オレに斬りかかってこい。お前の強さ、オレに見せてみろ』

『ウゥ……ど、どういう……こと……?』

『オレならお前を自由にできる。その価値がお前にあるのか、今、見せてみろ』


 シロウはまっすぐルースを見つめ、宣言する。


『自由は自分の力で勝ち取れ。お前の誇りを、オレに見せてみろ』


 人差し指をクイっと曲げて、かかってこいと笑った。


『……!!』


 ルースの全身から痛みが消える。

 オーガ混じりの少女はニイッと笑い、そして駆け出した。


『いっ……くぞぉぉぉっ!』


 仲間の落としていた戦斧を蹴り上げ、跳躍し空中で掴み取る。


『うおおりゃあっ!』


 そのまま振り下ろされた脳天からの一撃を、シロウは容易く躱した。

 だが折り込み済みだったルースは、地面に突き刺さった戦斧を軸に体を回転させ、蹴りを繰り出す。


『せりゃっ!』

『おっと』


 片手で軽くガードするシロウ。


『はあっ!!』


 そこからさらにルースは、逆足での蹴りを撃ち抜いた。


『……おお』

『ニャッ?』


 シルヴィアとニャリスが感嘆する。

 ルースの一撃が、シロウの額にヒットしていた。

 もちろんシロウは魔法で防御を高めた上で敢えて受けて、ダメージは皆無だ。

 だが一撃は一撃。

 シロウは嬉しそうに笑った。


『やるな、今度はオレの番だ』


 無造作に突き出されたシロウの掌から、岩石の砲弾が飛び出した。

 無詠唱による〈ストーン・バレット〉。だが攻撃の気配を察知していたルースは大きく仰け反って回避。


『あっぶな!』


 そのまま地面から戦斧を引き抜いてバク転、距離を取った。


『終わりじゃねえよっ、散弾だっ!』

『うわわっ!』


 再び放たれた岩礫ストーン・バレットは、今度は細かく広範囲に散らばる。

 ルースは驚異の動体視力と反射神経で、躱し、斧で受け、弾く。


『はは、すげえすげえ!』

『遠距離は不利だねっ!』


 特攻するルース。素早いシロウの動きはすでに見ている。小技で対抗しても意味はない。


『っりゃあっ! 大地割りッ!!』

『気に入ったぜその度胸!』


 ルース渾身の一撃を、シロウは片手で受け止めた。

 ガゴンッ! とシロウの踏み締めた大地の方に亀裂が走る。


『嘘ぉっ!?』

『嘘じゃねえぜ、おら、もういっちょ来い!』


 掴んだ斧ごと、シロウはルースをぶん投げた。

 ルースは空中で体勢を変え、クルリと回って着地する。そして即座にまた、特攻を仕掛けた。


『……ルース……』


 遅れて管理兵団の宿舎から降りてきたミカが見たものは、実に楽しそうにシロウと戦い続けている、ルースの姿だった。

 こんなに生き生きとしているルースを、ミカは初めて見た。

 別人のように、光り輝いていた。


『あの二人……何ニャ? 交わした刃で語り合うというやつかニャ?』

『仲良くなりそうで、何よりじゃ』


 シルヴィアは呟いた後、延々と戦う二人を呆けた表情で眺めている奴隷兵たちを見回した。


『……見込みがありそうなのは、あのオーガ混じりの小娘ぐらいじゃな。隷属魔法の支配下にあるとはいえ、覇気がなさすぎじゃ』


 腐りきった王国の制度の下で、誰も彼も死んだ目をしているとシルヴィアは思った。そしてそれは、シロウも同じように感じただろうと。

 

『やああっ!!』

『……っと』


 ようやく、二人の動きが止まった。

 ルースの斧はシロウの首元で止まり、シロウの掌はルースの胸元に突きつけられている。


『そういや、聞いてなかったな……お前、名前は!?』

『……アタシはルース。誰にも負けない……戦士だ!』

『上等。オレはシロウ・モチヅキだ。お前、オレの物になるか?』


 物、という言葉にルースはビクリとする。

 ルースは戦ってみて分かった。シロウは今の戦闘で、実力の十分の一も出していない。

 魔法はともかく、物理的な技量においても金髪の少年は、彼女の手の届かない遥か高みにいた。


(こんな村で、国で。少しも好きになれない連中の道具で居続けるくらいなら)


 ルースは頷いた。


『……ああ。シロウ様、アタシをここから、連れ出してくれ』


 明確な隷属対象への離反発言。

 罰則術式が発動するその寸前に、胸元に突きつけられたシロウの胸元から熱い力が、流れ込んできた。


『ああっ……!? ……んんんっ……』


 ルースは喘ぐような吐息を漏らす。


『ラーゼリオン式の隷属魔法、構築式スクリプトは解析したぜ。やっぱり魂まで刻まれた魔法自体は解除できねえな。けど隷属対象を移管させることはできる』


 ルースを縛る戒めが、解けていく。

 そして新たな運命の繋がりが、シロウとの間に生まれ、絡め取られていく。


『ああ……シロウ、様……!』

『これでルース、お前はオレの物だ』


 くたりとルースが倒れこみ、シロウが抱きとめた。

 ありえない状況に、バーブフが喚く。


『なっ、なんだ! なぜ罰則が働かん!? 何が起こったというのだ!』


 シロウは無視して、シルヴィアたちに声をかけた。


『シルヴィア、ニャリス! 用は済んだぜ、行くぞ!』

『はいニャ』

『まったく。何をしに来たのか分からぬのじゃ』

『ガールハントだろ?』


 シロウはルースを抱いたまま、ニッと笑った。


『ま……待て貴様! その奴隷は軍の資産だ、勝手な真似は許さん! おいお前ら、もう一度だ、奴を捕ら』


 ガォン!!


 バーブフの目の前の地面に、大穴が開いた。


『次に口を開いてみろ。今度はテメエを塵も残さず消してやる』


 凄まれ、バーブフは陸に上がった魚のように口をパクパクとさせるだけだった。


『……ご主人様。軍人を殺してラーゼリオンを敵に回すのは、マズいニャ』

『わーってるって。脅しだよ』


 小声を交わしながら、シロウ達は歩き出した。

 その時。


『……ルース!』


 背中から、声が響いた。

 シロウに抱きついたままのルースが、ビクッと身体を震わせる。


『……ミカ……』

『振り向くなよ』


 シロウが呟いた。


『オレは慈善事業をしてるわけじゃねえ。オレが気に入ったから、お前は助ける。それだけだ。ブタ閣下に従うだけの思考停止した連中まで、助ける義理はオレにはねえ』

『……それ、命令?』

『いや、決めるのはお前だ。ただ弱い奴に引きずられて振り返れば、ルースはもう前に進めねえ。そんな気がするぜ?』


 命令と言ってくれた方が楽だった。

 そんなことを考えてしまった自分を、ルースは嫌悪する。

 思考停止した奴に興味はないと、今、言われたばかりだ。


『ルース! 行かないでけれ! オラを……オラを置いていかないでけれ!』


 ミカの声に、ルースは振り返らなかった。

 それは過去を捨てると決めたからではない。

 何も決めることができなかったからだ。

 ルースは、ただ奴隷のように、シロウの言葉に従っただけだった。


 ***


「あの村に戻って、アタシ、何したいんだろ」


 馬で駆けながら、ルースは考えていた。

 意思も未来も何もかも縛られた、あの村にまだミカがいたら。

 自分はどんな言葉を口にするのだろう。

 ごめんね、だろうか。

 アタシは悪くない、だろうか。

 ただ、逃げ出した思いのまま、向き合わないまま、シロウの仲間を、奴隷を続けていくことはできない。


『だからだ! 俺たちはこの国に、世界のルールに縛られている。だがお前は違う、外から来た人間だ。何者にも縛られない力だってある。それなのに何故、奴隷などという考えを認める!』


 王城で、反射の魔術師がシロウを糾弾した言葉。

 それはルースの中に喉に刺さった小骨のように残っていた。


 ***


「ねえねえ、シロウがルースを連れてったって……その後は、大丈夫だったの?」

「……はは、それは、まあいいべ」


 ミカが語り終えた後で。

 エリオットの問いかけに、コボルト混じりの少女は曖昧な笑みを浮かべた。


「大丈夫なわけない、でしょうね。村人たちからのミカちゃんへの虐め、もっと酷くなったんじゃない?」


 サフィーネの言葉に、ミカは小さく頷いた。


「……仕方がないべ。五年前のあの件以来、管理兵団の締め付けはますます強くなっただ。ルースの家族みてえだったオラやギールを、みんなが憎むのはしょうがねえ。ギールがそれでもリーダーだったから、なんとか上手くやってこれただ」


 ギールはともかく、ミカに関してはとてもそうは思えない三人だった。

 だからこそ、村門でミカは同僚に理不尽に殴られていたのだろう。


「……助けるなら、半端な真似をするんじゃない……」


 怒りを堪えながら、エフォートはボソリと呟いていた。

シロウはこの後で、リリンを仲間にしていました。

次回、「41.やるしかない」

お楽しみに!

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