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39.ミカとルース

 魔物の血が混じった雑種モングレルたちが集められたビスハ村は、軍に奴隷兵を供給する為の軍事組織だ。


 他の町や集落を追われた者。

 冒険者が魔物を討伐した際、その巣で保護された者。

 この村で生まれた者。

 経緯は様々だったが、少なくない人数がこのビスハ村で暮らしていた。


 この村に住まう者には一つの条件が課せられる。

 それは隷属魔法を受け入れ、王国の奴隷となること。


「えっ」


 亜人ならいざ知らず。魔物の血が混じった者が、人族中心であるこのラーゼリオン王国で生きていくことは困難を極めた。

 同じ雑種モングレル同士で寄り添い生きていく為には、奴隷契約をして国の道具に成り下がる他、道は無い。

 他に行き場もなく村に辿りついた者はほとんど契約することになり、そしてこの村で生を受けた者は、本人の意思を確認されることもなく幼い時期に契約させられた。


「ひどい……罪人でもないのに」


 魔物の血を引く者は、少なからずその特殊能力にも秀でる。国としてはその力を管理し、軍事力として活用できる利点があった。

 ビスハ村には奴隷たちを管理する軍の管理兵団が置かれ、隷属魔法で完璧な管理がされた。

 そして容赦のない軍事訓練が行われ、必要に応じて王国軍の奴隷兵として『出荷』される。

 彼らに回される任務は、達成すれば栄誉のある作戦などでは決して無い。

 正規兵は回せないが高い戦闘力が必要、という決して陽の目を見ない汚れ仕事ばかりだ。

 需要があるから、供給は続く。

 ビスハ村にはそうした成り立ちがあった。


「ラーゼリオン王国が、そんな事を……俺、全然知らなかった……」


 コボルト混じりの雑種モングレルの少女、ミカの話を聞く前に必要だろうと。最低限の村の情報をサフィーネがエリオットに説明した際、この国の第二王子は嘆いた。


「誰も好きで魔物の血を引いて生まれたわけじゃないのに! みんなこんな国捨てて、他の国に逃げたらいい!」


 サフィーネは静かに首を振る。


「よその国も似たようなものだよ。神聖帝国ガーランドなんて、もっと酷い。魔物の血を引く者は一人残らず、それが母親が犯され生まれた罪のない子やその子孫であっても、一切の存在を認めず死刑よ」

「そんな」

「比較的マシなのは都市連合だけど、ラーゼリオンは特に都市連合との国境越えを認めない。どこにも行き場がないのよ、魔物混じりの子たちは」


 サフィーネは悲痛な表情で、ラーゼリオン王国の暗部を語る。

 エリオットは言葉も無かった。


「……オラとルースは、この村で生まれただ。ルースのが年上で、姉妹みてえに育ったんだ」


 ミカは、転生勇者の仲間となったルースとの過去を振り返って、語り始める。

 オーガの血を引き、S級冒険者の戦士を上回る膂力で巨大な戦斧を振り回す、褐色の肌の女戦士ルース。

 彼女はこの村で、オーガハーフの母親から生まれた。

 父親は知れず。おそらくは管理兵団の誰かだろう。


『兄ちゃん、勝負!』

『ルースちゃん、がんばるべ!』

『こらルース、ミカも。これは訓練だ、真面目にやれ』


 ルースには歳の離れた兄がいた。ギールという、若くして村で一番の戦士だった。


「あいつか。やはり血の繋がりがあったか」

「そっか、ギール兄には昨日会ってたべか。オラにとっても兄ちゃんというか、もう父ちゃんみたいな人だべ」


 王国の汚れ仕事を担う奴隷兵の育成とはいえ、まだルースが幼く、主にギールとミカの三人で訓練だけしていれば良かった時期は、それなりに楽しい思い出もあった。

 だがルースの見目は良く、やがて女としての色気が出てきた頃に、状況は変わる。


『ざっけんな! なんでアタシがお前らみたいな男にっ………きゃあああああっ!?』

『てめえっ、ちょっと見てくれがいいだけの雑種モングレル風情が、管理兵に手を上げてただで済むと思うな!』


 下劣な目でルースを見て、隷属魔法を盾に肉体関係を迫る軍の男たちが、後を絶たなくなった。

 ルースは抵抗した。

 全身に耐え難い苦痛を与える罰則術式を受けながら、それでも軍人たちの欲望を受け入れることはしなかったのだ。

 敢えて逆らい、罰則を受けて苦痛を受け続ける。

 ルースの身体が筆舌し難い状態になってようやく、男たちにその気がなくなり諦めていく。その繰り返しだった。並みの精神力でできることではない。


「……ひどい……」


 話を聞きながら、エリオットの顔色は蒼白だった。興味を持つこともしてこなかった、奴隷の実態。国の暗部。

 王族という地位にありながら、それを知らなかったという怠慢。

 すべてがエリオットを打ちのめす。

 ミカの話は続く。


「でも、そんな真似を続けて管理兵たちが、黙っているはずがないべ」


 歳を重ね、美しく成長していくルース。だが所詮は奴隷であり、いつでも歪んだ欲望を発散させられる玩具。村に駐屯する管理兵達にとって、ルースはそんな存在の一人であるはずだった。

 だが、精神に異常をきたしてもおかしくない苦痛を受け続けながらルースは、彼らを拒絶し続けた。管理兵達は苛立つが、公式の命令に背いたわけではないから処罰もできない。

 だからその怒りは、他の奴隷たちに飛び火した。


『てめえルース! アイツらに逆らうんじゃねーよ、こっちが八つ当たりされんだよっ!』


 憂さ晴らしのように、管理兵から理不尽な命令や罰則術式を受ける雑種モングレル達。その恨みつらみは、同胞であるルースに向いた。

 しかしルースも負けてはいない。


『冗談じゃないっ! 普段はオーガ混じりってバカにしておいて、いいから抱かせろとか頭にウジ虫沸いてんだアイツら! 誰があんな連中に体を許すかよっ!』

『何をお高くとまってやがるっ! 所詮、雑種モングレルだろ俺たちはっ! 周りがアオリを喰うっつってんだ!』

『自分で自分を所詮とか言うな! 雑種モングレル呼ばわり認めるダセー連中の為に、なんでアタシが我慢しなきゃなんないんだ!』


 内輪で争いになることが常だった。

 ギールがいる時は止めてくれたが、村の実質的リーダーになろうとしていた兄は、立場上積極的にルースに味方する事が出来ない。

 仲間たちの間では完全に「ルースのせいで自分達が被害にあっている」状況なのだ。


「でもオラには、ルースはカッコよく見えただ。こんな村で、自分に自信を持ち続けて逆らい続けて。オラには真似できねえだ」


 この頃すでに、ルースは腕の立つ戦士だった。村の男たちで彼女に勝てる者は、ギール以外にいない。

 だからその怒りの矛先は、村で唯一ルースの味方をする、コボルト混じりの少女へと向かった。


「えっ……大丈夫だったの?」

「大丈夫……ではなかったども、まあオラも、ルースと一緒にギール兄と訓練しただ。小さい頃から避けんのには自信あったべ」


 ミカはそう言うと、エリオットの前でさっさっと横に飛んでみせた。

 さすが俊敏な動きだ。


「けど寝てるとこや、大勢で囲まれたら、どうにもなんねーべ。嫌がらせもいつものことだったべ」


 そんな時、いつもルースが怒り狂って助けに来てくれた。


『お前たちは卑怯だ! 罰則が怖くて管理兵には逆らわないで、アタシにも負けるからって、今度は隠れてミカを殴る! しかも集団でとか、恥ずかしくないの!?』

『うるせえ奴だな、奴隷が恥なんか感じるわけねえだろ?』

『そういう心を無くしたら、アタシ達は本当にただの雑種モングレルになるって……どうして分かんないんだ!!』


 傷だらけになりながらルースは、誇りを汚そうとする管理兵団と、誇りを捨てさせようとする同胞たちに、抗い続けた。


『ルース、すまねえだ。オラなんかを守る為に……』

『こら、なんかとか言うな。ミカが味方でいてくれるから、アタシは頑張れるんだ』


 罰則の痛みで疲弊した隙に仲間に痛めつけられたルースが、横になって休んでいる時。その背中に声をかけたミカにルースが返してくれた言葉を、少女はよく覚えていた。


『ミカ。これだけは覚えてて。確かにアタシたちには魔物の血が混じってて、王国の奴隷だ。でも、それでも無くしちゃいけない物があると思うんだ』

『……なに?』

『誇り。アタシは生きる為に王国に従う。でもアイツらみたいに、誇りまでは売り渡さない』

『……でも、オラは、ルースみたいに強くねえだ』

『ミカは強いよ。アイツらみたいに、今の理不尽を人のせいにしない。アタシが連中に逆らうから八つ当たりされてるのに、アタシを恨まない』

『だって、ルースのせいじゃないべ』

『……ありがとう、ルース』


 ルースは、ミカにとっての誇りだった。二人でなら、この地獄の控え室みたいな村でも生きていける気がした。

 しかし、その日はやってくる。


 村に新しい管理兵団の団長が配属されてきた。

 ドルベゼフ・フィン・バーブフ。

 色事絡みの不祥事を王都で起こし、左遷された貴族出身の軍人という噂だった。

 着任早々、王都から雑種モングレルの精鋭奴隷兵を一人送れと命令を受けたバーブフは、配下に選出の指示を出した。

 ギールが選んだ者はルース。バーブフの噂を聞いて、早いうちに彼女を村から出しておきたかったのだ。


『やっかい払いかよ、ギール兄ちゃん』

『ルース、村からいなくなっちまうべか? オラは嫌だべ』

『聞け二人とも。あの新しい団長はマズい。ルースは顔を合わせない方がいい』


 だがその行動は裏目に出る。


『おお、そいつか、王都に送る奴は。なかなか上玉ではないか』

『バーブフ団長? 奴隷の選出はお任せ頂けると……』


 任せるから問題ない奴を選べ、と丸投げされ好機と思っていたギールだったが、運悪くルースとミカに説明していた時に、バーブフが兵舎に来てしまう。


『閣下と呼べ』

『は?』

『ワシはこの村で一番偉いのだ。当然だろう』

『はあ……バーブフ閣下』

『まだ小娘ではないか、使えるのか?』

『はい、自分の妹です。腕は保障しますので、早速今夜にでも村を出立させ……閣下!?』


 バーブフは途中からギールの言葉を無視して、ルースに歩み寄る。


『な……なんだよ……』


 バーブフの下卑た視線が、蛇のようにルースの体を睨めつけた。

 褐色の肌に豊かな胸、引き締まったウエスト。戦う為に鍛えられた筋肉は無駄がなく、ルースの若く健康的な色気を増している。


『……よし。では出荷前に、ワシが検品してやろう』

『なっ……!』

『はあ?』


 ギールの悪い予感が的中した。今回は末端の管理兵ではなく、本人も言った通りビスハ村の最高権力者だ。

 相手が悪すぎる。


『ご冗談でしょう? ルースは自分と同じオーガ混じりの雑種モングレルです。バーブフ閣下が汚れますよ』

『心配するな、ワシは平等主義者だ。貴族の娘も下賤な奴隷も、美しい女ならばそれで構わぬよ、ひひひ』


 ユーモアのつもりで笑ったバーブフの戯言に、ルースは鳥肌が立つ。


『ルースと言ったか。さっそく部屋に来い』


 何かのついでのように気安く、バーブフはルースの胸を鷲掴みにした。


『ちょっ……!?』


 反射的にルースは払い落とす。


『……キサマ』

『!! キャアアアアアアッ!!』


 罰則術式が発動し、ルースは痛みにのたうちまわった。


『申し訳ありません閣下! ルースでは閣下のお相手は務まりません、どうかご容赦を!』

『反抗的なタイプか。たまにはいいだろう、従順なだけの奴隷より愉しめそうだ』


 バーブフは倒れたルースの髪を乱暴に掴んで、激痛で鼻水と涎にまみれている顔を覗き込んだ。それでもルースは、キッと睨みつける。


『この……どっちが雑種モングレルだ、この豚が!』

『ふん、まだ言うか』

『アアアアアアアアッ!!』


 罰則の痛みをさらに加えられ、悶絶する。


『やっ、止めてくれだ、団長様!』


 ミカは堪えきれずに飛びついた。だが。


『黙れ』

『ギャウウゥッ!!』


 人が蚊を叩くかのように、バーブフは罰則術式でミカを痛めつけた。


『やめろ! ミカに手を出すな!』


 ルースは叫び、ミカの前に転がり出た。それを見たバーブフはニヤリと笑う。


『なんだ、キサマら女同士でつがいか。なら……おい、そこの犬耳』

『は、はひ……』

『命令だ。お前がこの女を、ワシの部屋に連れて来い』

『っ!? お、オラが……?』

『向かいの建物だ。あまり待たせるなよ』


 バーブフはグフフと笑いながら、兵舎を出ていった。


『お待ち下さい、閣下!』


 ギールはなんとか思い留まらせようと、後を追って出て行く。しかし奴隷の意見に耳を貸すような男ではないだろう。

 ミカは震えていた。


『オラが……オラが、ルースを……?』

『ミカ』

『ルース……オラは』

『大丈夫だよミカ。アタシを奴のところへ連れていって。奴の部屋でまた罰則喰らいながら抵抗してれば、いつもみたいにまた諦め』

『ダメだべ、ルース! よくわかんねけど、アイツは今までの管理兵とは違う気がするべ、だって……』


 罰則術式に苦しむルースを見て、笑っていた。愉悦を覚えていた。

 あの男は、そういう種類の男だ。

 絶対にルースを、バーブフの部屋に連れていってはならない。

 その結論に達したミカを当然、隷属の魔法が許すはずがない。罰則が発動する。


『ギャウウゥアアアア!』

『ミカ! いいのよ! アタシは平気だから!』


 ルースがミカを抱えるようにして、二人は兵舎を出た。

 管理兵団が生活する建物は、兵舎から村の中央部を抜ける村道を渡り、向かいにあった。


『駄目だべ……ルース、行っちゃ……なんね……ギャウウゥッッ!』

『いいんだよミカ! 大丈夫、ミカは命令に逆らわないで……クソッ、アタシは……どうしたら……!』

『ルース……すまね……』

『チクショウッ!! 誰か……誰か助けて……』


 ミカは罰則術式と自責の念で苦しみ、ルースは自らの誇りと妹同然の少女を天秤に掛けさせられ、身動きができなくなる。

 村道の真ん中で立ち竦んでしまった、その時だった。


『おうっ! ちょっと道を聞きてえんだけどよ……ってなんだお前ら、どした?』


 美しい女たちを従え、村道を歩いてきたのは、金髪の少年。

 ミカとルースに声をかけてきた。

 金髪の少年は、まだ幼かったミカはともかく、自分と同じ年頃のルースを一目見て、軽く唇を舐めた。

ここであの男が。

次回、「40.半端な真似をするんじゃない」

お楽しみに。

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