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4.王前会議

「すげーなコイツ! 選定の儀なんて必要ないだろ〜! ねえ、父さん!」


 何も考えていない人間はどんなに人生楽しいだろうと、馬鹿を羨んだ自分は疲れている。そう王女は気付いた。


 ラーゼリオン王城、国策制定大会議室にて開かれた王前会議の主要議題は、当然五日後に迫っている勇者選定の儀についてだ。

 国王リーゲルト・フィン・ラーゼリオン。第一王子ハーミット。第二王子エリオット。そして王女サフィーネ。彼ら王族たちを前に、国の中枢を担う重要人物たちが集っている。

 それは女神教司祭グランに、王国軍団長ヴォルフラム。冒険者ギルドのギルドマスター・ガイルズ。その他、執政の実務を司る大臣たちだ。


「あの冥竜をボッコボコだもんな。コイツに勝てる候補者なんているワケねえ、兄ちゃんもそう思うだろ!」

「そうだね。エリオット、少し落ち着こうか」


 シロウ・モチヅキのドラゴン虐殺影写を初めて見て、子どものようにはしゃぐエリオットをハーミットは宥める。

 二人はともにサフィーネに似た美男子だが、落ち着きのあるハーミットに対し、エリオットの方はいまだ子どもっぽさが抜けていない。歳はサフィーネより三つも上なのだが。

 ちなみにハーミットの方は六つ離れている。鼻持ちならない長男だ。


「はあ……はあ……では、我らはこれで失礼致します……」


 影写を映す為、三人がかりで魔晶に魔力を送り続けていた王国軍所属の魔術師たち。肩で息をしながら退出した。

 影写魔晶は記録した映像を再生する為に、膨大な魔力を必要とする。僅かな時間で必要な魔力を送り込んで、後は放置していたエフォートが規格外過ぎるのだ。


(そのフォートに、人間じゃないと言わしめたシロウ・モチヅキの実力。浮き足立つのも無理はないか)


 この会議の場で、初めてシロウの影写を見た者は少なくない。

 エリオットの様に表に出さないだけで、脅威的な力を示した男の唐突な登場に、驚愕と動揺が広がっていた。

 この会議の舵取りは難しい、とサフィーネは覚悟を決める。


「エリオット王子、話を進めてよろしいでしょうか」


 はしゃぎ続けるエリオットに、進行役の執政官が声をかけた。


「それでは、本日の王前会議で取り決めたいのは」

「その前に」


 進行を遮ったのは、女神教高司祭グラン。齢七十を超えて、いまだ王国でも権勢を誇る老人だ。


「今の影写魔晶、いつ届いたものか。選定の儀まであと一ヶ月。よもや今日届いたわけでもあるまい」

「え、ええ……前もって、届けられておりましたが……その、確認に、時間がかかり」

「このような力を持つ存在、王国はなぜ隠しておった!」


 たどたどしく答える執政官をまたも遮り、老人は国王をギロリと睨む。


「本来ならば、発覚した時点で報告あって然るべきだ。これは教会軽視に他ならぬ、教皇猊下に報告させて頂く!」


 女神教という優しい名の宗教。その司祭でありながら、老人の態度は苛烈だった。

 五百年の歴史を持つ王国の建国より早く、大陸に広まっていた一神教である女神教。

 大陸でもっとも強大な国家である神聖帝国ガーランドを中心に、ラーゼリオン王国を含め各国家に多大な影響力を持っている。

 極端な話、女神教を信仰しない人族、亜人族はこの世界でほぼ存在しない。治癒魔法という、女神の恩恵が現実世界で実際にあるからだ。

 その地方教会のひとつとはいえ、ラーゼリオン王国内の女神教トップである高司祭グランが、たかが一国家の王家にへり下る必要もないのだ。


「これはグラン高司祭。貴公らしくもない、不思議な事をおっしゃる」


 黙している王に代わり、応じたのは横に座る第一王子ハーミット。


「王国軍本部。冒険者ギルド。そして教会。本日は三者がそれぞれに集めた候補者を発表し、選定の儀の最終確認を行う。予定通りではございませんか?」


 ハーミットは、あるいは自分の父親に並ぶ権力を持つ老人に、怯むことなく淡々と述べる。


「王国は約定を違えた訳ではございません。そうですね、ヴォルフラム軍団長」

「う、うむ」


 話を振られた軍団長は頷く。

 口髭を蓄えた壮年の貫禄あるヴォルフラム軍団長だが、若干青ざめた表情にも見えた。


「黙れ若造。貴様には聞いておらぬ」


 グランは吐き捨て、ハーミットはやれやれと首を振る。


「建前は結構。王よ、真意を述べられよ。さもなくばこれは女神教への叛意と受け取る」


 やはりこうなるか、とサフィーネは思考を巡らせる。

 シロウ・モチヅキの影写魔晶。これはいわば爆弾だ。非常識なまでの戦闘能力。降って湧いた一軍に勝るこの力を、どの勢力が手に入れるか。それは今後の力関係に大いに影響する。教会が黙っているはずがない。


「……これはあくまで、一候補者だ」


 たっぷり間を取ってから、国王は口を開いた。膝から下の無い右脚をさすりながら、高司祭を見返す。

 国王リーゲルト・フィン・ラーゼリオン。

 かつては軍団長のヴォルフラムとともに数多の戦場を駆け回った、歴戦の戦士でもある。

 だが、五十を越えて油の乗り切った時期に、二年前の都市連合との戦争で右脚を失った。呪術を含む攻撃だった為、治癒魔法でも取り返すことは適わない。以来、内政に専念していた。


「教会は何を恐れている? 息子の言った通りだ。それぞれの候補者を選定の儀で競わせ勇者を決める。本来なら事前に候補者を公開する必要すらないのだ。いったい何を通告すべきだったと仰るか」


 威風堂々とした態度で述べる王に、威圧感では高司祭も負けてはいない。


「建前は結構だと言った。この男は明らかに違う。その前提を認めぬ程、狭量な男ではないと思っていたが? リーゲルト王」


 グランは会議室の中央に置かれたままの影写魔晶を顎で指した。


「シロウ・モチヅキはただの人族ではない。これほどの魔力、間違いなく女神の祝福を受けし者だ」


 自信に満ち溢れた物言いで、グランは続ける。


「たまたま王国軍へ名乗り出ただけ。本来は教会が推薦すべき者だ。報告があって然るべきである」


 傲慢で一方的な理屈に、ハーミットは薄く笑った。


「異能の力を持つ者はすべて教会の人材ですか。便利な教義をお持ちですね、女神教は」

「に、兄ちゃん……!」


 痛烈な皮肉に、能天気なエリオットを含め会議上の空気が凍りついた。グランは忌々しげにハーミットを睨みつける。


「……今の不敬、高くつくぞ若造が」

「いやいや。息子は素晴らしい教義だと感服しただけだ。お気になさるな」


 王も愉快そうに笑った。

 グリフィンとフェンリルの威嚇合戦だな、とサフィーネは思う。

 さて、この中にどう自分の主張を捻じ込むかと思案していた時。ふとハーミットと目があった。

 ハーミットは意味深な笑みを浮かべ口を開く。


「しかしグラン高司祭、何も女神の祝福を受けた者だけが力を持つとは限りませんよ。我が妹のところにも、救国の英雄がおります」


 サフィーネへと視線が集まる。

 このクソ兄貴、まだタイミングじゃないのにと内心毒づくも、ここはいつも通りの対応しなくてはならない。


「は、はいっ? あ、あの、それは、もしかして、私の研究院の……申しわけございません、あの」

「おいおい、落ち着けよサフィーネ」


 エリオットが気安く肩を叩くのが煩わしいが、


「ありがとうございます、お兄様」


 態度に出すわけにはいかない。


「……ふん、〈反射のエフォート〉のことか。禁忌を犯す者に用はない。お飾りの研究院でくすぶっておればいい」


 グランは渋面で吐き捨てる。女神の恩恵を受けない者が都市連合から王国を守ったことは、教会にとって汚点であった。


「とにかく。このシロウという者は教会側の候補者として、話を進めて貰おう」

「よいのですか?」


 有無を言わせないグランの宣言に、ハーミットは笑顔のまま確認する。

 第一王子の自信ありげな態度に、グランは怪訝な顔をした。


「何が言いたい」

「今、名前が出たエフォート殿の例があります。もしシロウ・モチヅキも治癒魔法を使えず、禁忌を犯し魔力を上げた者であれば」

「……なんだと?」


 グランの顔色が変わる。


「そんな者を女神教会が推薦してよいのかと、ご心配申しあげております」

「ヴォルフラムよ、確認しておらぬのか」


 水を向けられ、軍団長ヴォルフラムは口を開く。


「確認しようがありません。本人が王国に到着してないのです。送られてきたステータス鑑定書では、治癒魔法の適正も異常に高かったのですが」

「ギルドマスター、鑑定書は確かか?」


 グランに問いただされ、これまでずっと黙っていた派手な色の帽子を被った優男が、立ち上がった。


「いやー、このままアテクシの出番はないのかと、ハラハラしてましたですハイ」

「質問にだけ答えよ」

「ハイハイ、そう急かさないで下さいな」


 ギルドマスターの優男、ガイルスはグラン高司祭の威圧もどこ吹く風と、ヘラヘラ笑う。


「皆様ご存知の通り、ステータス鑑定は冒険者ギルドの専売特許でござーます。この鑑定に嘘偽りがあれば、アテクシ達は商売上がったりでござーます」

「迂遠な物言いはいい。結論だけ述べよ」


 グランは苛つき催促する。


「……鑑定書のスクリプトは固定されてござーます。改竄された形跡は一切ござーません。シロウ・モチヅキが治癒魔法にも高い適正があることは、冒険者ギルドのギルドマスターであるアテクシ、ガイルス・シーザーのメンツにかけて、保証いたしますですハイ」

「……女男のメンツにどれだけの価値があるかは知らぬが」


 グランは王と第一王子を睨みつける。


「シロウ・モチヅキは禁忌を犯しておらぬ、ということだ」


 グランは口では信用してない風だが、実際に大陸全土にネットワークを持つ冒険者ギルドの言は重い。鑑定に偽りがないのは確実だろうと考える。

 だが。


「ではそれで。父上、シロウ・モチヅキは教会の候補者ということでよろしいでしょうか」

「仕方あるまい。我らの敵はまもなく復活する魔王。そして間隙を脅かす都市連合だ。勇者は早急に必要であり、内輪で揉めている場合ではない」


 あっさりと引き下がる、王と王子。


「……待て」


 ここでババを掴まされてはたまらないグランは、待ったをかけざるを得ない。


「何でしょうか高司祭。貴公の望み通りにすると、我らは」

「よく喋る舌だ。待てと言っている」


 老人の威圧に、ハーミットは両手の平を上に向け肩をすくめる。

 しばらくの思案の後、グラン高司祭が口にした言葉は。


「……王家承継魔導図書群」


 その言葉に、王と第一王子は表情は変わらない。グランは続ける。


「国父ラーゼリオンが建国の際に残した、魔王を倒すための魔導図書群。復活した魔王はその奪取を目的に、最初にラーゼリオンを狙う。その為、勇者が現れた際には速やかに魔導図書群を勇者に渡さなければならない。そういう預言だったな」

「それが何か」

「若いなハーミット王子。顔が引きつっているぞ」

「元よりこういう顔でして」


 実際にハーミットの表情は僅かも変化していない。ブラフの掛け合いだ。

 グランはさらに続ける。


「禁忌を犯し高い魔力を得た冒険者をスカウトして、先んじて魔導図書を与える。結果、先の影写のように異常な力を有した者を産み出し、この場で候補者として紹介する」


 一言一言区切るように、グランは王と王子の反応を探りながら語り続ける。


「そして教会は餌に飛びつく。だが選定の儀で勇者は女神教の禁忌を犯していた事が暴かれ、釣られた教会の権威は失墜。王家は勇者と権力両方を独占する。よくできたシナリオだ」


 聞いていたリーゲルトは、パチパチパチと拍手して笑う。


「確かによくできたシナリオだ、グラン司祭、素晴らしい。虚構ローマンの語り部に転職されてはいかがかな?」

「ふん。ローマンならばよいのだがな」

「少々お待ち下さーませ」


 口を挟んだのはガイルスだ。


「グラン様。そのシナリオですと、ギルドのステータス鑑定が誤っていた事になるのでござーます」

「そうは言っておらん。だが承継魔導図書には、固定されたスクリプトを痕跡なく改竄する魔法もあるやもしれん。それが使われていないと言い切れるか? ガイルスよ」

「そ、そんな仮定を持ち出されては……」


 グランの乱暴な反論に、ガイルスは沈黙せざるを得ない。


「疑り深い高司祭殿だ。それではどうするね?」

「ふん……」


 グランが黙り込んでしまった為、またも沈黙が大会議室を支配する。

 ソワソワと耐えられなくなったのは第二王子だ。


「あーもう、これ何待ち? どんな空気?」

「うん。エリオット少し黙ろうか」


 笑顔のプレッシャーを兄から受けて、即座に弟は沈黙する。

 それから、ようやくグランは口を開いた。


「女神教は承継魔導図書群の閲覧を要求する」

「却下だ。あれは神聖不可侵、魔王が復活し勇者が選定されるその日まで、宝物庫の扉を開くこと何人もまかりならん」


 即座に拒否するリーゲルト。

 ふん、と要求は通らないことが分かっていたグランはまたも黙り込む。

 長い沈黙に進行役の執政官がオロオロし始めた時だった。


「あのう……よろしいでしょうか?」


 おずおずと手を挙げたのは、ほぼ国政に関わる事のない、お淑やかなお飾り王女。


「なんだよサフィーネ、トイレか? 会議の前に行っておけよ」

「そ、そうではございませんわ。……僭越ながら、ご提案がございますの」


 エリオットの横槍に愛想笑いを浮かべながら、サフィーネは一同を見回した。


「あの、たった今、思いついたのですが」

「申してみよ」


 父の許可を得てサフィーネは頷く。


「この度の勇者選定の儀、私の魔術研究院に預けていただけないでしょうか」


 唐突なその言葉を、即座に理解できた者は少なかった。

 無理もない事である。王女サフィーネ・フィン・ラーゼリオン、その名は大陸中に轟くほど有名であるが、あくまで見た目だけ、その美貌だけの話だ。


 優秀な長兄、奔放な次兄の影に隠れ、国民のご機嫌取りの慈善事業で活躍する以外には、出番のないお飾りの王族。魔術研究院を直轄することになったのも、その無能さゆえだ。


「……突然何を言い出すか小娘。ままごとなら城の奥で一人でしておれ」

「続けよ、サフィーネ」


 嘲笑するグランを遮り、リーゲルトは促す。

 無視された形になったグランはかっと目を見開いた。


「時間の無駄だ王よ。時間稼ぎをして何を企んでいる?」

「無駄とは限らんよ高司祭殿。我が娘サフィーネは近頃、妙に面白い進言をしてきおってな。ほれ、先日教会に進言した『コクミンカイホケン』、あれはこの娘の発案だ」

「……平時から税の一部を『ホケンキン』として教会に収めさせ、そのかわり病傷時には無償で治癒魔法を与えるという、あの制度をか……?」


 高度な治癒魔法を扱える司祭を多く抱える教会は、病院としても機能してきた。

 大病や重症者の治癒には患者や家族に高額の献金を要求し、それにより潤ってきた側面がある。だが流行り病や戦争が起きない年には献金額が大幅に減少し、収入が落ち込む時期もあったのだ。

 つい先日、王国側が提案してきたのがそんな不安定さを払しょくする制度だった。

 『コクミンカイホケン』なる制度が実施されれば、教会は病の流行や戦争の有無に関係なく安定した収入が見込まれる。

 国民にとっても、収入の百分の一程度を税に上乗せすれば、これまで高額だった町の回復術師の手に負えない病気や怪我に怯える必要がなくなるのだ。

 また王国側も戦時の財政負担が分散され、リスク管理がしやすくなる。

 誰にとっても得の多い優れた政策。まだ提案されたばかりだが、教会側は前向きに検討していた。

そんな提案が「見てくれ以外に能のないお飾り」である王女による物かと、グランは驚愕する。もちろん王が謀略の為に娘に演技させている可能性をあるが、目の前でて慌てている王女に芝居をしている様子は感じなかった。


「ち、父上? あれはお話ししました通り、読み漁っていた異国の古い文献に記してあっただけですわ」

「その文献が何だったか忘れたなどと、間の抜けた話だがな」


 リーゲルトは笑い、グランは顔をしかめる。

 当然あのような優れた制度の発案が目の前の小娘にできるはずがない。入れ知恵をした者がいることは間違いないだろう。

 だがなるほど、傀儡であれあのような提案をできる者がバックにいるのであれば、王女の発言も聞く価値が出てくる。グランは静かに頷いた。


「いいだろう。続けろ、小娘」

「は、はい。……ではお話しを戻させていただきます。勇者選定の儀、私たちの魔術研究院に預からせて下さい。院の成り立ちは既に皆様ご存知かと思います。女神教会とラーゼリオン王国が共同管理する、スクリプト研究機関ですわ」


 教会の力が強いラーゼリオン王国では、権力は常に王家と教会の間で綱引きされてきた。

 権力を支えるのは軍事力。軍事力を支えるのは戦術級以上の魔法。

 王国、教会ともに独自に新しい魔術スクリプトを開発してきたが、お互いの研究がどこまで進んでいるのか、それも懸案事項だった。

 そこで設けられたのが、ラーゼリオン魔術研究院。教会出身者と王国軍出身者の半々で構成され、互いを監視、牽制し合うながら研究を行う組織だ。

 しかし常に監視の目がある研究組織で、革新的な魔法研究が行われるはずもない。王国も教会も主要な研究は軍団並びに教団の内部で行うようになり、魔術研究院はお飾りの組織に成り下がっていく。


「今は、不肖の身ですが私の直轄とさせて頂いております」


 それでも、そんな成り立ちの組織ゆえにトップの人選は常に難航してきた。冒険者ギルド出身の者や、有力貴族の民間人が務めたこともある。

 現在、サフィーネが管轄することになったのは王族という立場ながら、その素直さと無能さゆえ、教会にとっても警戒に値しないという双方の落とし所となったからだ。


「研究院には、教会の方も多くいらっしゃいます。私は、王家にも教会にも、冒険者ギルドにも荷担しない、中立な立場で勇者の選定を行えます」

「だが小娘、貴様はそれでも王族だ。いざという時に女神を裏切り王家に加担するとも限らん」


 グランの辛辣な言葉に、サフィーネは笑顔を向ける。


「グラン様……ありがとうございます」

「む?」

「私のような若輩者の提案を、またも無下にせず真剣に考えて下さっているのですね。その懐の深さに感謝申し上げます」

「……ふん」


 普通なら皮肉に聞こえてしまう台詞も、サフィーネの口からは純粋な謝意にしか聞こえない。裏表のない(ように見える)笑顔を向けられて、グランは鼻を鳴らして視線を逸らした。


「それに大丈夫ですわ。裏切るも何も、王家と教会は敵ではございません。女神の教えの元で、ともに民を守り、魔王を討つべく手を取り合う味方でございます」


(輝け私の猫被りパワー! 天然純真世間知らず、今こそ全開ッ!!)


 サフィーネの花の咲くような笑顔が限界を突破する。


「ともに信頼し合い、助け合って、平和な世の中にして参りましょう! 教会出身の研究員を中心に、協力して頂きます。それでも信用して頂けないのでしたら……」


 俯いた後、計算され尽くした間を取ってから、潤んだ瞳の顔を上げる。


「私は所詮第三位ではございますが、王位継承権を放棄しても構いませんわ」


 ざわっと会議室が騒めいた。

 だが、一方でこの無欲な天然王女様なら言い出しかねないと納得する向きもある。


「お、おいサフィーネ、お前、何言って」

「良いのですわ、エリオット兄様。優秀な兄様たちがいらっしゃるのですから、私の王位継承権など形でしかないのです」

「で、でもよ……」


 おたつくエリオットの横で、ハーミットがサフィーネを見ていた。

 今は長兄と目を合わせてはいけないと、サフィーネはエリオットと会話を続ける。

 目の奥を見られては悟られかねない。そんな恐ろしさを、ハーミットには感じていた。


「……ここらが落とし所ではないかな、グラン高司祭」


 王が口を開いた。


「サフィーネの王位継承権については、本人も言った通り形骸だ。そんなものが担保になるとはこちらも考えていない。だが魔術研究院なら教会の目も権威も届くだろう」


 グランは渋々頷く。


「よいだろうサフィーネ王女、其方の覚悟は受け止めた。選定の儀は魔術研究院主導により執り行い、各候補者は誰の推薦でもなく、一括して研究院による責任とする」


 これ以上の譲歩は望めないと、グランは決断する。

 あんな世間知らずの王女が、誰の操り人形であれ隠し事ができるとも思えない。ましてあの苛烈そうな勇者候補を御しえることは適わないだろう。教会の出番はいくらでもあるという読みがあった。

 それに研究院には教会の手の者も多く、それ以上に大陸中にネットワークは広がっている。その存在さえ知っていれば、情報はいくらでも入ってくると確信していた。


「冒険者ギルドもよいか」

「アテクシたちが口を挟む余地は、ござーません」


 王の問いにガイルズは答えるが、ただし、とサフィーネに向かって続ける。


「勇者選定の儀は予定通り行って下さいまし。ギルドとしても高ランクの冒険者を多数推薦してござーます。なんの競い合いも無しに落選では、納得できないと思いますゆえ」

「それは勿論です。ですが……」


 サフィーネは口ごもる。


「先程の影写のように、シロウ・モチヅキ殿は強く、ドラゴンを虐める残忍な性格にも見えました。選定に参加される他の候補者の方々が……私は……心配で……」


 さり気なくシロウの印象を悪くする言葉も織り込みつつ、サフィーネはハラハラと涙を流す。


「心配ない。女神教が充分な数の司祭を用意しよう」


 グランが口を挟む。


「死なぬ限りは甦らせてみせよう。……呪術による攻撃でない限りはな」


 リーゲルトの右膝を見てから、そう言い捨てた。


「頼もしいことだ」


 挑発に動じず不敵に笑うと、リーゲルトはまったく役に立たなかった進行役の執政官に声をかける。


「執政官、今日はこれで終わりだ。魔術研究院に選定の儀の詳細を引き継いでおけ」

「は、ははっ! サー・フィル・ラーゼリオン!」


 王は杖をつき立ち上がる。


「……ハーミット、ついてこい」

「はい、父上」


 小声で会話を交わすと、片足のない者とは思えない自然さで、ハーミットを伴い会議室を立ち去っていった。


「待って待って、父さん、兄ちゃん。俺は? 俺は?」


 騒がしくエリオットも後を追う。

 そして、グラン高司祭、ギルドマスター・ガイルス、ヴォルフラム軍団長の他、会議参加者たちも退出し、王前会議は終了した。

 会議室には、サフィーネが一人残っている。


「……はぁっ……!」


 張り詰めていた神経がほどけ、息を逃がした。


(やっ……た! 褒めてもらうんだ、絶対フォートに褒めてもらうんだ!)


 最低限の目標をクリアできて、王女は褒美をもらう算段をしていた。

記述の通り、前回より2ヶ月後のシーンでした。

近づく勇者選定の儀に備え、エフォートと王女が色々企み、仕掛けを進めています。

次回は「5.妹VS兄」。

ハーミットお兄様……なんか怖い。

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